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 きちんと備えられたかどうか、いつもより自信が無い中で、開店時間はあっさりとやってきた。


 

 エレベーター前に陣取り、腕時計を見る。


 開店10分前。


 店内には流行りの曲が少し大きめの音で流れている。

 声を拾いにくくして、キャストとお客様を近くに座らせるためだ。


 いつもは爆音状態で密着させるような接客をしているようだけど、それだと会話のスキルは上がらないしお客様も馬鹿な勘違いをしてキャストに触れようとする。



 うちは全店舗おさわり禁止だ。

 


 決して安くはないセット料金の元を取りたいお客様に、高くついたと思われないための努力はスタッフ・キャスト一丸となって、身体ではなく頭を使った接客にしなければならない。


 

 そして私の担当するフロントは店の第一印象を左右する。



 エレベーターが開いてから笑顔を作ったのでは遅いので、もうすでにうっすら微笑んでいる。

 

 誰もいないのに、だ。


 やらなくてもいいっちゃあいいんだけど、戦闘態勢に入っていれば笑顔の後に向ける挨拶もその分早い。


 

 何もないのに笑顔でいるのもどうかと思うので、ボトルメニューでも開いて微笑むようにはしているけれど営業中に真顔なんか見られたら負けだと思っている。


 

 そして上がってきたエレベーターがチン!と開けば自然と笑顔のままメニューから目を離せて、歓迎していますよと嬉しそうに笑顔を強めても警戒されない。

 レベル2の弱の笑顔からレベル5くらいの中まで笑顔を変化させる。


 強弱が付いていることが相手に伝われば、お客様のパーソナルスペースに入るのも難易度が下がる。

 信頼関係も何もないのに最初っから全力の笑顔で来られたら「高級品を買わされる」感覚に陥りやすい。

 

 例えば化粧品売り場が苦手な女性というのはある意味、正しい。

 狩られる、という本能が正しく機能している証拠だ。


 あの売り場は化粧という武器を武器として対人に振りかざすために必要な人だけが集う場所だ。

 こういう風に狩りますよ、というお手本のような化粧で威圧し笑顔も常にレベル10の強。


 普通にノーガードで生活している人ならば、百貨店の1階で戦闘モードの化粧した美人にレベル10で圧倒されるより、ドラッグストアでのんびり好きなものを選びたいだろう。



 なのでうっすら微笑む程度に抑え、清潔感を忘れないよう身だしなみを整えお迎えする。



 開店3分前。



 チン!とエレベーターが鳴る。


 まだオープンしていなくてもお客様がいらっしゃればオープンだ。



 「『こんばんは、いらっしゃいませ。』」



 胸元のマイクにもスイッチはあるが、腰の後ろに挿したインカム無線機の本体にある通話ボタンを押しながらお客様を迎える。

 これで店内にもお客様がいらっしゃったことがコッソリ伝わるからだ。



 「ああ、こんばんは綾瀬さん。今週も来ちゃったよ」


 「はい、先日もありがとうございました」



 父親よりも少し年上であろうお客様のお気遣いに心が温かくなる。

 フル盛りもそれを目にしたキャストの狂喜乱舞っぷりにも動じず楽しんでくれる寛容な大人の男性だ。



 「それで…『ニナ』と一緒にいらっしゃったんではないんですか?」


 さりげなく名前も無線で飛ばしておく。


 「ああ、荷物だけミモザに置いてくるようだよ…ああ、ほら来た」


 チン!とエレベーターが開く。



 「お待たせ致しました、岩倉さま。」 


 

 現れた担当のキャスト、ニナはいつもとは随分雰囲気が違う。

 うららに寄せてきたのか…!いやそれにしても…!!


 「ああトレンチの下はそうなってたんだ、道理で脱げないはずだ」


 顔を綻ばせて喜んでいただけているなら…いいのかな?!

 なかなか店内に入ってこなかったからか、稲葉くんがやってきた。


 「ようこそお越しくださいました岩倉さま。…先にご案内しても?」


 私とニナさんに確認をとってくれる。

 ちょっと担当マネとして1分ほど話したいのを察してくれたんだろう。

 岩倉さんも先に座って待ってるよとサラッと行ってしまった。


 うう…お客様にもフロントで済ませるべきシステム説明を任せてしまった稲葉くんにも申し訳ない。


 

 「ちょっニナさん!その格好!!」


 「え?意外と似合ってるでしょう?」



 似合ってるけど!!!けど!!!

