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稲葉くん視点。



 「ちょっと1発入れてくる」


 そう言ってフロントへと向かった今日イチ顔色の悪い委員長を追えば、桜の店長、父親と対峙して一言も話すことなく本当に殴った。



 どうにかかき集めて残った理性のおかげだろう、顔じゃなく胃液が出そうなボディーブロー。


 

 仕事に差し支えなさそうならいいかと、なかなか重そうな1発を見なかったことにしようかと一瞬思う。

 っていやいや!他店舗の、それも上司に盾突いちゃあダメだろう!



 「綾瀬マネ、やりすぎです」



 私怨というか、こんなことでしか肉親なんだなっていう感想が出てこないなんて俺も委員長も歪んでる。

 目に涙を溜めている委員長を背に隠して桜の綾瀬店長を見れば少し咳き込んでいるものの、まだ働けそうだ。



 「桜の綾瀬店長、申し訳ございません、うちの綾瀬マネの暴走を止められませんでした」


 「うちのって…ウチの子だからね!?」

  

 「いえ、うちのです。ミモザの者ですし、他店舗である桜の、それも店長さんに手を出すなんてあってはならないことです」



 でしょ?と後ろをちらりと見れば少しは冷静になった委員長の表情が見えた。

 この2人はある程度の距離があるほうがいいんだろう。

 

 

 「申し訳ありませんでした」と一言発した委員長を先に事務所へ行くようにと促す。

 心配なんかしていないが一応大丈夫でしたかと桜の店長に声を掛ければ「反抗期なのかなぁ」と見当違いなことを口にした。


 それを指摘して正すようなこともしたくはないけれど、さすがに俺もイラっとする。



 「綾瀬に反抗期なんて無ぇよ」

 

  

 そんな子供が子供で居られる悠長な時間、お前は与えてないだろう。



 「フロント、佐久間さんか岬さんと変わったほうがいいと思いますよ。――それじゃあ失礼致します。」



 ゆっくりと事務所に戻れば、そこにはいつもの委員長が居た。

 もう仄暗い目も顔色もしていない。



 「っあーー!!もう!びっくりした!!ね!?」


 「だなー」



 どっちに、と言うのも無粋だと思って同意するだけにした。

 桜の店長の何か欠けた感じも、ためらいもなく殴れる委員長も。


 どちらにも驚いてはいるが、あの父親じゃ仕方ないよなと腑に落ちた感じもある。



 「てか疲れたね、委員長お茶とってお茶。あ、麦茶がいいな、冷たいやつ」


 「稲葉くんのが冷蔵庫近いでしょ」


 「えー、いっつもフォローに回ってる俺のこと労ってくれてもいいんじゃないのー?」



 さっきも気ぃつかっちゃったよーと仄めかせば、仕方ないなぁとバツが悪そうに用意をしてくれる。

 ソファに座って氷も入れて~とかストローも要る~とかオーダーを増やしていく。



 「もーっ!これでいい?」



 そう差し出された麦茶だったけれど、受け取らずに股の間のソファをタシタシと叩く。



 「ん、それでいいから委員長ここね」



 カッと赤くなった顔を見て少し安心する。

 


 「え?膝の上のほうがいい?膝抱っこする?」


 「いえ!ソファーでお願いします!!」


 

 …これもなぁ、委員長に教わったんだけどなぁ。

 ハイ・イイエで答えられる質問はするなってやつ。


 延長しますか?…ハイ・イイエの選択だとまぁまぁの確率で断られてお客様は帰る。

 延長何分しますか?30分・50分と数字を出せば帰る選択をする確率が格段に減る。


 冷静さを失っている頭では具体的な提案ほど呑みやすい。



 「麦茶ちょーだい」


 腕の中に納まった委員長の肩に顎を乗せつつ腰に手を回せば、飲みやすいようにストローとグラスを支えながら肩の位置まで持ってきてくれる。


 さぁ、どう話してうららに戻ろうか。

 


 あんな奴にメチャクチャにされたまま食い下がるなんて嫌だろう?綾瀬。



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