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授業も終わったので補講に1時間だけ出てから出勤することにして教室から移動する。
補講で使われる教室は途中退席する気満々なので後方のドアから近い席を確保した。
こうして木曜の補講に出れるのも、ド平日なので担当5人中2人しか出勤していないのと、その2人がちゃんと同伴してくるとの連絡が来たので一応マネとして面目躍如ってところだ。
今日も稲葉くんは嬉しそうに補講について来た。
ご機嫌は麗しいようで何よりです。
イケメンが不機嫌だと世界が滅びるんじゃないかと思うけど、ご機嫌だとエデンのようですね。
ただうちの学校には知識の実なんていう悪魔の実がないので机にかじりついて学ぶしかないんだけど。
パラパラと教科書を眺めているとヴーヴーとスマホが主張し、メールで青果店のお兄ちゃんから連絡が来た。
『明日の分の発注書見たよ:今日付けでも日本酒出せるけど後で持ってこようか?』
わ~仕事が早ーい。
でも昨日の今日だし、今日はみんなが疲れない程度に家に帰してあげないと週末乗り切れないよねぇ。
ついでに飛び道具のデビューは呼び水に相応しい金曜日って決めてるので返信を打つ。
『ありがとうございます!でも決戦は金曜日って昔から言うじゃないですか、明日から宜しくお願いします!』
ポポポポポと手早く先行連絡メールを担当キャストに入れる。
私が担当でちょっと得した!と思ってもらえるのはこーいうところかもしれない。
『明日よりスパークリング日本酒3種入荷:1本300ml / 9000円でのご提供です。是非お客様と飲み比べてみてください。この週末は私から何かオマケ付けます』
…まだ何付けるか決めてないけど。
手作りのコースターでも用意しようかなぁ。
そんなことをぼんやり考えている間に先生がやってきたので慌ててスマホを鞄に仕舞う。
教科書とは別に細かくフォローされた解説のプリントと答案用紙が配られた。
授業よりも10メートル以上は深く潜る感じのこの時間はとても楽しい。
やったことないけどスキューバダイビングで鮮やかな魚と戯れるのと一緒だと思う。
今日もインストラクターに先導され、夢中になって深く深く潜っていった。
***
小声で「委員長、時間」と隣の席に座っていた稲葉くんがペンでつついてきた。
稲葉くん、乙女の二の腕を刺激するのはやめてくれませんか。
体感20分ってところなのにもう1時間過ぎちゃったのか、と少し残念に思いながら稲葉くんとコソコソと退室する。
電車に乗って店の最寄り駅に着いたら、トイレへ一直線。
これからスーツに着替えるのに面倒くさいけど制服が見えないよう上着を羽織りローファーをスニーカーへ履き替える。
待っていた稲葉くんに荷物を取り上げられ、店までのんびり歩いていく。
賑やかな繁華街を歩いていると、ついポロっと願望が漏れた。
「ああいうのちょっと憧れるよねぇ」
私の視線の先には何人かの高校生男女が仲良さそうに食べ歩きしている。
いかにもー!な10代の青春風景だ。
多分みなみちゃんに言えば明日にでも陸や海を誘ってすぐ叶えてくれそうな夢。
でもどこか遠い景色。
だって、あそこまで真っ直ぐ楽しめない自分になることが予想できる。
繁華街の奥の歓楽街が、店が、仕事が、仲間が過ぎらないわけがない。
自分じゃない他人を使ってお金を得るって、なかなかどうして心が縛られる。
これが対価なんだって身に沁みて理解している。
稲葉くんが手を差しだして店へ向かおうと促す。
「卒業するまでには、叶えような」
「…うん」
手を取り合い、今夜も非日常の世界へと足を踏み入れた。




