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稲葉くん視点。



 むむ、と考え込むように黙ってしまった委員長。

 気付きたくなかったと言わんばかりの苦い顔だ。



 だけど、こっちはちょっと浮かれているもんだからそのまましばらく思考の中に居て欲しい。


 俺に嫌われたら怖いとか、何だよそれ。



 そこの麦茶飲んでる男よりよっぽど可愛いこと言ってる自覚なしか?

 さっきからちょこちょこ心臓握り潰されそうになっていてたまらない。



 目を潤ませて「したい」とか主語抜くな!こっちはどこにでもいる健全でバカな高校生男子だぞ!

 

 あのバイトのせいというかおかげというか…無意識にバカな男が喜びそうなことが身についている。


 クソッ。

 

 深呼吸、といっても吐いた息のほうが長いけれど一息ついてからフォローを入れておく。

 ホント、このフォローも癖になってるな俺。



 「…俺が委員長を嫌うことなんか、ありえないから」



 やっとこっちを見た。

 俺の赤くなった顔ももう元に戻っていることだろう。

 

 びっくりした顔をして止まっているけど、嘘偽りない俺の気持ちだ。



 「ありえないよ」


 黙っている委員長に念押ししておく。

 根本的なところで、自信が無いのは親のせいなのか、まわりのせいなのか、――自分のせいなのか。


 いつまでも親のせいに出来ないくらいの年齢になってきたんだから俺も委員長も、そろそろ自分で立たなきゃいけない。

 


 「大丈夫、ありえない」


 信じろと強く強く念じて、笑いかける。

 言葉に出来ない気持ちを精一杯込めて。

 

 

 「…っ!あ、ありがとう…!」


 たじろぎながらも暗い気持ちが霧散していったようでホッとする。



 「ねる。」


 「「!!!」」



 コトリと麦茶をテーブルに置いて去っていく黛副店長。

 居たね、居ましたね!一瞬忘れてました!


 若干恥ずかしい気持ちが込み上げてきたものの、ふたりでおやすみなさいと見送る。



 「委員長、今日の委員会のプリントも貰ってきてるから…今読む?風呂入った後に目ぇ通すだけでもいけど」


 気を取り直していつものように振舞う。

 明らかにホっとしたようにされるのも傷つくんだけど?


 まぁまだ、いいか。



 「後で!後で読むから置いてて!お風呂!先入ってください!!」


 「いや、まだ食ったばっかだし、委員長先入ってよ」


 「えぇっ」


 「大丈夫、覗かないから」



 ありえないよと言ったテンションと同じようにキリッと言えば、ますます顔を赤くして逃げるように浴室へと向かう委員長。



 あー、これはこれで可愛いんだから困った。

 まだこんな風に距離があるのも幸せかもしれない。


 

 佐久間さんもコイツはまだ安全圏だと判押ししたから、2回目の泊まりもすんなり許されたんだろう。


 今日学校サボった分の補習するっていう建前もあったけど、2回も許可が出たんなら3回目も4回目も大丈夫だろう。


 つか、ちゃんと補習したし、委員長サボったの怒らないでくださいよとこっちにもフォロー入れておくか。

 メールで今日1日の報告をしておく。


 すぐ手の中のスマホがブルった。電話だ。



 「もしもし、お疲れ様です」


 『お疲れ様~、少しいいかしら?』


 「ハイ、大丈夫です。あ、一通り勉強終わって委員長、綾瀬マネは風呂入ってます」


 『まぁ貴方なら余計なことは考えないとは思うけど…さっきの本当なの?』


 

 電話越しにため息が聞こえてくる。


 「そうですね、俺…私の目から見ても、問題なのは今日出勤してきたスタッフだと筑紫マネと日野さんでしょうか」


 毎回遅刻してくる石田の野郎は、しっかり仕込めばどうにでもなりそうだし、中尾さんは観察眼があって協調性もあるから店が変われば本人もすぐに流れに乗って変わりそうだ。



 惰性と危機感の欠如。

 ソレをスタッフに許している千葉さんにも責任はあるけれど…



 「うららの店長さんってどういう方なんでしょうか」


 ホールバイトから始めたんじゃないらしいとは聞いているけれど、深い時間にしか出勤していないのか、お会いしたことがない。



 『あぁ、スタッフが足りなかった時に社員募集掛けて採用された店長ね。ヨソでの店長経験が数年あったからそのままうららの店長になったらしいわよ』


 下積みを一緒にしてきていないから関係性も薄く、あまり良くも思っていないことが窺える。

 


 「そうですか」

 

 あまり他の店舗の、それも上の人事事情に首を突っ込みたくはないので、その辺で押しとどめておく。

 それでも俺の言わんとすることは佐久間さんには伝わっただろう。



 『まぁ、そこに行き着くわよねぇ…はぁぁ…』


 「あんまりため息つくと幸せが最終コーナー曲がって直線の1ハロンを駆け抜けるアスリート並みに逃げ出しますよ」


 『何で例えが馬なのよ!バカって言いたいわけ?!』


 「そんな滅相もない。それにどちらかと言えば佐久間さんは鞭をしならせる側でしょう」


 

 きっちり調教してもらわなければ、3日で終わらずズルズルと委員長の仕事が増え続けてしまう。



 「俺…私は綾瀬、マネに…」


 無茶をさせたくない、苦労も減らしてやりたい、幸せでいてほしい。

 放課後に買い食いや、バイトも何もしないとか、普通と呼ばれるものをあげたい。



 『そっちは仕事中じゃないんだから俺でいいわよ、で?』


 「俺が、綾瀬を幸せにしたいです。…けど俺だけじゃあまだ無理だから…」


 『まぁそれが分かってるなら、とりあえず良しとしましょうか。――今夜も何もするんじゃないわよ』


 「もちろんです」


 『じゃあそっちに泊まろうと思ってたけど、今夜は帰れないわねぇ』


 「えっ!ラッキー!じゃあちょっとちょっかい出すかもしれませんね!お仕事中連絡ありがとうございました!お疲れ様です!」


 『ちょ!稲葉てめ…』



 プツっと勢いに任せて電話も電源も切った。

 これで帰れないとか言ってられず、這ってでも帰ってくるだろう。

 そう思えば俺の理性もどうにか持つ。




 それに…うらら閉店後のロールプレイング、終わったな。


 ただでさえ問題のある店舗に、俺のせいで苛立ってる佐久間さんが鞭を持つ。

 対委員長にだけ被っているネコを脱ぐだろう、岬さんが居る。 

 アウェーなのに今夜は完全に店を掌握していた冷静な視点を持つ藤宮先輩も居る。

 


 あっ


 松本先輩と堀先輩も巻き込まれるのか!



 …うん、委員長には黙っとこう。

 朝も早くから忙しかったしな、余計なこと考えさせず寝かせないと。



 先輩たちの尊い犠牲を俺は忘れません。

 ありがとうございます。



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