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アラーム音が響く前に自然と目が冷めた。
出勤せずまっすぐ学校へ行くだけだから、思いのほか眠れ、のんびりとした朝だ。
部屋を出て階下の洗面所へと向かう。
あの一室に男が4人も寝てるのか…。
和室じゃなきゃ鍵掛けて出られないようにするのに。
顔を洗ってさっぱりしてからキッチンへ移動し、昨日ジョーさんから分けてもらった煮込んだ牛肉を温め直している間にスープを5人分用意していく。
食パンをガンガントースターで焼いている間にパンに挟めるようなスクランブルエッグとツナマヨ、ポテトサラダにレタス、トマトスライスなんかも用意しておく。
お好きな具を挟んでくださいのフリースタイルだ。
もちろんサラダのままお召し上がりでも構わない。
朝の美味しい香りに包まれていると一番起きて来なさそうな人が起きてきた。
「長岡さん、おはよー」
手を止めて冷蔵庫からスポーツドリンクを渡す。
いつも長岡さんが最初に口にするのは脱水対策の青いボトルのコレだ。
「おー。もう出来てんならあいつらも起こすけど…」
「ああ、いいよいいよ、多少冷めても食べられるものだしギリギリまでみんな寝かせてあげて」
てか食べたら寝なおすでしょ、長岡さんも。
佐久間さんと久しぶりにここからのんびり出勤したらいいと思うよ、と声を掛けてキッチンへ戻る。
水周りを片付けながらチラチラこちらを窺う長岡さんが視界に入る。
「もー!長岡さん、視線がうるさいよー、なぁに?」
そう、このお兄ちゃんは喋って無くてもうるさいのだ。
そこがいいところでもあるんだけど。
「うるさいって…!これでもお前の…「だからなぁに?」」
うっと口ごもる長岡さんがバツが悪そうに聞いてくる。
「そんなに頼りなくて情けなかったか」
わかってないなぁ。
「頼りがいがありすぎてカッコ良すぎるからお兄ちゃんズルイって思っただけーぇ」
本当に鈍い。
そんな厳つい顔してオレ様なのに自己評価が低すぎる。
「それにいっつも頼ってるのこっちだし」
仕事のことも当然ながら、ここで佐久間さんと1年一緒に暮らしたものの、この家に引き取って子育てするぞ!と息巻いていた父親は結局、この家に住んでいると呼べない状態だった。
ついでに言えば未だにたまに思い出したかのように眠りに帰ってきているだけで、小・中学校の義務教育期間は長岡さんが「メシ!」とやってくることのほうが圧倒的に多かった。
うまいだのまずいだの平気で言うし、めそめそ泣いている同僚連れてきてはこいつの愚痴聞けとか、やってることは傍若無人だけど「心配だ」と簡単に口にした父親より、よっぽど独りにしてくれなかった。
スポーツドリンク片手に、わかりやすく嬉しそうな顔して。
「ほら、先に食べちゃってお兄ちゃん」
おー、しっぽが見える見える。
ありがとうもごめんも要らないかわりに、私たちはこれで仲直り。
手を拭いて客間に向かうと洗面所から稲葉くんがひょっこり出てきた。
「おはよ委員長。あ、勝手にタオル借りたけど大丈夫?」
棚にあるやつは洗濯済みだから何枚でも使ってくれて構わないですよ!
寝起きでもかっこいいですね!
くやしい!うらやましい!
「佐久間さんはまだ寝かせてあげたいから…若様だけ起こしてきてくれる?」
学生組はそろそろご飯を食べなきゃ時間がなくなる。
佐久間さんの分は避けてラップしておこう。
「ん、わかった」
昨日のメモのこと、は聞けそうにもないな。
日曜日に話してくれるつもりみたいだけど…柿の木のある天鷲さん家で稲葉くんみたいな子と出会った記憶ないんだけどなぁ。
でもあのメモはそういうことなんだろうし…。
うーん、もやっとするな~。
しっかり週末休むためにも日曜までに教えてくれたりしないかな~。
***
先に食事を済ませた長岡さんにコーヒーを出して、稲葉くんと若様と3人でご飯を食べて、身支度を整えて佐久間さんに一言声を掛けてから家を出た。
昨日は聞けなかった若様の100点取った話や女の子から告白されたという自慢話を、駅まで歩きながらほほえましく聞いている。
「でも俺の1番はあや姉だから!」
「わぁ~あ、嬉しーい。1番が居るってことは2番も居るってことよねぇ」
キラッキラと輝かせていた若様の目が曇る。
そうだ、それでいい。由宇兄ちゃんみたいになるんじゃないぞ。
少年の気持ちのままで大人になったらいつか女の人に刺されるからね!
「何人に告られようが好きなひとに好きになってもらえなきゃ意味ないしなぁ…」
稲葉くん!朝からそんな死んだ魚のような目で中学生に現実を突きつけないで!
電車の中で若様は一言も発せず、通う中学の最寄り駅でしょぼんと降りていった。
ああ!誰もが浮かれる金曜日なのに…!




