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ちょっと目を離したスキに子供が迷子、とかよくある話ですよね。
ほんのちょっと、ほんのちょっと目を離しただけなのに、お前ら親友かよっていうレベルで稲葉くんと真木くんが仲良くなっていた。
手錠の鍵を取りに藤宮くんと雪柳まで戻れば、客席で肩を並べてキャッキャと楽しそうにしている男の子が2人。
「お、綾瀬マネ早かったスね、お帰りなさい」
「ただいま…どしたの?」
多分ミモザの準備が早くに終わって雪柳に寄ってたんだろう。
解れた笑顔でお迎えは嬉しいけど何だか複雑だよ稲葉くん。
「いやもう真木先輩すげーの!職人の域だよ!人間国宝に認定していいんじゃね?っていうレベル!」
明日のフル盛りのために真木くんからカービングの教えを乞うたのだろうか。
大きめのボウル2つに切り出したであろうりんごが沈んでいる。
きっと塩水なんだろう、色が酸化しておらず素材そのものも美味しそうではある。
水の中を覗いてみれば稲葉くんはりんごの表面を菊花のように削っていて初心者ながらも多才さを発揮していたし、真木くんはりんごそのものを石膏のように掘り出して像を作り上げていた。
・・・・・。
ただ、私、これと同じ浮世絵を何かで見たことがあるんだ。
まさかこんなタイミングで3Dをお目にかかることになるとは思ってなかったというか、真木くんもただの男の子だったのね…!うっ!っと悲しみで心の中の何かが壊れた気がした。
りんごの赤い皮の部分をそういう使い方して表現しますか先生っていうかもう巨匠って呼んでいいですかという神の領域といっても過言ではない作品っぷり。
ボウルの中に沈んでいる彫刻を見て思い出されるタイトル。
「蛸と海女」
「…さすが綾瀬マネ、よくご存知ですね…」
細い糸目を見開いて嬉しそうなオーラを出してくる真木くん。
くっ可愛!
「…田中さんが狂喜乱舞しそうな技術力ですね」
「やはりお気づきになりましたか」
稲葉くんと真木くんを冷ややかな目で見つめながら藤宮くんのため息が深くなる。
「最初は真木も淡々と仕事をこなすタイプだったんですが、いや今も仕事はきちんとしてはいますが毒されてきたみたいで」
「コレの写真送ったら田中さんが『日本最古の触手プレイ!』って叫んで喜びそうな姿が見えるよ」
「最古は違う作家だったような気がしますが、…あっ」
・・・・・。
男ってやつぁ…
何でこっち方面の知識は潤沢なんだ。
100ギガくらい容量使ってるの?
ええわかってますよ!
わかっていますとも!
清廉潔白な王子様みたいな男なんてこの世にいないってね!
少年のような心を持ったままの男なんてロクでもないって知ってる!
何せ夢の世界で夢壊れまくりのバイト先だからね!
「とりあえず真木くんは才能の無駄遣い、というか方向性変えようか」
「え!もったいない!!」と言い出したのは稲葉くん。
「何もりんごで赤い戦闘ロボ彫れとか言わないけれど、女子受け狙っていったほうがこれからの真木くんの人生に有益でしょう?」
「そんな!真木先輩ははモテなくてもいいよね!?面倒くさいよ!モテるの!」
実感こもりまくってて必死だね稲葉くん。
「…モテなくてもいいけど…ふつうに好きになった人と一緒に生きていければそれで…」
頬を赤らめぽそりと小さな願望を零す真木くん。
かっ可愛い…!!
キュン死にさせる気ですか!
けどね!
手元に作ってあるものは微塵も可愛くないからね!モザイク案件だからね!
「真木くん、今のままじゃあその夢叶わないからね」
死刑宣告を受けたようにサァっと青くなる真木くんと、やっと気づいたかとホっとした顔になる藤宮くん。
あれか、田中さんからの呪縛を解き放つのも更生ミッションに含むってことかな?
見上げればにこりと微笑む藤宮くん。
むむむ、初めて見たぞその笑顔。
仕方ない乗りかかった船だ、というより船に乗せちゃったんだからそっちも頑張らせていただきますよーだ!
藤宮くんの横ににじり寄り、こそこそと小声で猶予を貰うことにする。
「…3日じゃあ無理なんで真木くん更生は3ヶ月はくださいね」
受けていただけてよかったです、と今度はイイ営業スマイルをぶつけてきた。
悔しいことに藤宮くんのほうが一枚上手だ。
うーん、今日は完敗です。




