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「えーと、じゃあ君たち帰る時はそこのお兄さんに駅まで送ってもらうようにね?」
返事もなくコクコクと頷きながらご飯を頬張る少年たち、と男子高校生ひとり。
全員子どもにしか見えない…って私はお母さんか!殺風景な事務所がほのぼのするわ!
事務所の鍵も稲葉くんに渡して裏口の階段から3階のうららに戻る。
まぁ歓楽街を子どもだけで歩かせるわけにも行かないので誰かに送ってもらおうとは思ってたけど、なんなんだろうなー、あのゼロの距離感。
仲良くっていうか一緒に居て自然な感じ、男同士っていいなぁと思う。
いや、私も稲葉くんとはゼロ距離というか竜神大吊橋の欄干にロープなしで座らされている気分になる時がある。
でもちょっとその心のゼロ距離はなかなか心臓に悪いしそのうちピンヒールで立たされそうな気もする。
…色々気持ち吐き出しちゃいそうになるしちょっともう考えるのやめよう。あー、顔が熱い。
ゴンゴンとノックしてそっと扉を開ける。
「千葉さんお疲れ様です、今夜は大人しく見学だけ…ってさっきの見てますよね申し訳ありません」
キャッシャーにはフロントにある防犯カメラの映像出るし言い訳無用だ。
小さい頃は殴られているスタッフはたまに見掛けたけれど、スタッフが役職者殴るってのは無かったしなぁ…。
バイトそのものをクビにされても文句は言えない。
「お疲れ様です、特に謝られるようなことは何も起こっていません、――という総意になってるよ『綾瀬さん戻りました』」
インカム無線を渡されてイヤホンを耳に装着すると営業中にも関らずスタッフから声が掛けられた。
『あや!手首捻挫してたら今すぐ病院に連れて行くからね?』
『岬さん、これ以上フロア減ると困るんで仕事しててください。むしろ今夜はサポートだけなんで湿布貼りにこっちが抜けますよ』
営業中だというのに岬さんと藤宮くんが無線で口喧嘩を始めた。
暇というわけでもないだろうに、私やスタッフを和ませるためだけにテンポのいい応酬が繰り広げられる。
『あのっ!キッチンの中尾です!綾瀬マネありがとうございました!店長とキッチンふたりっきりで緊張してて!やっと自分のペースで作れます!』
…うん、狭い空間で注文が入らなければ会話もしにくい相手だろうし、そりゃあ緊張してたと思うよ?
それで開放感いっぱいなのもわかるよ?けどね、インカム無線ってフロントに移った河内店長も聞いてるよ?
しかもこれから本領発揮できるみたいなこと言っちゃったね?
『よしよし、それならカクテルオーダーとフル盛りオーダー取ってきてあげような?』
『そうですね、綾瀬さん申し訳ない、フードオーダー取ってから湿布用意しますね』
『あやに触るとかありえないからね?石田くん、貴方もうらら代表として30分以内にオーダーどこかで取ってこようか』
『お前じゃなくて貴方って…ぇええっ!?30分以内!?』
『昨日散々ヤったでしょう、出来ないなんて言わせないよ?――――4卓レイカ、オーダー、スムージーモヒート、桃と苺』
『えーっ!作ったことないですよそれ!』
『店長キッチンに戻しましょうか?』
『作ります!!!』
うららスタッフの石田くんも中尾くんもいい感じに解れて一体感が出来ている。
どうやら私は上手いことダシにされたらしい。
「…まぁそういうことなんで、折角だからうちのスタッフの成長も見ていってよ」
いつものように千葉さんの顔色は悪いけれど、――表情は悪くない。
「と、いうか30分だけでもフロア入ってくれるとすっごい助かる。桜の店長も佐久間さんも今抜けてるから」
まさかのピンチだった!!!
いい笑顔で落ち着いて言うことじゃないよ!!
もっと早く言って!!




