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藤宮くん視点。
「事務所じゃなくてこちらでしたか」
「…え?早っ」
目を丸くして振り返る綾瀬さん。
確かに電話をしてからまだ20分も過ぎていない。
「近くに居たんですか?」
「いえ、バイク飛ばして来ました」
…結構顔に出るタイプなんだな。
素直というか正直というか、真木と一緒で裏がない人間は楽だ。
「で、12時回ってますけど地区長からは連絡ありましたか?」
水仕事を中断しポケットからスマホを取り出して確認してもらう。
「…ううん、無いね!」
そんなイイ笑顔で親指立てられても…怖いものなしだな綾瀬さん。
「じゃあとりあえず事務所でホームページの更新してきます」
「やった!私のIDで開きっぱなしになってるパソコンあるんで、キャストとスタッフ用に送信予約してある連絡メールも送信しちゃってください!」
メールは作ってあるならそのまま使うけど、全部泥被るような真似させられるか。
年下の女の子1人に矢面立たせるなんて情けない男になりたくない。
「ホームページの更新はこっちのIDでやりますよ」
「…えぇぇぇ~~…ありがと~~…ちゃんとこの借り返せるかな…」
へにゃりと力の抜けた泣きそうな顔で複雑そうに笑っているのを見ると年相応だな、と思うけどこの責任感は何だ。
普通10代で両手いっぱいに持てるもんでもない。
綾瀬さんより年上なのに彼女より無責任で適当に生きてるキャストを沢山見てきたから違和感がある。
「綾瀬さん、今日はよろしくお願いします」
右手を差し出して、握手。
出勤した時点で頼って欲しかったが、まぁ違う店舗の人間だしそこまでの人間関係はまだ築けていないのはわかっている。
わかってはいるが、もどかしい。
今夜はミモザのフロアマネでも良かったはずだ。
出来上がっているチームワークをお手本として見せるだけでも、うららにとっては勉強できる貴重な時間になる。
でも3日間の指揮権をわざわざ他店舗の僕に預けてくれたんなら、営業中以外のところでも肩を並べさせてほしい。
それがマネージャーとしてのプライドだし、個人的な願いだし、ただの男としての欲だ。
本当は大丈夫だからと抱きしめたいけど、これが精一杯。
右手に少し力を込めて、伝われと祈る。
「ちゃんと成功しますし、成功させます。大丈夫です。」
「…ありがとうございます、よろしくおねがいしますね!」
改めて向き合ってこの3日間の成功を誓い、少しの照れがあるものの…いいじゃないかこんな青い春があったって。
10年、20年後に振り返る思い出は10代のものじゃなくて、多分、今だ。
あの頃は良かったなと、年を重ねて日常に疲れたら思い出す、自分を支える宝。
それほど長い時間でもなくて、すぐ終わりが来てしまうのが寂しいけれど。
だからこの時間を、この3日間を大切にしたい。
名残惜しいけれど手を離そうとすれば「あ」と何かを思い出して強く手を握られた。
「…っな!」
不意討ちで感じる手の柔らかさに女の子だったと意識して動揺してしまう。
キャストには絡まれようがぴくりとも動じないけど綾瀬さんは無理無理無理!
故意に作られたキャラだとわかるような、演じてる人間ならどう触られても平気だけど綾瀬さんはリアルだし無理!!
「ペイント弾!週末の!!」
週末を思い出して頭が一気に冷える。
ああ、いつもの副店長の暴走か。
昨日はちゃんと片付けろと言って店に残して帰ったけど…
「朝の段階で営業できる感じじゃなかった!」
あいつ…!
「ちゃんとひとりで片付けるように促しはしたけど大丈夫じゃない気がする…信頼と実績の田中さんだし」
確かに。絶対他力をアテにしてるとわかるって意味の信頼と実績がある。
どうしようもないやつだけど、嫌でもアレが上司だ。
「…すみません、事務所で作業終わったら少し雪柳に寄らせていただきます」
「もちろん!雪柳優先で大丈夫!!」
いや、優先してる場合でもないから、昨日はっちゃけて遊んでたうちのスタッフも早めに出勤させて自分たちの後始末は自分たちでさせてやる。
本当にあの頭の悪い暴動じみた中での営業…フロアマネジメントは苦労した。
あいつら最後に正座させたのに何にも反省せず帰ったのか。
「まぁ、お互い色々ベストを尽くしましょう」
うちもうららとは違う意味でイカレた店舗だ。
全員今日もシメなければ。




