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 全員完全武装のスーツに着替え、うららへと向かう。



 ここから甘えは一切ない、プロとして立ち振る舞う。

 いつものように暗黙の了解なんてものが無いぶんだけ、誰もがいつもより引き締まっている。



 たまにすみれにもヘルプには行くものの、こんなにがっぷり四つで一緒に働くのは久々だ。

 いや、きちんとポジションについて働くという点では初めてかもしれない。



 私も岬さんも、スタートはフリージアだ。



 あの頃は佐久間さんも田中さんもフリージア所属で、上の階よりも、全店舗の中でもトップクラスの売上を誇っていた。

 

 お手本になる人は沢山居たし、不況と称されたあの時代に派手に金が舞うあの場に居れたことは、この業界の人間にとって僥倖としか言いようががない。



 この人たちは本物だ!と思えるような人間力を、会話のテンポひとつ取っても殴られるような勢いで見せ付けられる。


 幼かった私ですら吸収できることが沢山あったので、あの場に今の藤宮くんや稲葉くんが居たら吸い上げれるものはもっと多かったかもしれない。


 

 あの時あの場に居た長岡さんは、今も変わらずフリージア所属だ。

 多分ああ見えて真面目で情に厚い長岡さんは、他店舗の店長の話なんかは蹴っていると思われる。


 じゃなきゃ誰よりも担当キャストの売上を伸ばして店を盛りたてて、誰よりも早く副店長になったのに、異動の話が全くないのはおかしい。

 


 千葉さんもヒラの黒服だったけど、あの黄金期を見ているから副店長になるまで頑張れたんだと思う。

 世間一般では無くなっていたけれど、夜の世界ではまだ体罰もふつうにあったような時代だ。

 

 硬いバレーボールが当たって内出血で腕に青痣が出来ることがあっても血は出ない。

 殴られて血が出るってこういうことか、と間近で見る機会が沢山あった。

 

 今はもう体育会系のノリだけ残り、目標額に達しなければスクワットしてるくらいだ。

 それはそれで皆で「ちくしょー!」と叫びながら一体感があるので楽しいけれど。


 

 私も…多分岬さんも、あの時代をこのアウェーの場で再現しようと思っている。

 意気込みは伝わっているかもしれないけれど、ちゃんとは稲葉くんたちには伝わっていない。


 あの瞬きすら忘れるような夢を、少しでも魅せたい。

 キャストにもスタッフにもカケラでもいいから体感してほしい。


 やるべき事が次々と頭の中でピックアップされ、もっと正確に動いてくれという圧をびしびし感じながら、アドレナリンが出続けて、スポーツ選手じゃなくても体感できると知った、ゾーンへと連れていきたい。

 


 一緒に働いていた私も岬さんも、心音や血が混じるようなシンクロ状態で、どう動き合うかが分かる時が何度もあった。

 

 あの時よりも高級店のミモザでどれだけ売上を叩き出しても、どれだけ工夫しても、ゾーンは味わえていない。

 もしかしたらあの頃を知っている人間が集まれば、できるかもしれないと密かに期待している。



 「あの頃は良かった」なんて言うには私たちはまだ若すぎる。



 絶対、まだ諦めたりはしない。絶対だ。





 岬さんがうららの扉を強めにノックしてから開けて、先陣を切る。



 「おはようございます!!!!」


 「「「「「「おはようございます!!」」」」」」


 

 敷居はまだ跨がず、後ろ手に組んだまま深々と3秒頭を下げる岬さんに続き私たちもそれに倣う。


 まるで道場破りだ。

 

 

 後ろのスタッフが戸惑いながらも一緒に復唱している。

 そうか、ここまで体育会系なノリはみんな初めてだったね。



 「本日!我々clubミモザ!」


 「はいっ!!!」



 「club雪柳!」


 「「ハイ!!」」


 お、空気読んで藤宮くんと真木くんが叫んでくれた。



 「clubすみれの系7名がclubうらら様の手と成り!足と成り!」


 「手と成り!」


 「「「「「「足と成り!!!」」」」」」


 お、みんな空気読んだ。



 「clubうらら様のご繁栄をお約束致します!」


 「「「「「「お約束致します!!!!!」」」」」」


 「本日はどうぞ宜しくお願い申し上げます!」


 「「「「「「宜しくお願い申し上げます!!!!!」」」」」」



 うーん、何年ぶりだろ。

 懐かしい口上だ。


 勢いよく下げた頭をたっぷりと6秒まって岬さんから「よし」と、頭を上げて大丈夫だという声が掛かる。


 店内を見れば千葉さんを筆頭に、仲良くおしぼりを巻いていたうららのスタッフは目を丸くしている。

 ただ、千葉さんだけは嬉しそうに目を潤ませていた。



 私と岬さんがやろうとしていることが、正しく伝わったようで何よりだ。



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