90
稲葉くん視点。
うららに戻るとミモザではあまり見掛けることのない、綾瀬マネが居た。
たまにフロアに来ることはあってもそれはお客様やキャストに呼ばれ会話に華を添えるためであって、アイスペールや灰皿の交換、それらの洗浄、空グラスの取り下げにオーダー取り、延長交渉をするわけではない。
が、しかし。
普段全くフロアに入らないのに、それらの立ち居振る舞いが様になっている。
視線、応対姿勢、聞こえてはこないが声色や会話の誘導も完璧なんだろう。
完璧だからこそ、黛副店長は普段フロアに入れさせないんだなとわかった。
佐保さんやニナさん、ミモザのキャストは全員とは言わないが綾瀬マネがフロアに入っていても気にならないだろう。
何なら担当キャストたちを中心に涎を垂らして喜びそうで違う意味で店が崩壊する。
…ミモザならそっちのほうが大問題か。
スタッフは黒子であらねばならないはずが、アレでは目立つ。
アレでは綾瀬マネがボーダーになってしまう。
一度、目に入ってしまえばお客様は隣のキャストと嫌でも比べるだろう。
「黒服のあのスタッフよりも、俺の席についているキャストは上なのか下なのか」と。
もしも、お客様がキャストの方が下だと判断してしまった場合、ずっと視線の先には綾瀬マネがいる。
それを甘んじていられるようなプライドの低いキャストはまず居ない。
あのしなやかな動きに細身のスーツは良く似合う。
エロさを感じているわけじゃあないのに、ふとした瞬間息が止まる、生唾を飲んでしまう。
席には着かないし、指名なんか出来ないスタッフが目の前をひらりと泳ぎ、たまに視線が合えば微笑まれる。
金を払って欲を満たしに来ているのに禁欲的であれと席に縛られている気にすらなるかもしれない。
何故なら俺も、一歩も動けないでいる。
あんなにも近かったのに、もう遠い。
「こんな裏から覗いて、なぁにストーカーでもする気?」
「ッ!佐久間さん、お疲れ様です」
気配もなく急に肩を叩かれて睨まれる。
いや、今日は俺も休みだし良いだろう、たまには委員長の仕事っぷりを見学したって。
「あのバカはもう上がらせたから安心なさい、というか私がさっさと止めれば良かったのよね」
それはそうかもしれないが、やり方はどうであれ黒字になるなら店としては問題ないだろうし、スポーツだって指導者が変われば勝ち方は変わる。
どうやって勝つか、の過程は金銭が絡めば精神論よりコストと時間が優先されていく。
佐久間さんの天秤が揺れたのもわからないでもない。
ただ、俺たちが高校生で、スタッフの大半が大学生や20代で、キャストも若くて。
青臭いことを信じていたい年頃だ。
それに多分こんな世界でそれが信じられるなら、これから先どれだけ年を重ねようが揺らがない信念になるはず。
「さ、私たちも行くわよ?法令に引っかからない程度まで手伝いなさい」
友情努力勝利の週刊少年誌を10年読んでいないことに気付いた(´=ω=)




