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稲葉くん視点。



 職場環境が悪いのか…いつも男に囲まれてないか?

 いや、比率から言えば女性のほうが圧倒的に多いんだけど。



 俺が無差別的に浅ーくモテるんだとしたら委員長はピンポイントで根深くモテる感じだ。



 この中坊だって今はまだ刷り込み程度に懐いているだけだと分かっていても、張り巡らされた根から委員長の愛情を糧に、いつ一気に芽吹いて欲望が成長していくのかわかったもんじゃない。


 今はまだ姉と弟って感じしかしないけど…

 くっつきすぎだしそろそろ離さないとな。



 「教育テレビのお子様料理コーナー見てる気分…」


 「だなー」


 

 返事をくれたのは十条さん。

 すみれにヘルプで行ったり、ボトルが品切れした時に借りたりして何度かお世話になっている。

 佐久間さんと同様に、ライバルじゃなくて良かったと思えるちゃんとした大人だ。


 委員長が信頼を寄せているあたりはちょっと羨ましくはあるが俺も十条さんは尊敬しているし、ちょっと憧れている。

 いい男ってこういう男なんだろうな。


 十条さんに目礼していると委員長から申し訳なさそうに声を掛けられた。


 

 「今日も本当にお世話になりまして…」

 

 「いや、いつものことだし全然いいんだけど…なにこのアットホームな感じ」



 確かに資料揃えるの頑張ったし、頑張ったからこそ俺だってこんなご褒美欲しいのに、何で押し掛けてきた中坊がこんな美味しいシチュ堪能してるわけ?


 俺そんなに心広くないし大人じゃないよ?



 そんな心の声を拾ってくれたのは委員長じゃなくて十条さん。



 「あや、明日もがっこーあんだろ?火の番してっから後は任せてさっさと着替えてこい、な?」



 委員長が引っ込んだら俺もここで着替えられる。

 この人見た目と違ってほんと気遣いの人だよな、カッコいいわ。


 こーいうカッコよさを分かる女ってそう居ないんだけど委員長の嗅覚はしっかり反応してるから十条さんには惚れてくれるなとつい念じてしまう。



 早く着替えに立ち去ってくれ、と思っていたら更衣室の扉が閉まる音がした。

 すぐ着替え始めなくてもいいだろうと、十条さんと若様が仲良く鍋とにらめっこしているのを少し離れて眺めていたら十条さんから声を掛けられた。



 「先月も手伝いにきてくれたバイトくんだよな?稲葉だっけ?」


 「ハイ、稲葉です。いつもお世話になっております」



 「あー、いいいい、そんな仕事モードじゃなくて」


 姿勢を正して一礼したものの、俺もそんな敬われるようなガラじゃないし!とニカっと笑う姿がまぶしい。

 

 

 「俺もお前も似たようなもんだしなぁ…正直親近感湧いてるよ」

 

 「親近感、ですか」



 「あ、そか。あやは人の噂話を拡散するタイプじゃないもんな、聞いてないか」


 何の話だ、と思っていたらあっさり答えだけ聞かされた。



 「俺もこの世界はひとりの女のために飛び込んできたって話なだけだよ」



 それは…そうですか、以外何も言えねぇよな。

 答えを言われてしまってはそれ以上もそれ以下もないんだから、深く掘り下げようもない。

 詳しくは聞くなよ、ってことなんだろう。


 若様は忙しく十条さんと俺と鍋で視線をさまよわせている。

 


 「で?お前んちは家うるさいの?」


 「…どういう意味でですか?」



 家族ローカルルール的に?と言われて「ふつうの家だと思ってますけど」と返事をすると十条さんはサラッと爆弾発言を投げ込んできた。



 「今日この坊主があやんとこ泊まるらしいぞ」



 …っまたあの委員長は!!!!!

 どれだけ回避させても面倒事ひとつひとつ拾っていくなオイ!!!



 ただでさえ疲労困憊なのにますます疲れることを聞いてガックリうな垂れてしまった。


 「はぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ~~~~~~」



 ため息も音量大で腹式呼吸になってしまう。

 このくそガキ…子供であるということを最大限の武器にしやがって…!!

 交渉相手の息子ってところもうっとおしい。


 

 「教えていただきありがとうございます…」



 委員長が着替えている間でよかった。

 本人から帰り際に聞いたら面と向かってブチ切れてそうだ。



 「まぁ道のりはまだまだ長そうだしな…」


 自分を呪えるくらい長期戦長期戦って言い聞かせて自制しろよ?とありがたいアドバイスをいただく。



 好意は分かりやすく示しているし多少好かれているとは思うが、まだ1歩踏み込むには至らない、膜のような壁が俺たちにはある。


 何の杞憂もなく受け入れてくれる日まであと何日あるんだろう。

 そんな日が本当にやってくるんだろうか。



 毎日毎日ジリジリと暑くて、毎夜毎夜肌を刺す寒さに曝されているような砂漠を、昼夜問わず歩き続けている、そんな気分だ。



 のろのろと、重いからだをどうにか動かして非日常から脱出する準備をする。

 諦められないのなら、足を止めるわけにはいかない。



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