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 「あや…お前いつからそんな偉くなった?」


 

 眉間のシワを深くして書類を睨みつつ、声が1トーン低くなった。

 下っぱが余計な事すんじゃねぇよって言いたげだ。



 「偉い人が何もしないから言ってんでしょ」


  

 ただし、こっちもキレてる。

 前々からこの現状に不満なんだから。


 「副店長がもう限界です、―――千葉さん潰したいんですか」



 随分と怒気を含んだ声が自分から出た。



 最優先が自分の所属する店第一なのは分かる。

 

 私だってそうだ。

 自分の担当5人は守るべきチームだし、そのためにミモザというグループ全体を守る。 


 だから基本的にミモザのことしか考えていない。

 けれど、決して短くない時間を過ごした同僚もまた、守るべき仲間だと思っている。


 

 私のパーソナルスペースはこのビル内だ。



 そして同じ時間を過ごした仲間にも、そう考えて欲しいと思っているのは私のエゴだとわかっている。


 

 

 静まり返る店内で、藤宮くんがフォローを入れてくれた。



 「…それに他店のヘルプありきの経営状態で一番迷惑を被っているのはフリージアさんですよね?」



 長岡さんを相手に「ここは譲れ」と遠回しに言っている。

 キャリアが上の役職者にバイトが意見するのは勇気がいるのに、何の力もない私と同じ場所に立ってくれたのが嬉しくて藤宮くんに視線だけでありがとう!と返す。


 

 「西9区の売上の足を引っ張っている筆頭がうららなのは日報見ていたらご存知でしょうし…何より、うららが早仕舞いの日はフリージアは必ず目標金額+10%以上で達成している」



 え、そうなの?と藤宮くんを見ると、知ってたんじゃなかったんですか?と、不思議な顔をされながら3ヶ月分の売上一覧表を渡された。

 

 ご丁寧にうららの早仕舞いの日には蛍光マーカーでフリージアの売上金が塗られている。

 別紙にその日の指名と飲食の内訳が細かくピックアップされていて、さらに飲食グラフの添付があり一目瞭然だった。


 どの日も営業時間後半、閉店1時間前に消えもの…シャンパンで追い上げを図っている。

 フリージアの売上のことだけ考えていれば、平日にこんな無茶はしなくてもいい。


 んもー長岡さぁん、ってニヤけて見ればバツが悪そうに顔を反らされる。




 「ついでにミモザは悔しいくらいにバランスよく安定してますね」

 

 この1ヶ月の売上一覧と内訳、飲食グラフを渡された。

 えぇぇ…昨日の今日でこんなことまでしてくれてたんですかぁ…!


 「ッ!!!!」

 

 「藤宮くん素敵ッ…!ウチに来ませんか!まかない出しますよ!あとあわよくば受験勉強見てください!」

 


 あ、でも安定しているってことは派手さがないのは、うちの欠点でもあるのかな。

 うーん、ちょっと持ち帰って考えなきゃいけないのかもしれない。



 「ぁ綾瀬さんッ、手…ッ」


 藤宮くんの手を両手で取ってしまったから書類がグシャってしまった。

 折角作ってもらったものなのに。


 「ああ…つい興奮してしまって、ごめんなさい」


 あああ~人の親切をこんなんにしちゃダメだ…せめてシワを伸ばして売上も伸ばそうそうしよう。



 

 「お前らなぁ…」


 「あら、愉快な格好してるじゃない長岡」

 「…ッ!佐久間さん!来てくれたんですね!」


 

 桜は定休日なのに!好き!

 思わず駆け寄って抱きつくと、いつものようにハグして抱きかかえてくれた。


 うーん、いい匂い。

 営業日じゃないから髪も固めずサラサラのままだし服からタバコの臭いもしないし首元や頬もすべすべだし…きめ細かい肌のケアはどうなってるんだちくしょう。


 10代の私が嫉妬する弾力ある頬をぷにぷにと楽しむ。



 「お前らまだそんな感じか…」


 呆れてジト目の長岡さんに、目が点の藤宮くん。


 

 「だって佐久間さんは心のママだもん」


 「「ねーー♪」」



 ちょっと胸板が硬いけど、線は細いし物腰柔らかいから女性的。

 色素も薄くどこか涼しげな印象で、声もしっとりと甘い。

 いつでも親身に寄り添ってくれるし、この人の前では誰かの悪口なんかで耳を汚させたくないなと思ってしまう。


 美しい人というのは男女問わずこういう人のことを指すのだろう。

 

 

 さっきまで私が座っていた長岡さんと向かい合う位置でソファに腰を下ろす佐久間さん。

 もちろんまだ抱っこされたままだ。


 もう私のターンは終わった。

 佐久間さんが来たからには、私はただのお飾りである。

 背中をぽんぽんされ始めたので休憩がてらちょっと寝よう。


 

 「ああ、こんな概要になったのね」

 「佐久間知らなかったのか?」


 だって昨日思いついたまま今日を迎えたからヘルプに行きたいとしか話してないもーん。



 「知らなかったけど知ってた、って感じかしら?そろそろ我慢の限界!って顔してたものこの子」


 「・・・・・・」



 「私たちもどうにかしないといけないってことはわかっているんだけど、動くに動けないわよねぇ」


 …それもわかってる。


 「この子はクラスは違っても同じ学校の問題ってくらいに考えているんだろうけど、私たちは姉妹校として扱っているくらいの差があるわ」



 …そう、本来は経営や教育方針に口出しできないものなんて常識はわかってる。

 系列の子会社が倒産の危機にあっても、手を差し伸べるのことをしていいのは親会社だけだ。


 

 だから、長岡さんのやり方が正しい。

 庇うに庇えないから、せめて所属する地区の売上が落とさないよう、うららが悪目立ちさせない手を打っていた。



 地区は10~15店舗ごとにまとめられ、区分けされた売上で予算の配分などが行われる。

 きっと「フリージアがうららからお客を奪っている」という体で、私たち西9区の報告が上がっているんだろう。


 この悪役っぷりを本社でふんぞり返ってる偉い人が見極められていないから、見落とされる数字。

 分かっていたらとっくに本社からの視察や指導があるだろうし、もしも分かっていて放置しているのなら最低なクソ会社だ。


 

 でも長岡さんのやり方じゃあジリ貧である。

 

 じゃあどうするか。



 何もわかってないバイトの私が暴走してしまえば手っ取り早い。

 本社が見ていないうちに勝手にビル内を自浄すればいい。

 

 バレないように終わらせて、万が一露見しても「ウチのアホな子が申し訳ありません」って佐久間さんや長岡さんに頭下げてもらうのがベストだと思う。

 


 お兄ちゃんもママも、そういう泥の被り方ならしてくれるでしょう?



 そんな信頼を私が寄せていることにふたりは気づいているし、最初からその善意を利用する気が大前提だ。ごめんなさい。



 みんな優しいから私をエゴイストだと罵らない。ごめんなさい。

 



 背中をぽんぽんとあやされている間に、佐久間さんと長岡さんで話がついた。

 


 

 来週決行、決定。



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