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 日曜の昼下がり。

 サワサワと揺れる新緑の山々に澄んだ空気。


 縁側で冷たい麦茶。



 …びっくりするほど現実感がない。

 普段は歓楽街で煌びやかな時間に備えて開店準備に勤しもうかという時間だ。


 

 普段は生命線のスマホも、時計すらも煩わしく思えてくる。



 もしも稲葉くん家が今すぐ離婚して、もしも母親側の親権になれば「天鷲くん」になって、人生初の名簿2番になれるんだろうかなんてどうでもいいことをぼーっと考えていた。




 「でも稲葉くんは稲葉くんよねぇ…天鷲くんって感じじゃない」


 「何ソレ」

 呆れたように笑う稲葉くん。

 でもさ、これがピザです、って認識してたものを明日から寿司と呼べって言われても無理じゃない?


 

 「っていうかゴメン、覚えてないよあの家に稲葉くん居たっけ?」



 小学校2年生の秋から…多分4年生の間くらいしかあの家には寄っていない。

 連絡帳に挟んでいたままにして忘れていた「通学路で不審者が出た」という注意喚起のプリントを長岡さんに見つかってからは、ほぼ一緒に生活していたから。


 あれ?今思えば超過保護で自由なかったね?



 柿をいただいた最初の年は実がすべて落ちきるまで黙々と通っていたし、焼き芋だ餅つきだとそれはもう色々美味しくいただいた記憶があるんだけど…



 天鷲のおばあさんと2人きりで食べていた、と思っていたんだけど記憶違い?



 きっと美少年だっただろう稲葉くんの顔は浮かばない。

 頑張っても七輪で焼いたマツタケとサンマしか浮かばない。


 もっと頑張って思い出しても青竹に米と出汁醤油を仕込んで作った炊き込みご飯。

 

 めっちゃ美味しかった。



 あの庭には美味しい夢しか詰まってなかった。

 あそこが私にとっては夢の国、ワンダーランド、桃源郷。



 「ああ…でももう無いんだよねあの家…」


 「ばーちゃんの弟、の息子だから…ばーちゃんの甥っ子が相続して売ったんだ」

 


 まぁばーちゃん以外が住んでるイメージも湧かないし丁度良かったんだよと言ってから


 「それに委員長も来なくなってたし売るのに反対する理由もなかったからな」


 と、稲葉くんはこちらを見た。



 「来なくなってたのは寂しかったけどさ、マトモに生きてんならいいかって俺もばーちゃんも喜んでたんだぞ?」



 「ばーちゃんに言わせりゃ、俺も委員長も飢えすぎだってキレてたんだよ」



 だから機嫌いつも良くなかったろ?と言われても…眉間にシワはあっても、あれこれ世話焼いてくれた記憶しかない。


 ある日は、ぞうきんに名前のワッペンとフックにひっかけるヒモの縫い方も教えてくれた。

 100均で買ってホッチキスでヒモを止めたものを持って行こうとしていたから。


 「工夫して解決しようとするのは良いことだが、わざわざ舐められたり蔑まれるような隙を作るんじゃあない」と。


 誰にどう思われようがどうでも良かったし、今もそう思っていないわけではないけれど、「よく周りを見ろ、爪はいつでも研いでおけ」と教え続けられたおかげで今の私があると思う。



 たぶん天鷲のおばーさんも人嫌いだったんだろう。

 他人と関らないために、誰よりも人を知り尽くさなきゃならなかったはずだ。

 どんな人間でも知れば知るほど嫌いになっていく。



 だから私は飢えているようにしか見えなかったんだろう。


 嫌えるほどのヒトにすら成っていない。

 人間の形をした人間ではない何かの生き物。



 発育も遅れていたし、肉体的にも栄養が足りておらず飢えていて、他人との接し方もわかっておらず精神的にも人との接触に飢えていた。


 そして飢えていることに本人は気づいていない。



 他人に興味を持たず、感情の発露が食べ物にしか現れない子ども、…想像するだけで不気味だ。


 いや、私なんだけど。

 

 

 そりゃ戦争っていう時代や悪意に揉まれて生き抜いてきた人から見れば、こんな平和な時代に、なんで時代錯誤で滑稽な子どもが居るんだとブチキレたくもなるかもしれない。


 親の顔が見てみたいわ!ってやつだ。

 見たら見たで「なるほどな!」って天鷲のおばあさんなら納得してくれそうだけど。



 「じゃ、もう1回仏壇に手ぇ合わせたらピザ食いにいこっか」


 やった!!


 「でもそういえば何でこの家来たの?お寺とか行くもんじゃないの?」



 てっきりこの山に先祖代々のお墓があるんだと思ってた。


 

 「あー…そこの仏壇の上の戸棚開けてみ?」



 「戸棚?」



 開けた戸棚にはつるんとした骨壷らしきものが。

 バラが刻印された赤い陶器。

 


 「…天鷲のおばあさん?」



 こっくりうなずく稲葉くん。

 さらに合掌して骨壷を下ろして蓋を開ける。


 中を覗けば骨と思しきものと半々くらいで…



 「ダイヤモンド?」



 「納骨せずに100年はこうやってここに置いておけって遺言」



 …100年はこの土地を売るんじゃないよガキども!余計なことしたら祟るぞ!という強い意志が伝わってくる。


 年イチで一族を結束させるためにわざとここを選んだんだろう。

 弟さんを含めて天鷲の本家一族にはちょっと同情をしてしまう。

 


 「稲葉くん…ピザ食べにいこうピザ」


 「だなー…」



 延長なしできっちり100年で成仏してくださいと祈ってから戸締まりをして家を後にする。

 帰りは下り道なので違う筋肉を使うことになるといえども足取りは軽い。


 

 「うーん…でもやっぱり稲葉くん思い出せないよー」


 「まぁそーだろーなー」



 細い下り坂で転んだりしないよう注意しながら歩く。

 帰り道はおしゃべりをする余裕が出てきた。

 

 

 「基本、委員長は母屋に入って来なかっただろー?」


 下り道でスピードが出て、ほっほっほっと息継ぎというか掛け声まじりに歩いているとふたりとも声の音量が少しずつ大きくなっていく。

 

 「確かにーっ」


 トイレでくらいしか入っていないんじゃないかな。

 たぶんそれも離れの家で、母屋の中…間取りの記憶なんてないんだから、ほぼ庭にしかお邪魔していなかったと思う。



 「俺は基本的に母屋で宿題してるか台所で野菜の皮むいてるかだったしなー」



 カービングで手先の技術力や順応力高いなと思っていたルーツがそんなところに!



 山の匂いとは違う美味しそうな香りが漂ってきた。

 ゴールは近い。


 ああ早く!美味しいピザとキンキンに冷えたジンジャエールが飲みたい!



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