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ほくほくのジャガイモと鮮やかなオレンジ色のニンジンがごろっと入ったカレー。
肉の存在感はないからか、学食でも1、2を争うくらい安く提供されている。
「いやまぁ美味しいからいいんだけどさ、ホントにカレー1択とはねぇ」
「カレーの気分だったんだもん。――だってありえなくない?いいニオイするなと思ってチェーン店のカレー屋見つけたと思ったら2000円近くするのよ!?日本円で!!」
我慢した甲斐があったと、みなみちゃんが美味しそうに頬張っている。
「何でまた海外に?」
「セリ落とされたから?」
うん、話が見えないよ。
最初っから話して、と促すとみなみちゃんのお父さんも、なかなかのド屑のようだ。
「えぇ…何それ…国産時計メーカー100周年の前夜祭がM&Aを兼ねた集団お見合いって…金持ち怖ッ」
「怖いわよ~~最初は親父の後ろで挨拶回りについてるだけだったのに、気づいたら1人にされてオッサンに囲まれるの」
「うわぁ…それりっくんやカイも?」
「もちろん、あの2人も別々でむさ苦しいオッサンに囲まれてた。でもいいわよねぇ分散できて。しっかも今年の日本は売り手市場だったみたいでねぇ…むかーし有色人種なんかと手ぇ組むくらいなら会社潰すって言ってた白豚ジジィまで擦り寄ってきて最ッ高に気持ち悪かった!」
優良企業の子息子女に群がる経営者…愚鈍な人間も居れば、その逆も居たんだろう。
生き馬の目を抜くような猛者から首元にナイフを当てられようが、みなみちゃんや双子にはそれに対応できるだけの能力が要求される。
引き継ぐであろう子どもから、企業の将来性を問われる、そこらの圧迫面接なんて比じゃないパーティ。
…うーん、それもうパーティじゃなくない?
微塵も楽しそうじゃない。
「で、今回のM&Aは買収っていうより経費を抑えるための提携ってとこで落ち着いたのよ」
油性ペンで日付が書かれた100均のカードケースをポケットから取り出すと、1枚引き抜いてテーブルの上に置かれる。
その日のパーティだけで名刺そんな束になってるんですか。
私もバイトで名刺交換することあるけど1日でその厚みになったことはないなぁと思ってちょっと引く。
「ギャラリー・ラミィエット…!?――シャルル・パデール…」
ギャラリー・ラミィエットと言えば、これまた創業100年を超える老舗中の老舗百貨店だ。
パリのオペラ座にも近く、百貨店という扱いよりも美術館や観光場所と言ってもいいと思う。
「そういえば、ミモザに卸してくれなかったあの日本酒、――香港とドバイ、それとフランスで販売するって言ってたね」
「1000本しか無かったからねぇ…日本酒は安いっていうイメージを払拭するためだけに作ったものだし、ブランディングの立て直し以外で使える余剰は無かったんだから勘弁してよ~~」
そりゃミモザに卸すよりも、ラミィエットに卸したほうが価値があるし、仕事と友情を絡ませないあたりがシビアでスッパリ諦めがつく。
でも敢えてネチネチ言わせてもらおう。
言うのはタダだし、もし来年や再来年に余剰が出れば回してもらえるかもしれないし。
「750mlの日本酒『夢孔雀』…ドバイで最高60万になったんでしょ?――あ~あ、うちなら最低80万で売れたのになー」
「いやそれイメージアップには繋がらないかも」
「…みなみちゃんのその容赦の無さが好き~~」
あー残念だ、という気持ちを込めて告白してみた。
「あーやのそのネチっこさも素敵よ~」
カレーを食べながら水の入ったグラスで乾杯する。
そうか、フランスに行ってたならカレーも高かったのにも頷けるし、卸した日本酒はM&Aを円滑にするための手土産でもあったんだろう。
「貰ったら返さなきゃ」という返報性の心理を狙ったのではなく、「こんなに良い品で、話題性もあって、確実に売れるものがありますよ」と企業や商品の価値を示すには、ワインより下に見られている日本酒が、フランスでは丁度良かったはずだ。
「で?このシャルルさんに拉致られたの?」
「クソ親父に一服盛られて目覚めたらエッフェル塔が見えた」
「それはそれは…かなり寝たね?」
「うん、寝すぎて頭痛かったもん~~」
「お疲れ様~」
まだまだ弟くんが表舞台に立てる日が遠いせいか、なんだかんだでみなみちゃんが矢面に立っているから、駒のひとつでいる苦痛を抱えつつ、逃げ出す隙を窺って息を潜め、ずっとずっと待っている。
それもただ耐え忍ぶんじゃなくて、力を蓄えながら。
私もみなみちゃんみたいな強さが欲しい。




