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 何か叶えられるようなお願いあったかなぁ、なんて落ち着いて考えられるようになってから3階のうららへと向かう。



 裏口から入ったうららは昨日とはまた違った様相になっていた。

 いや、雪柳みたいにサバゲーしてるとかそういうことじゃあなくって…雰囲気がまるで高級店。



 分かりやすく違うのは、音楽か。


 昨日はいつも使っているものを爆音ではなく音量を和らげる程度に止めたけれど、これ完全に生音だよね…?


 何してくれちゃってるのかなーぁ。


 ピアノを搬入しなかっただけ理性は残ってたのかもしれないけれど…キーボードとアルトサックス…うわっデカッ!あれってコントラバス?!…って3人も人件費掛かってるし!


 通常営業で出来ないことをやってどうするんだ!


 さっきのお練りのビラ撒きといい、言い出して実行してるのは誰だかすぐ検討がつく。


 

 フロアの真ん中で目を光らせている藤宮くんがこちらに気づいてやってきた。



 「2人とも、お疲れ様です。今夜はお休みだとお聞きしてましたが…やっぱり見学ですか?」


 「お疲れ様です」


 「うん、お疲れ様、って藤宮くんコレどゆこと?」



 音のしないスピーカーを指差して聞いてみた。


 今夜は他店舗の人間がフォローに徹して実戦訓練だとお互い思っていたはずだし、現に今藤宮くんがフロアから外れたことで佐久間さんがうららのフロアマネ筑紫さんの横に立ちフォローにまわっている。



 「あー、実戦訓練するには勿体無い布陣だから最上級を味見させるって…押し切られました」



 店内を見渡す藤宮くんにつられて私も店内を見渡す。


 ミモザやすみれのキャストはいつも通りだなと思ったけれど、店舗ごとの色が少し曖昧になっている。

 多分その原因はうららのキャストが変化して浮かないようになっているからだ。


 控えめに笑う姿に少しの無理があるけれども背筋の伸びたキャストは動作も緩やかになっており、別人のような仕上がり。

 


 「凄かったですよ、――桜の店長は新興宗教の教祖になれそうですね」



 私に気を遣ってか、藤宮くんは名前を出さないように説明を始めた。



 「人心掌握に長けているというか…、1人1人面談した後、全体ミーティングする頃にはキャスト全員陶酔しきってましたよ」


 「ああ、シュプレヒコールでもするようになった?」



 嘲るように言えば藤宮くんは「よくわかりましたね」と言わんばかりに少し目がくりっとして驚かれる。


 キャスト達もいつもと違う自分になれてアドレナリンが出ているし、今は気持ちいいかもしれない。


 あの人は良くも悪くも、女を口説くのが得意だし隙のある女を洗脳するのはもっと得意だ。



 「一致団結させるのがお上手でした」

 

 

 それを良いとも悪いとも言わないあたりが、一歩引いた藤宮くんの視野の広さなんだろうし私より大人なんだな、と嫉妬する。


 どういう風にキャストを扱うか、そこに目を瞑れば店としては良いことずくめだ。

 従順なキャストが個性を無くして完全に1列になれば使う側としては楽だから。


 元々同じような名前で同じような髪型や化粧をすることに抵抗のない女の子が揃っている。



 人は簡単なほうに流されやすい。


 

 そりゃキャストだって、スタッフだって楽なほうがいいだろう。



 昨日のロープレ合宿なんかしてもしなくても関係ないね、と突きつけられたようなもんだ。

 もちろんお金を頂く仕事なら、努力や過程よりも結果が全てだとは思っている。

 

 

 けれど、こんなブチ壊し方はあんまりじゃないの。

 それともそんなことを考えてしまう私が甘いのか。



 昨日遅くまで対応してくれていたはずの佐久間さんも岬さんも、そんなこと無かったかのように優雅だ。

 協力してくれたスタッフの善意が台無しにされて、悔しさが握り締めた手から溢れそうになる。


 

 「大丈夫です、味見だけならそこまで酷いことにならないと…」


 「言い切れる?中毒性はあると思うけど」



 カリスマと言えば聞こえはいいが、泊まり歩く女の数に未だべったりの佐久間さん。

 そして心底軽蔑しているのに―――憎みきれない私。



 「まぁなるようにしかならないですよ、綾瀬マネ」



 斜め後ろから肩を抱き寄せられる。

 振り返ってしまったら悔し涙が零れるかもしれない。



 「それに、良く見て。お尻がむず痒そうな子もいます。あれで優雅に笑ってるつもりなのかな」



 思わず失笑というような稲葉くんの視線の先を見れば、文句と態度だけは一人前だったおサルさんが1匹。

 大人のオモチャでも仕込まれてちょっとした拷問でも受けてるのかな、というような感じだ。

 

 あれなら昨日の傲慢な笑い方で下品な音量で喋る彼女のほうが生き生きしていて可愛かった。

 いや、今の姿に比べたらマシってだけなんだけど。

 

 

 「それに…お客様にも違和感あるんですけど、藤宮マネ?」


 少し凄みのある声が後ろから響く。

 同じスタッフ同士なのにこんな敵視するような声を向けるなんて稲葉くんらしくない。

 藤宮くんが敵というわけでもないのに、多分稲葉くんは私の気持ちをくみ取り過ぎている。

 


 「ああ、お気づきになりましたか」


 藤宮くんは稲葉くんのほうから私へと視線を下げる。

 気づきませんか?と少し時間をくれているようだ。


 そう店内を観察するよう促されても、何か変わっているようなことは感じない。

 客層も昨日と変わらず、テーブルを見てもミモザのキャスト以外は単価が低そうだ。


 何かそんな変なお客がいるだろうか?と稲葉くんを見上げればヒントをくれた。


 

 「綾瀬マネ、お客様の着てる服」



 服?

 服着てるね。

 そりゃそうだろう、全裸なんて許さないですよ。


 服、服、服、服、ふく、ふく、…ふくの単語がゲシュタルト崩壊しそうになってようやく気づいた。

 


 「あ、全員スーツだ」


 「ですよね?ドレスコードでも出来たんですかこの店は」


 「いえ、そんな決定もしていなければ告知も一切していませんが…フロントで弾いているみたいですね」



 あ…んのド屑!!


 お客様がキャストを選ぶ前に店がお客様を選ぶような真似するためにフロントに入ったのか!

 てっきり私より自分のほうが優秀だと見せ付けるためかと思ってたのに!



 そりゃお客様まで一元化すれば楽だろうよ!



 どう言いくるめて弾いているのかは気になる所だけど1発殴ろうそうしよう。



大雨だろうが台風だろうが通常営業でした( ノωノ)早く終わって繁忙期ッ

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