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太陽も昇りきらない早朝、ヴーヴーとスマホがメッセージを受信してテーブルの上で揺れる。
『忘れ物ないようちゃんと戸締まりして出てくること』
佐久間さんの車で今朝もミモザまでお姫様のように送ってもらった。
稲葉くんは今日は出勤できないと寝ている間にメッセージがあった。
朝はいつも上の階のミモザを目指しながら店舗で潰れているスタッフを起こして戸締まりをしていく。
昨夜、うららと雪柳は定休日だったので今日覗くのはフリージアとすみれだけだ。
逆に今夜はその2店舗が休みなので片付けもきっちり済ませてあり、ゴミ1つ落ちていなかった。
定休日明けに出勤したらヤな臭いしてるなんて困るのわかってて掃除しない適当な店舗は3階だけ。
雪柳はたまにはっちゃけ過ぎて力尽きた屍が転がっていてそこまで手がまわりませんでした、っていう状態だ。
そんな日には藤宮くんは見かけなかったように思う。
いや、あの屍の中に埋もれてたのかな?
でも夕方の営業前に顔を出せばそんな腐臭は全くしないし、仕事のモチベーションは高い店なんだと思う。
フリージアもすみれも誰も居なかったので比較的早くミモザに着けば、八木くんだけソファで爆睡していた。
「珍しー…、おはよー八木くーん?朝だよー?」
八木くんは高卒のフリーターだ。
高校卒業してすぐこのビルのバイトになったけど、ここ以外にも昼にバイトしてたはず。
「んぁ…綾瀬来たの…」
「ほぼ日課だもーん」
あ、でも明日からの週末は来ないけどね?と聞いているのか聞いていないのか分からないまどろんだ八木くんに話しかけながら、空ビンと冷蔵庫の在庫を確認して今日の夕方に来る御用聞き…近所にある青果店の兄ちゃんに発注する伝票を書き込んでいく。
果物だけじゃなくて米でも酒でもある程度のものは揃えてくれるから、この界隈ではなくてはならない最強の味方だ。
店内の自然乾燥されたグラスの数と、熟れ過ぎた果物が無くなっていたってことは真木くんが即席でメニューにないカクテル作ってくれたんだろうな。
上手に処理してくれたもんだ。
「綾瀬らのおかげで昨日は大入り出たよ」
開けきらない目のまま放り出してるスーツの上着をごそごそと漁って大入り袋を見せられた。
あ~…でしょうね、あれで出ないほうが変だよ。夕方来たら日報確認しよ。
「助かったありがと」
「ん~それはお姉さんたちと…真木くんに言って」
これと言って昨日何かしたわけじゃあないし、さっさと顔洗ってきて一緒にグラス磨くとかしてくれるほうがよっぽどありがたい。
「まき…ああ雪柳の…、来週ヨソにヘルプ行くんだって?」
「まゆちゃんから聞いてくれた?」
「軽くな。1日目は月曜だからいいとして3日間全部抜けるわけじゃあないんだろ?」
「そそ、私と稲葉くんが1日目と3日目で、堀くんと松本くんはミモザ定休日の1日目だけね」
「えぇ~…ホーリーとまっつんまで連れてくならほぼそれミモザじゃん~俺が回したかった~~」
まぁ他の店舗で自分の手腕を披露して「ドヤ!」ができるチャンスはそうそう無いもんねぇ。
でも多分藤宮くんは使い慣れないスタッフでも隙のないフロア回しをすると思う。
「また何か企画してミモザで楽しいことしよ」
「次は仲間はずれにすんなよ~」
はいはい、と八木くんを宥めて雑用済ませた後、玉子雑炊とほうれん草のおひたしを二人でつついてまったりしてから戸締まりをした。
珍しく駅まで送ってくれるという。
「あーあ、綾瀬と稲葉が居る高校生活ならやり直したいわー」
「…基本勉強ばっかだよ?」
「それでも!ひとりじゃないなら勉強も楽しそうだよな」
それなら一緒に勉強すれば八木くんも気が晴れるかもしれない。
毎日バイト三昧っていうのは味気ないのかも。
八木くんだって一生ミモザに居るわけじゃあないんだし、折角知り合えたんだから転職の武器になるものを持たせてあげたい。
あ、そうだ。
「じゃあ今度の期末テストの時、何か八木くんも資格試験受けなよ」
「ん?」
「うちで勉強合宿とかしたらいいんじゃない?」
おお~~!!青春っぽい!!楽しそう!!!と喜んでもらえたようで一安心。
何か目標あったほうが楽しいもんね、私たちは。
そうじゃなきゃ頑張れない。
駅に着くと制服姿の稲葉くんが待ってくれていた。




