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8時を迎えた瞬間から、客席が埋まり始めた。
2名様、2名様、1名様、2名様、3名様、2名様。
全員フリー。
ただしお名前を確認をすれば以前は通ってくださっていたようで、全員ボトル持ち。
キープボトルは基本どこの店も3ヶ月なのをわかっていて、久々にこちらの店に顔を出したものだから気まずいのもあるんだろう。
「もう半年以上前だし」と申し訳なさそうに自己申告してくださったので、ボトルはお席に出すことなく処分することにして、笑顔でビール飲み放題をお付けした。
あわよくば【キープボトル交換キャンペーン】に乗っかろうとしたんだろうけど、アレはこういう誠実なお客様向けではない。
1セット無料にして「得したな!」と思ってもらえるような接客が今のうららキャストに出来る気がしないし、キープがあるうちはまたちょっと通おうかな?なんて優しい人ならクソ店舗に縛りつけるには申し訳なさすぎる。
それに「この店ボトル管理クソだったからありますよ」なんて悪口言えないもーん。
どちらかと言えばゴネ得!みたいなお客様が何人いらっしゃるのか楽しみで仕方ない。
案内している間にボトルが派手に2本開いて盛り上がりを見せている。
やっぱり華よね、あのコルクが抜ける音は。
で、音に釣られて見れば私の!…いや、ミモザの可愛いお姉さまだもの!
今夜はいつも以上に華やかっていうか…何か違うしね!!
指名したいって思ってもらえる…はず!
ニナさんはつけてあげられないけど椿さんは場内指名にも応じてくれるみたいだし…頼りにしてますよ!!
***
店内のキャストに対してプラス4名様をお通しした。
フリーなので付け回しを工夫しながらゴマかし営業へと突入だ。
「『フロアマネ…ヘルプ借りてこないとダメですよねこれ』」
『ああ、もう応援要請というか…担当キャストに連絡してあるんで雪柳からそろそろ来ますよ』
『すみれからも3人呼んでるから大丈夫だよ。8時半までには来るからどんどん入れて』
えーと、待って待って待って?
ミモザから5人、すみれから3人。
「『雪柳からは何人応援来てくださるんですか?』」
『担当8人全員投入しますよ、綾瀬さんも全員投入してるでしょう』
藤宮くんがニヤリと笑っている気がする。
ヘルプ16人に対して、うらら11人。
…乗っ取りっていうんじゃないのかな、これ。
『1人くらい呼べるキャストが居るかと思っていたんですけどね、残念です。』
わぁ…荒療治になるんですね、ヨソの土地の狩場なら荒れても気にしなくていいですもんね。
そうですね、戦争って自陣でやったらダメっていいますもんね。
千葉さんの胃が心配すぎる…!
そうこうしている間にもフロントにお客様がやってくる。
2名様、1名様、1名様、2名様…
その隙間を縫うように、ミモザから同伴2組やってきたし、裏口を通って雪柳とすみれからのキャストも来てくれた。
雪柳の…
藤宮くんでしたか、元男性のマネージャーしているのは…!
遠くから見ていても分からなかったけど、これは近くで見てもわっかんないわ!
負けてるよ!うららのサル3匹!!
まぁ元っていうのは社外秘のようなものなのでおサルさんたちには教えないけど。
バナナのカクテルでも作ってあげようかしらと涙出そうになる。
それにしても私の担当キャストはどうしてこうなった…!
『ミモザは見学に行かなくても良かったくらいに区別できますね、ありがとうございます』
「『…イイエッ…どういたしまして…!』」
私の指示じゃないですよ…!!!
指示していない私の責任でもあるかもしれないけど…!!!
赤に白の水玉ビキニに同じ柄のパニエ入りのミニスカート。
頭には少し大きなリボンのカチューシャが乗っているがこれもまた同じ柄。
ただしそのカチューシャには黒くて大きい耳がついている。
…こことは違う夢の国に居るキャストですね!
知ってる!老若男女みんな知ってるその女の子!!
『なずなから、タワー用カフェパ2本入りました』
でもその夢の国の女の子はシャンパンタワーとかしないからぁーーー!!ありがとうございますーー!!!
今ごろタワーの横に用意されたボトルクーラーにボトルが2本入れられ冷やされているはず。
あと9本でシャンパンタワーが出来ますよ、とお客様から見ても分かるようにするためだ。
さぁ次は誰が名乗りを上げるのかなと思っていたらすぐにインカム無線が入った。
『さよりから、タワー用4本入りました』
うちのお姉さまたち自重って言葉を知らなくてごめんなさいーーーー!!!!
あとでクリュッグ入れるくせにーー!!
それに背中の黒い羽動くんですよねー!どうなってるんですかそのドレスの下は!!
よくハロウィンでもないのにその格好で歩いてきましたね!職質大丈夫でしたか!?って言葉が咄嗟に出てこなかったわ!
10分もしないうちに残り5本も売れた。
正直、なずなさんとさよりさんの6本より凄いと思う。
フリーで入ったお客様にボトルのおねだりは信頼関係も何も無いのでなかなか難しい。
そんな技量があるキャストといえば、うらら以外。
雪柳かすみれになるけれど…
『負けませんよ、綾瀬さん?』
なるほど、藤宮くんたちも本気ってことだ。
同伴もなしであくまでヘルプとして来たけれど、このビルで働く限りキャストは自分が一番になりたい。
そしてマネージャー陣はうちの子が一番可愛いスピリッツ!
普段ならメインで働いているキャストをお膳立てして、後を濁さないよう個性はなるべく消すのがヘルプキャストとして望ましい。
でも今夜は全力で戦っていい、と私たちが場所を提供した。
ミモザのお姉さまたちもどうしてそうなった!という頭の痛くなる格好だけれど、雪柳は雪柳で店のプライドを懸けて全員、雪柳の正装であるチャイナドレス装備だ。
フロントからは店内は見えないが、ピリっとする空気になっているんだろう。
店の中で目を合わせることのないキャスト同士が、心の中で睨み合っているはずだから。
BGMが鳴り響く店内は、静かに燃えている。
「『私は何も出来ませんが…』――うちのお姉さまたちを侮ったら死ぬよ?」
『……』
「『いえ、何も出来ることがないのでフロアは宜しくお願い致します』」
私は巻き込まれないようフロントに徹することを固く心に誓った。