 恐ろしく露出が過ぎるんですけど!!


 確かにキャストの年齢層も低ければギャル店として認識されてる店舗ですけれど!!

 ミニスカという点ではギャルっぽいけど、これギャルじゃない!!


 上等だとは分かるけど生地が薄い!

 いつもみたいにロングドレスじゃないから脚が露出されていて見慣れない!!

 白地でほんのり光沢のあるものだけど隠れているはずの肌がほんのり透けている。

 …ブラはヌーブラか!!

 

 「さすがにうららのお客様に場内貰いたくもないから1セットでミモザ行くけど遠目で見る分には客寄せになるでしょう?」


 なるけどね!場内指名なしですね!了解です!!


 

 「今夜のテーマは勝利の女神ニケなの」


 うふふと笑うとグラマラスで妖艶な雰囲気は霧散して、年上の女性なのに少女のようだ。

 1セットで走り抜けるとか一流のアスリートですね、…わかりましたよ!

 


 「ご期待に沿えるよう尽力致しますね、女神ニナ様」

 

 「うふふ、楽しみにしてて。今夜は5人ともうらら仕様だから」


 

 後ろ姿も美しいんですが…うららってどんな店だと思われてるんだろう…。

 そこからすでにズレてる気がするけれど、もうそれを正す時間もなければ待ったなしでやってくる。


 同じグループなんだからちょっとは遅く来るとかそういうバランス無視ですかそうですか。

 

 チン!と鳴って扉が開けばやっぱりまた私の担当である椿さんがやってきた。

 私が担当する5人の中では一番若く、20歳の大学生なのでうららで働いても一番違和感はない。


 が。誰だ、入れ知恵したキャストは!ニナさんか!?



 「『こんばんは、いらっしゃいませ坂本さま』」


 来店を知らせつつ、お客様に寄り添う椿さんを頭から足先まで観察する。


 大判のストールを巻いてなびかせているけれど…椿さん、下はともかく上はビキニですよね。

 金髪のウイッグに青いカラコンを隠すような大きいサングラス、頬から首すじを伝い、ビキニの中へと進むタトゥー風の…シール?

 括れたウエストを見せ付けるようなショートパンツにジャラジャラとした装飾ベルトを巻いてピンヒールのブーツ。


 椿さんの高身長もあって、日本人らしからぬ出で立ちになっている。

 それで店までくっついて歩いて来たんですか、2人とも。


 「ミモザのロングドレスもいいけれどこれはこれで新感覚だよね!選んだ甲斐があった!」


 お前か!坂本ぉ!!!

 のほほんと笑う椿さんも抵抗がなかったようで照れてもいない。


 「ギャルって薄着なのに仕上げるのにこんなに時間が掛かるなんて知らなかった」


 それギャルと違う!

 何か違う別ジャンルのものになってますよ!!

 ハリウッドの映画に出てきそうなやつ!!



 「『一名様、ご案内、椿です』」


 

 泣き崩れたい気持ちを抑えてかろうじて無線を飛ばすと松本くんと中尾くんがやってきた。

 なるほど、今はマンツーマンで付いてるのか。


 席までフロント担当がご案内することも多いけれど、まだ開店直後で手が開いているホールスタッフも多いし実地で教えるには丁度いいかもしれない。



 「こんばんは、いらっしゃいませ坂本さま。本日はclubうららへのご来店誠にありがとうございます」


 挨拶を済ませ、形式通りにシステムの説明をしようとしたところでお客様に止められた。


 「ああ、いいいい、こっちでも自動延長にしてくれたらいいから」


 「かしこまりました、それではご案内致します」



 それじゃあ練習にならないじゃないか坂本ぉ!と思いながらも笑顔で見送る。

 お客様には関係のない話だし仕方ないんだけど。


 見送った椿さんの肩甲骨あたりには、手のひらサイズより少し大きい、ふわふわした小さい羽が生えていた。


 


 …特殊メイク!!!!

 そりゃ時間掛かるわ!!!!



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