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 ソファから降りて床に座った私の頭を今度は稲葉くんがソファに腰掛けて、鼻歌まじりにふわふわと優しく丁寧に乾かしてくれる。


 さすがに向かい合わせになる勇気はなかったので背を預けた。


 うう…美容院に来た気分で眠くなるかもこれ…。

 もっとぶわっとドライヤー強で乾かしてくれていいんだけどなー。


 鼻歌の歌詞は…深く考えたら負けなやつだ…。



 Love me tender


 やさしく俺を愛して、ですか。


 ドライヤーの音で掻き消されながらも縋るような小さな鼻歌は、まるで叶わない祈りだと呟くように響き、私に染み渡ってゆく。

 

 

 テーブルの上に置いていたスマホが揺れたので手を伸ばして確認してみると、みなみちゃんからの返事だった。


 

 稲葉くんの足の甲を叩いて、ドライヤーをオフにしてスマホを見てもらう。



 「『なにその面白い状況ー!!実況してよー!!!』…だって。電話してもいい?」


 「いいけど…すぐ切ってよ?」



 しぶしぶだけどOKが出たのでみなみちゃんに電話する。



 『もしもしー!あーや!何でそんなことになってんの!!』


 それは私も知りたい。

 思わず稲葉くんを見上げる。



 『バイト先のトラブルで中学生の男・子!を預かることになったから俺も来ただけだよ』


 なるほど、あれはトラブルですか。

 じゃあ結構な頻度でトラブルだらけの職場ですね。



 『あ、ついでに保護者も後から帰ってくるからお前らが面白がるような事は何もねーぞ』


 ん?お前ら?


 『『ええーっ!それはつまんなーい』』


 陸と海も居るの!?

 そっちはそっちで…って幼馴染だしお金持ちだし色々あるんだろうな。



 『こっちは小遣いもなしでまだパーティ会場連れまわされるっていうのに…』


 海には苦痛だろうなぁ、愛想だけ振りまいて何にもおふざけ出来ないのって。

 みなみちゃんと陸は適当に手を抜いてソツなく会場から消えそうだ。


 『まぁみなみちゃんもまた来てよ、りっくんやカイも…』



 プツン。

 通話強制終了。

 

 「陸と海はダメだから」


 おおぉぉぉ!ここでドライヤー強ですか!このタイミングですか!情緒不安定ですね!ホットミルクでもお持ちしましょうか!


 そんな声がドライヤーの轟音響くなか届くわけもなく、大人しく終わるのを待った。

 


 「はぁ~…。もうちょっと委員長は賢くなったほうがいいよ…」



 そんなため息出るほどアホですか、私って。

 稲葉くんの右足に頭を寄り掛かかりながら、ぼーっとしてしまう。



 「そういえば、さっき言ってたのほんと?」


 「…ナニガデショウカ委員長」



 「知り合ったの、高校に入学してからじゃないの?」

 

 「違うよ、もっと前だよ委員長。」



 優しく頭を撫でられてから少しの間が開いて、ソファからずり落ちてくる稲葉くん。

 そんな稲葉くんに寄り掛かれば、ぬくぬくだ。


 どうやらちょっと湯冷めしてたみたい。

 やっぱりあとでちゃんとお風呂に浸からなきゃいけないかも。



 「ほんとは日曜にその話もしようかと思ってたんだけど…いや、日曜でいいか。委員長とりあえず風呂入り直したほうがいいよ」


 冷えすぎてるから、と一度軽くぎゅっとされてから立たされて洗面所まで華麗にエスコートされてしまった。


 ここ私の住む家だったと思うんですけど…まぁいいかと気を取り直し、スマホのタイマーを15分で設定してお風呂で寝こけて溺れないようにする。


 もしのぼせようもんなら助けに来る相手は稲葉くんだ。全裸を曝すことになる。

 それだけは絶対ダメ!と気合いを入れてお風呂に浸かって温まった。



 リビングに戻ると稲葉くんは不在で、テーブルに大判の付せんでメモが貼り付けてある。



 『客間で先に休みます、おやすみ。委員長は覚えてるかな、店の近くにあった柿の木がある家。今はもう無いんだけど。 稲葉』


 

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