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新聞配達のバイク音に気づいてアラームが鳴る前に自然と目が覚めた。
寝起き独特の倦怠感もなくすっきりしている。
運良く早く帰れた分をたっぷり睡眠時間に充てたら、どうやら疲労全回復したらしい。
まるで細胞が生まれ変わった感じがしてそれだけで気分が良くて頬も緩む。
やっぱりちゃんと睡眠時間を確保するのって大切だなぁなんて思いつつ迎えに来てくれた佐久間さんに店まで送ってもらって、いつも通り各フロアのチェックしてまわってみれば、今朝もうららは屍が転がっている。
それはそれはカラフルな死体だ。
うーんと、黒いスーツに身に纏っているから黒服だと思っていたんだけれども。
赤、黄、蛍光色の緑…とそれはそれは派手な蓑虫たちがいっぱいで転がして顔を見れば見慣れた顔。
どこにこんな大量の寝袋があったんだろう?
昨日より数が多いソレは、ヘルプに呼んでいない他の店舗のスタッフも混ざっており、白目剥いて爆睡しているので頬を叩きまくるか食べ物の匂いでも嗅がない限り起きなさそうだ。
うーん、たまには北風役も捨てがたいけれど、
私だけスッキリ疲労全回復している後ろめたい気持ちもあったので優しい太陽役になろうかなとうららのキッチンへと向かったら裏口から出勤してきた2人と遭遇した。
「いいんちょぉおぉぉぉっ…!」
私のフレッシュさが、涙目の稲葉くんに吸収されまくっている。
石田くんをフロアに放り投げて泣きついてきた稲葉くんに聞けば、昨日は私たちをタクシーに詰め込んだあと、若様のお迎えがくるまで事務所で時間を潰して、うららの石田くんをお持ち帰りしたらしい。
うーん、何でそうなったんだろう。
「稲葉くん、醤油とって」
「・・・」
「はい、ありがとー」
私のパーカー服の裾をぎゅっと握ったまま離れない姿は大変可愛らしいしキュンってするけれども、でっかい男子高校生がうららの狭いキッチンの中に居ると料理している私からすれば大変動きづらく、はっきり言ってしまえば邪魔でしかない。
ふぅっと息を吐いて稲葉くんへと視線を上げれば、彼はしょんぼりして下を向いていたからすぐに視線がかち合う。
握られていた服から手を解かせてその手を自分の頬へと誘い、自分より少し骨ばった手を包むように両手で添える。
「あのね、大量にお米を炊いてる時間はないから、おにぎりだけコンビニで買ってきて欲しいんだけど…だめ?」
やってることは私のキャストたち直伝の甘え方ではあるものの、言ってることはただのパシリである。
稲葉くんもソレが分かっているようで、眉間にシワを寄せ頬を膨らませながらも若干嬉しそうなのが隠せていない。
さすが私のお姉さまたち!男心をころんころん崖上から転がして猛スピードで稼いでいるだけのことせはある!
「・・・わかった行ってくる」
「ありがとう!いってらっしゃい」
「…俺も食べさせてもらうからね?」
「あ、うん多めに作ってるから大丈夫だと思うよ」
「・・・」
にこっと笑って手を振れば早く行けっていうのが伝わったようでしぶしぶ買物に出かけてくれた。
結構な人数が転がっていたので人数分おにぎりを用意するには何ヶ所かコンビニを巡ることになるだろう。
「さ、この隙にちゃっちゃと料理しないとね」
お吸い物はさっき味付けまでして出来上がったので後は出す直前にまた温めればいいし、おにぎりが冷たいぶんおかずと汁物くらい、ほっとできる温かなものを頑張ってくれているスタッフに振舞いたい。
基本的にうちで働いてくれるスタッフって何故かいい子ばっかり。
いや、年上の人たちに対していい子っていうのも語弊があるんだろうけど…可愛らしいんだよねぇ。
いい子、可愛い、好き、可愛い、いい子、好き…そんなスパイラルがぐるぐると延々と続いて、そこへキャストたちが色気というエッセンスも垂らして店が繁盛している気がする。
多分、うららも最初のひと巻きさえすればぐるぐると良いほうへ循環するんだろうなっていうのは、本質は素直そうなキャストたちを見てそう思った。
床に転がるカラフルな死体から目を離せば、ソファに転がっているのは毛布に包まったすっぴんのキャストたち。
ミモザや雪柳のキャストは全員帰っているようで、残っているのは全員うらら所属。
あーあ、見たかったなツンがデレるとこ、っていうか心入れ換えて生まれ変わるとこ。
人が成長したり変わっていくのは、この仕事の醍醐味でもある。
でもまぁ化粧して武装してるほうがブサイクって!寝顔を思い出して笑ってしまう。
それでも無防備な姿になるまで切磋琢磨した彼女たちは可愛くって守りたくなるし、昨日一緒に過ごしたスタッフはそれが顕著になるだろう。
『キャストがけっこー残ってるから美容ドリンクも追加でお願いね!』
稲葉くんにそうメッセージを飛ばした。




