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稲葉くんのご機嫌ナナメっぷりは45度の鋭角っぷりを保ったまま、通学電車の中から午前中までヘタれることが無かった。
プリントを後ろに回す瞬間とかに感じる視線が痛い痛い痛い。
あれが暗殺者だったら廃業したほうがいいくらいの気配を垂れ流している。
みなみちゃんにも朝から休憩時間ごとにどうにかしろとお願いされてしまった。
「あーや…何かしちゃったんなら謝って!教室のGがバイパーゼロ並だよ!」
「何をしたかわかってないまま謝ったら悪化しそうな気がするんだけど…」
「おぉう…ブラックアウト目前…!」
んー、このままじゃあ私も生きた心地しないしそろそろ何とかしなきゃね。
「ま、次の昼休みにご飯誘ってみるよ」
午後からはいつもの稲葉くんに戻るといいなぁと願って授業が始まる直前、視線を辿った先へと小さく投げちゅーをしてみた。
始業後ゴン!と鈍い音がしたけれど刺すような気配も弱まったし、授業後はナナメなご機嫌も20度くらいにはなっていたから一定の効果があったみたい。
よし、また何かあれば恥を忍んでやってみよう。
***
学校近くにある静かな神社の境内で、空いているベンチに座ってコンビニで買ったお弁当を広げる。
このまま少しお昼寝でもして午後もサボりたいくらいのぽかぽか陽気。
スマホの電源も切ってサワサワと揺れる木々の木陰で、特に何を喋るでもなくぼーっと食事をした。
「ちょっとは冷静になれた?」
老後かというくらいまったりしていれば大抵の嫌なことはどうでもよくなると思うんだけど…どうかな?
「はぁ、なんかこゆとこ委員長に負けてるなって思うよいっつも」
ん?
「タメなのに姉ちゃんな感じがする」
「ああ…まぁ大人に囲まれて育ってきてるからねぇ…」
その大人も見本にしてはいけません!っていうのが多くて困るんだけど…色んな人を数だけは見てきたから人間観察・分析は出来るほうなのかもしれない。
「普段は可愛い妹っぽいのに」
え!そんな感じあったっけ!?
ああ!でも私の扱いがたまにシスコンって感じではあるよね稲葉くん。
「でもそれを言ったら稲葉くんもだよ~多面的すぎてダイヤモンドみたい」
一緒に働き始めて思ったんだけど何カラットあるのっていうくらい色んな顔を見せられてきた。
その場や人に合わせて喋り方どころか人格も変わってるんじゃないかっていうくらい。
私に対しても扱い方が日々折々違う。
「実は三つ子説を唱えてもいいくらい?」
「なんだよそれ」
穏やかに笑ってくれたので、ささくれた心も落ち着いたとみた。
やっぱり謝るとか謝らないとかじゃあなかったんだろう。
「あーかっこ悪」
「?稲葉くんはかっこいいし可愛いよ?」
稲葉くんの見開いた眼がまるで警戒心丸出しの野良猫のようで愛しい。
ビニール袋にゴミをまとめてゴミ箱へ持って行こうとして立ち上がると、私が帰るのかと思って一瞬一緒に立ち上がろうとした稲葉くんをそのままベンチに押し止めた。
不安げに待ってる姿が可愛いとか思っちゃうのは不謹慎だろうか。
ポケットからハンカチを取り出してからベンチに座る。
「はい、お待たせ」
ひざをぽんぽんして促す。
聡い稲葉くんはそれの意味に気づいて少し怯んだ。
「15分だけでも休んで?」
学校ならお互い少し恥ずかしいけれど、閑散とした境内なら構わないんじゃないかな、と思う。
フリーズしたまま再起動しそうにない稲葉くんをしょうがないなぁと横たえさせる。
「いつもありがとう、昨日も寝てないんでしょ」
そういって固まったままの稲葉くんの目元にハンカチを掛ける。
下から見上げられるのもヤだしね。
多分、今朝も迎えに来てくれたのは朝まで企画書作ってくれていたからだと思う。
今夜は由宇兄ちゃん来るはずだし、頼まれたことは無理しても成し遂げる、そういう人だもん稲葉くんは。
「委員長は忘れてると思ってた…」
う、うんっ。間違いではないねそれ。
髪を撫でる手が一瞬止まりそうになる。
朝、駅で待ってたのって「校外学習の企画書できたよ!」って出来立てほやほやを見せに来てくれたんだろうなってさっき気づいたもん…!
それで私と八木くんが楽しげにやってきたらキレるよね~~
面倒くさいこと押し付けやがって何様だって話よね~~
いやもうホント思い出せて良かったよ…!ぎりぎりセーフ!!
口元が緩んで微笑んでいるであろう稲葉くんにバレないよう15分でこの動揺しきった顔を元に戻さねば!




