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閑話 / とあるお客様の回想。



 あれはもう何年前だろうか。

 

 妙に色香のある姉妹のような子どもが2人、俗世の嘘に塗れた世界に舞い降りた。

 人ならざる者に出会うと、声も出ず、身動きどころか瞬きすら己の自由にならないことを知る。



 子どもの発表会などの延長ではない、下品な言い方をすれば「アレを家に持ち帰り飼いたい」と、金と欲が動くような、奇跡で出来た時間だった。


 揺れる藤の持枝をなぞるような細い指、黒笠からチラリと覗く憂いのある潤んだ瞳、ゆるりと舞う度についつい目が追う品良く抜かれた衣文抜き。


 あの地毛を結った襟足からの華奢なうなじだけで、唾を飲み込む動作すら難しく、息をするのもやっとだった。


 音も衣擦れの音と、少し頼りげのない彼女たちの鼻歌がBGM、あとは自分の心臓の音が響くだけ。



 あの場に居た全員が、完全に魅入られたと言って過言ではない。

 あの頃にSNSなどがあったらと思うと恐ろしい。



 フロア中央で舞い終わると店内は通常営業に戻ったものの、どくどくと血の流れる音がうるさい。


 彼女らの父親だろう人物が「いい出来だった!」とソファに2人を呼んで頭を撫で抱きしめている。

 褒められ満足そうだった2人もだんだん眉間にシワが寄ってきているので普段の親子関係が垣間見えた気がする。

 


 暫くすると各テーブルにボトルが振舞われた。


 「先ほどお客様の憩いのひと時を中断させてしまったお詫びと、ご鑑賞の御礼ということで…」



 「ああ、よく見ればテレビでも見たことあるね彼」


 「はい、撮影と舞台日程が本日重なり見に行けなかったようでして…どうしても、と」



 チラッとスタッフが視線を向けた方を見れば、なるほど役者さんの子どもたちか。

 確かにあの舞いを見逃してしまうのは悔いが残るだろう。


 見てしまっても悔いがあるが。



 こんな何かに魅入られる感覚を知ってしまって、どうしてくれようか。

 


 「長岡くん、こちらからもあの子たちに何か美味しいものでも作って出してあげて」


 「…かしこまりました。」


 

 あちらの子どもたちへと向かい、膝を折り、リクエストを聞いているだろう長岡くんを眺めながらグラスを煽る。

 彼がこちらのほうを示せば、あの子たちがこちらに向かって会釈をしてきた。

 私が手を振って答えていると静かに隣に座っていた彼女が話し始めた。



 「私の名前もね、あの舞っていた…お姉さんのほうに名付けてもらったんですよ」

 


 なんとなくここ最近指名していたキャストの子に目を向ける。

 嬉しそうに微笑みどこか得意げな彼女は、そばにいるだけで温かな気持ちになる。

 彼女が作る酒に沈む氷がカランと涼しげに鳴り、この火照りと動悸も少し落ち着いた。



 「佐保?」


 

 「ええ、いい名前でしょう?名前を呼ばれる度にあの子を思い出しますから、たくさん呼んでくださいね、私の名前。」

 


 「それはまた、重大な使命をありがとう?」


 「いいえ?今夜もご指名いただき、こちらこそありがとうございます」


 

 くすくすと笑みを溢しながら彼女はグラスを小さく掲げ、乾いた喉を互いに潤す。

 これだけ体の隅々まで染み渡る酒を飲めるのも久しぶりだ。



 「頑張ってどうにかなるものでもないが…、小さなお姫さまの投資に私も乗らなければならないね」

 

 「投資、ですか」


 「あれ、君も気付いていたんじゃないのかい?」


 「いえ、そういうわけではないのですが…以外と無粋なことをおっしゃるんだなぁとおもって」



 少し膨れた彼女はまだまだ若く、青いらしい。

 嘘のつけない彼女も愛らしいが、そのうちどうしようもなく夜に塗れていく彼女もまた美しくなるのだろう。



 「ははは、好かれているというのは良くわかったよ、私も期待しているよ佐保姫?」


 「もうっ、最初からそうおっしゃって下さいませ松平さま」

 


 今夜この場に誘ってくれた佐保へのお礼に、1本美味しいワインを出してもらった。

 いい酒の味を知ることは、いい夜を知るための第一歩だ。


 久々に長く付き合いたい女性と店を見つけられたような気がする。




 程々に酔ったところで会計を済ませ出口へと向かうと子どもが2人、エレベーター前で待っていた。


 着物もメイクも無くなれば、どこにでもいそうな…いや、どこにでもいないくらいには整った顔立ちの女の子と男の子がこちらに気付きぺこっと一礼をし、ボタンを押してエレベーターを呼んでくれた。



 「あの、さっきはありがとうございました!」


 「ああ、弟くんだったんだね、美しすぎて性別までわからなかったよ」


 少し複雑そうな顔をしたけれど、それが褒め言葉と分かってはいるらしく嬉しそうではある。

 まぁ男の子だったらまだまだかっこいいって言われたいだろうなぁ。



 「私たち、オレンジジュースとオムライスをいただきました。ありがとうございます」

 

 「ああ、いい舞いを見せてもらったお礼だよ。美味しかったかい?」


 「「っとっっても!美味しかったです!」」



 そうキラキラした目で見られるとさっきまでの妖しげな色香の子ども2人と結びつかないが、これはこれで心臓がどくどくと音を立てている。


 近くで見守っていたであろう長岡くんがスッと出てきて「も1回ちゃんと礼言っとけ」と小声で小突かれ、この店に不似合いな子どもの大きな声が響いて、見送られた。



 なんだかおかしくて、タクシーに乗っても笑いが止まらない。

 運転手に「よっぽどいい店だったんですね」と言われ相槌を打つ。



 「そうなんだよ、これからもっといい店に成りそうなんだよ」



 いやぁ、楽しみが増えた。


 佐保の名付け親があの少女。



 ということは、あの親が通っているだけでなくあの少女もまた店に連れてこられる頻度が高いんだろう。

 またあの舞が見れたらいいなとは思うが、あの子自身も佐保も、どう変わっていくのか楽しみだ。



 あのビルに入っている店は同じ会社が運営する系列店で統一されている。

 そこまではあの店に通う人間なら誰でも知っている。


 ただし入っている店の名まで気にする酔っ払いが何人いるだろうか。



 「花簪、うらら、フリージア、雪柳、すみれ、ミモザ、桜」


 「あ、最近評判のいいビルですね」


 「ああ、これから長く楽しめそうだよ」



 その気持ちを反映するかのようにキラキラと輝く夜の街並みが窓に映っている。

 


 「でもまぁ大きく出たもんだな」


 「お客さん、何か言いましたか?」


 「いいや、何でもないよ」



 春を表す名で統一されたビルに、春を司る女神の名前を付けるかな。


 まだまだ初心者マークの取れない彼女には心強い味方なのかもしれないが「佐保」という名前のお守りが、プレッシャーになる日も近そうだ。



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