06
19:00まであと50分。
今日はゆっくり過ごせると思ったのに!
うららのバイトめ…許すまじ…!
稲葉くんの塾はここからそう遠くもなく、18:45に出れば間に合うはずだから5分前には食べ終われるよう手早く作らなきゃいけない。
ああ!野菜切ってる時間も惜しい!
ごめん!稲葉くん!玉ねぎだけは切るから!
事務所のコンロは家庭用の2口しかないのが悔やまれる。そのかわり冷蔵庫の食材は遠慮なく使えるんだけど。
電気ポットでお湯を沸かしている間に玉ねぎだけ千切りとみじん切りをし、フライパン2つを稼動させ、冷凍庫からミックスベジタブルと鶏団子を出す。
団子は電子レンジでパックご飯と一緒にチン!ミックスはフライパンにイン!追加でベーコン刻んでイン!
空いているもう1口でフライパン温めて市販の冷凍餃子を並べて焼き蒸す。
ううう…今度は生地から作ったのを冷凍庫にストックしとこ…。
市販のも悪くないけど生地から捏ねた、もちもちの皮の方が私は好きだし、稲葉くんも気に入ってくれるはず。
電子レンジからご飯と団子を取り出し、団子だけ先に焼き目をつけるためにミックスベジタブルのフライパンで焼く。軽くきつね色になったら耐熱ボウルに粉末スープをお湯で溶いて団子と玉ねぎの千切りを入れて温める。
パックご飯を野菜と炒めていると稲葉くんが戻ってきた。
「ゴマ油のいい匂いするな」
「あ、換気扇回すの忘れてたヤバイヤバイ」
日常生活の延長上にあるような香りはご法度なビルなので、慌てて換気扇のスイッチを入れる。
「ご飯多くない?」
ひょこっとフライパンを覗きこむ稲葉くん。
近い近い近い!
ふわんと背後からいい匂いさせないで!
「おにぎりにして置いてたら誰か食べるでしょ。あ、それか夜食用におにぎり持ってく?」
2パック温めたものを炒めているから、それくらいはすぐ用意してあげられるし、何ならもう1つ温めて、炒飯おにぎりとツナマヨおにぎりくらいなら…
「ああ大丈夫大丈夫、そのへんにある適当なお菓子貰ってくから」
事務所の戸棚を漁る稲葉くん。
もうどこにインスタントやお菓子があるのかは把握済みだ。
パーテーションで区切られた応接ソファでジャージから制服に着替えてもらっている間に、チャッチャと炒めて味を調えて一人前をお皿に盛り、パチパチと水を弾いてた餃子も音が小さくなったのでフタを取りこちらは二人前を別皿に盛る。
餃子は余ったら他のお皿に盛り直そう。
おにぎりと一緒に誰か食べるでしょ。
事務所の応接ソファでテキスト片手に待つ稲葉くんにトレイにウーロン茶もセットして持って行く。
「あ、スープもう少しで出せるから食べ始めちゃってね~遅くなってごめん~~」
「いや、かなり早いって、学食で働けるんじゃね?」
「私もそう思う~~~」
電子レンジからボウルを片手鍋に移し、沸騰させたら溶き卵を入れて終了。
とりあえず塾には遅刻せず行けるはずだ。
「ごめんねぇ手抜きで~~はいスープ」
「いやいやいや、美味いし委員長の愛情感じますよ。全部冷食とかインスタントでいいのに」
もっきゅもきゅ頬張りながら気遣いまでされてしまった。
愛情?器から溢れるほどありますよ!
可愛いしかっこいいし優しいってどゆこと!
テキストの文字を追いながら食べてる稲葉くんを見ながら小休憩。
まさか稲葉くんがこのバイトまで引き受けてくれるなんて思ってもみなかった。
高校1年の1学期、あ行の宿命、名簿も1番。
誰もやりたがらない学級委員に担任から指名され、副委員長は私が指名していいって言われたもんだから、振り返って真後ろに座ってた稲葉くんを指名したのが始まり。
新入生でさ、知り合いもいないクラスで生徒に指名させるってどうよ、と思ったけど名簿が2番だった稲葉くんは容姿もさることながら、振り返って目に入った手がとても綺麗だった。ペンだこさえなければ手タレできるんじゃない?っていうクオリティ。
でも今はこのペンだこすら愛しい。
背もそれなりに高く、キレイ目カジュアルが似合いそうな上品な顔に、それなりに鍛えているであろう体躯。
普通科に居たらモテないなんてことは無いタイプで、聞けばそういうのが煩わしくて特進科に来た努力の人だ。
中身は普通の男の子で昼休みには「綾瀬先生…俺…バスケがしたいです…」とか言って甘えてくることもあるのが可愛い。
勉強疲れやストレスは早めに晴らしたいのは私も一緒だし、クラスで動ける子誘って3on3くらいは付き合うようにしてる。
まぁ仲の良いみなみちゃんと成績順位には拘らない双子の兄弟がいつものメンバーなんだけど。
「美味かった、ごちそうさま」
そう言ってシンクまで食器を下げて腕まくりを始める。
「あ、いいいい、まだ洗い物出るしそのまま置いてて」
「そ?ありがとな」
いやもうそれこっちの台詞ですよ、いい笑顔ありがとうございます鼻血出そうです。
テキストを鞄に詰め終わってからタイムカードを押してもらう。
「忘れもの、ない?」
「おっけーおっけー、あったら取りに帰ってくるよ」
「じゃあ気をつけていってらっしゃい」
「はい、いってきます」
笑顔で手を振って非常階段を下りてく稲葉くん。
はー、たまらん。
思わず顔面押さえて壁にもたれてしまう。
チューは無くても新婚夫婦ごっこは何度しても飽きないわ。
スマホがブルって鳴る。
そろそろマナーモードにしなきゃな。
メッセージ1件。
『委員長も頑張り過ぎずに早く帰んなよ』
…ああもうっ!好き!!
一日中フォローしてくれている稲葉くん。
もう彼なしの生活は考えられない。




