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真木くん視点。
去年、大学が夏休みに入る前。
それほど力仕事が無く時間に融通が利いて実入りがいい仕事、と調べたらナイトワークだった。
大学生活がメインなんだからそれが揺るぐような疲れる仕事はしたくなかった。
昔から話したいことに口が追いつかない僕は、いつもあわあわして周りを苛立たせるし、接客には向いていないと自覚はあるので舞台袖でじっと裏方が出来るなら、とキッチン希望で面接に来たら運良く通った。
最初はビールとカクテル、それから調理まで出来るようになったのは私生活でも役立っていて助かっている。
それに、バイトスタッフの中でも中心的な藤宮くんがとてもいい人で、スタッフやキャストさんにからかわれたり、キッチンの商品に手を出されかけても強く言えなくて困っていると、こまめに様子を窺ってトラブルが起こる前に火種を消していってくれるので安心感がある。
特にこれといって仕事中以外で話すこともないのに「お前ら仲がいいな」とよく言われる。
…仲がいいのかどうかはわからないけれど、気にはしてもらっているし、「ミモザの綾瀬さんが今度うららで3日間イベントやるんだけど、是非真木にも来て欲しい」と誘われるくらいには仲がいい、と思う。
接点は全くなかったけれど、綾瀬さんを知らないスタッフはこのビルには居ない。
女性スタッフというだけで目立つのに、マネージャーとしての腕もあるから他の男スタッフは数字が落ちると怒られる時に引き合いに出される名前が綾瀬さんだ。
「お前ら女に負けて恥ずかしくないのか」と。
だから綾瀬さんと話した事のない新人スタッフは逆恨みをする人もいるし態度が悪かったりするんだけど、まさか他店舗でそんな風に名前出されているとは知らないだろう綾瀬さんは、いつでもキレイな笑顔だった。
男社会に入ってきて、何か理不尽な扱いを受けるのは織り込み済だったんだろうか。
タフで素敵だな、と思って藤宮くんに「綾瀬さんって出来た人だね」みたいなことを言ったことがある。
「あれはブチ切れてるし見下してるからああいう顔になってるんだろ」と返ってきた。
怒る価値もないってこと?と田中副店長にも聞いてみたら
「真剣じゃない人間に親切心を砕くのは勿体無いからね、時給分しか働かない人には僕らも時給分しか指導しないよ」
そう言いながら浮かべる笑顔は綾瀬さんと同じキレイな笑顔だった。
フルーツカービングで巨乳の人魚姫を作った時と同一人物とはとても思えない温度のない笑顔。
人の上に立ったり、仕事できる人って大変だな、と綾瀬さんも遠い世界の人だったのに一気に近づくことになるなんて。
綾瀬さんと同じミモザの稲葉くんとも今回初めて話したけれど、僕の態度に苛立ちを見せないし、見下さない。
どこまで許してくれるんだろう?と「ここまで話しても大丈夫かな?いいのかな?まだ僕の話聞いてくれるかな?」なんてカービングの基本を教えながらチラチラ様子を窺っていたんだけど、何もなかった。
話している内容がうっとおしいとか、チラチラ見られるとご機嫌取りされているみたいでうっとおしいとか散々言われてきたのに。
綾瀬さんと稲葉くんが変わっているのかな?とも思ったんだけど違うみたい。
ミモザのスタッフさんが全部おかしいのかもしれない。
「うっわ!!何これ!!これなら俺も欲しいわ!!!」
「何この恐ろしいクオリティ…稲葉が美術館の展示物盗んできたわけ?」
「盗んでませんて!!真木先輩が凄すぎなだけッス…!」
ミモザのフロアスタッフがカービングの飾りを見に来て盛大に褒めつくしてくれた。
「ブロッコリーで龍ってつくれるんだ…俺、堀ね、来週よろしくー…あーマジで欲しいこれ」
「このニンジンボール7個…星がついてるし…願い事叶えてくれる系のボールでしょ…俺も来週うらら行くからよろしくー、あ松本です」
なるべく綾瀬さんたちのスイカの器3個に、ガラスの器でも見劣りしないようフルーツと一緒に盛り付ける飾りを作ったんだけど…どうやら合格点をもらえたようで一安心。
「ちょっとこれ今日ホムペに載せるべきじゃないの?」とテーブル中央に野菜の飾りをセットした松本くん。
「俺もぜってーそう思う。キャストの顔載せるより今日はこっちだね」と室内の照明を弄りに行った堀くん。
スマホで写真を撮り始めた稲葉くん。
「え、え、え、まだ飾りだけでフルーツ盛ってないのに…!!!!」
「ああ大丈夫ですよ、盛ったら盛った時にまた撮りますし!」
「とりあえず今は花でも一緒に飾っとく?」
いいね~~~と盛り上がる3人。
そ、そゆことじゃなくて!!未完成なのに!!
そそそれにもう載せるって決まっちゃってない!?
許可とってないのに!!!
「「「大丈夫、綾瀬マネが止めるわけがない」」」
あわあわと抵抗したけど無駄な抵抗に終わって、その日の出勤キャストの顔写真一覧に一緒に載った。
注意書きに「※指名できません」と書いていたのに「龍子ちゃん指名で!」と入ってきたお客さんが多くてびっくりした。
そんなお客さんにはドリンク1杯サービスをしていた黛副店長も粋だなぁと思ったし、「シェフを呼んでちょうだい」とかどこかのドラマみたいな台詞でフル盛りを獲たキャストの方に呼ばれキッチンから出れば、カーテンコールのような拍手を人生で初めて受けた。
「ありがとう」も、このバイトしていてほぼ初めて言われたんじゃないかな。
ミモザに来れて良かった。




