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06:15
アラームを止める。
昨夜は桜が定休日で佐久間さんもお休みだから、今朝はお迎えがなく朝出勤もない、のんびりした1日の始まりだ。
ただ…昨日という日が濃すぎて疲れが取れていないのが困る。
夢に出てきた首すじに顔を埋める稲葉くんの手が蛸だったのはどう考えても真木くんのせいだ。
ああもう!どんな顔して会えばいいんだか…。
「はぁ…朝ごはんつくろ…」
お湯を沸かしてテレビのニュースを見て、夜のうちに部屋干ししていた洗濯物を折りたたむ。
安心安全、フローラルな柔軟材の香りだ。
もう昨日は何嗅いでも稲葉くんの香りしかしない気がして気が狂うかと思った。
っは恥ずかしい…!
だいたい稲葉くんもさぁ!!!!
バイトの時は香水つけてるよね!?
学校にいる時となんか気配違うもん!!
反則だよあんなの!!
それに番犬って…私は縄張りの電柱か何かってこと?!
ううう…どちらかと言えば飼い主希望なんですけど…!頑張って養うよ…!?
悶えながら洗濯物を片付けていると、少し大きめのイビキの音がして我に返った。
なんだ、今日は帰ってたのか。
またどっかの女の人の家に転がり込んでるのかと思ってたけど、居るならオムレツくらい用意してラップしとこうかな。
ケチャップで『屑』って書こ。
…読めるかな?
***
「あーや!おはよ!ちょ、コレコレ!」
朝から元気に新聞握り締めて爆笑してるみなみちゃん。
新聞ってそんな笑えるネタ載ってるもんだったっけ?
「「もーやめてよーーー」」
双子が見事なハモりで顔を両手で隠している。
「なぁに?『特集:若き御曹司たちの苦悩』」
「苦悩って!あんったたちのっ悩みってっっパンツ問題くらいじゃない!」
声も絶え絶えに笑い続けながらみなみちゃんの言うパンツ問題とは一体。
そういえば陸と海は服の趣味も似ているもんだから服も予定立てて順序よく着ないと、街でばったり会えば本当の双子コーデになってしまうのが悩みとか言っていたはずだけどなぁ?
とか思っていたら本当の悩みはあっさりみなみちゃんがバラしてしまった。
「ふっ服と一緒でっパッンツも趣味が被るし、そっそもそもっ男性下着って種類少ないから同じの揃っちゃうし、高っ校生で未だに名前っ書かなきゃいけないってっな悩んでたんじゃんっ」
ぶひゃひゃひゃひゃと最後は我慢しきれずみなみちゃん大爆笑である。
そんな大声でクラスの隅から隅まで悩みが知れ渡って明日から不登校になったらどうするんだ、不憫すぎる。
みなみちゃんから手渡された新聞を見れば肖像画のような写真付き。
ぴっちり7・3分けの、いかにも~~なおぼっちゃん仕様で、これで指名手配写真配られてもこの2人は捕まらないだろう。
まだ未成年なのに求められている人物像が勝手に出来上がっていて、生き方が制限されている。
「お金持ちも大変だねぇ」
「「いいんちょおぉぉ~~」」
顔を隠していた両手を下げれば、うりゅうりゅと瞳を湿らせている。
うわ、ホントに落ち込んでたやつじゃん。
よしよし、タオルハンカチ貸してあげるから仲良く使いなさい。
「みなみちゃん、今日はちょっとみなみちゃんが悪い」
「「ちょっとって」」
突っ込みも、ぶーぶーぶーたれるタイミングも一緒か。
「私からしたら可愛い悩みだよ、兄弟が居て羨ましいし」
同じタイミングで生まれて、協力して生きられて。
ずっとひとりじゃないって思えるって凄い奇跡なんだよ、本当に羨ましいんだよと伝えるとあっさりと溜飲は下がったようだ。
海はまだみなみちゃんとキャンキャンじゃれているけれど、チャイムが鳴るまでは流れで陸と話すことになった。
「りっくんにも可愛い悩みがあったことに安心したよ」
「あーもー…できれば忘れて」
バツが悪そうだ。ほんのり赤い顔が、くすくすとこちらの笑いを誘う。
「努力するけど…ふふ、りっくんはカイほど表にあれこれ出さないから心配だったんだよね」
何が?と聞かれれば、これが心配!って明確な答えはないんだけど、海のあれやりたいこれやりたいこれが好きこれが嫌い、みたいな気持ちを優先して、陸は追随するのが癖みたいになってる気がする。
今日のパンツ問題って同じタイミングでの悩みだから、隣を見てから悩んだんじゃなくて自主的な悩みだったと思うんだよねぇ。
「たまには『お兄ちゃん』ってこと忘れて羽伸ばしてもいいと思うよ」
「まぁ、家も学校もクラスも一緒だし?なかなか難しいけどね」
ふっと笑う姿は、海とは違う穏やかな笑い方。
自由奔放な双子だと思われているけど、陸の本質はものすごく慎重だ。
「りっくんのその羽根布団みたいに優しいとこはイイとこだよ」
「羽伸ばす前に羽もがれるの?」
「そうならないように飛んで逃げなよ」
海から逃げられるかな~~なんてふたりでくすくす笑い合う。
本当に逃げたいのは海からじゃあないんだろうけど、あえて触れないように海のせいにする。
「委員長がみなみと友達でよかったよ」
「む?」
それはちょっと心外だぞ。
「私がりっくんと友達のつもりなんだけど?」
目を見開いた後、そっか、と嬉しそうに微笑む姿を見て、久保田家はこんな兄弟がいるなら安泰だなと何となく思った。
「――委員長がパンツ縫ってくれたら解決するかも!?」
…何を大声で言い出してるかな、海は。恥じらいはどこに行った。
「ちょっとみなみちゃん、何でそんな話になってるの」
「何でって言われてもそんな流れになったとしか…」
チャイムが鳴る。
「うーん…詳しく聞きたいとこだけど、また後で問いつめようね委員長」
海のお兄ちゃんを10年以上やるって大変だね、とさすがにちょっと同情しちゃうわ。
席に戻っていく3人を見送っていると、本を片手に持った稲葉くんと目が合う。
空いている手で「よっ」と挨拶されて、こっちも小さく手を振り返す。
うっ。
神様、喋らない距離に居るとますますかっこよく見えて困るんですけどっ。
よし、昼までに平常心を取り戻そう。
1秒も余すことなく勉強して色々心頭滅却しようそうしよう。




