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レコードでも流れていれば完璧なレトロ感で、写真映えがするであろう喫茶店は、まさかのFMラジオという残念っぷり。
まぁそのせいで雰囲気に浸りたいだけのナルシストのような客も居なければすごく肩の力の抜けたゆるっゆるの店内で、中学生が心底疲れたというような声を出す。
「ネタになるだろ?若手のイケメン俳優が【遠距離!お泊まり愛!】とか報道されたらさ」
えーーー!!!千秋くん彼女いるんだーー!?
思わず声に出そうになり、頬張ったパンケーキと一緒に口を押さえ込む。
「しかも実際はまだ口説けてなくってセフレ扱いされてるとか真実はもっと最悪だし」
グボッッッ!!!!
指の隙間からパンケーキが飛び出す。
横から何してんのと最高に蔑んだ目で紙ナプキンでソファやスカートへと散り散りになったパンケーキの欠片を仕方無さそうに片付けるできる秘書、いや介護人、稲葉くん。
「あ、あやさん、おしぼり!綺麗なおしぼりたくさんもらってきますね!」
「…あや姉でもそんな慌てることあるんだなぁ」
そんな、のほほんといいもの見たみたいな顔されても!!!
日々慌てるようなことだらけだよ!この隣のひとのたまに入る何かしらの恐ろしいスイッチのおかげで!!
「わっ若様は…!若様はあんまり汚れた世界を知っちゃいけません…!」
まだまだ可愛い弟枠でいて…!
ちゃんとした学校にも通っているんだからあんまりダメな大人とか関らせたくないのに…!
「そうは言ってもなぁ…親がまぁまぁ汚れてる?乱れてるっていうの?物心ついた時には知っちゃってるしなぁ」
だいぶ手遅れだった!!!
「ああはなっちゃダメだからね!由宇兄ちゃんとかダメな見本だからね!!」
「分かってるって!俺は、ちゃんとするから、あや姉もちゃんと見ててよ」
少し大人びて笑う若様が印象的で少し目を奪われていたら、顎をつかまれ無理矢理横に向けられた。
「うっ!首!首捻挫する!!」
「こっち見ないと舐めて残骸拭うよ?」
耳打ちされた恐ろしい宣告。
その残骸とやらは、もう指と口元にしか残っていない。
ちゃんとしていてほしい若様に、絶対見せていいことではない。
大人しくフリーズしていると、ゆっくりと丁寧に拭われていく。
ああ、全神経が触れられた場所に集まっているようで、くすぐったいし芯からブルッと震える。
「あのさぁ稲葉、話のジャマ」
「お前の存在が俺らの邪魔だ」
「あ!?」
「いっ一哉くん!落ち着いて!!僕らお願いに来たんでしょ!!」
ああ、そういえば相談とか言ってたね。
ちょっと喧嘩モードの2人を落ち着かせて話の続きを促す。ついでに私も全力で落ち着きたい。
「えーーーーーーーーと」
上から手を重ねられた挙句、その自分の手は人様の膝の上。
どこの女王様なんだろうかと思わないでもないけれど、これ以上動じたら負けなのかもしれない。
「もしかしなくても千秋くんって…こっちに彼女がいるってこと?」
「そうそう、彼女にしたくて頑張ってるみたい」
それはそれは…
全国の何万人の女性ファンが悲しむことやら…。
「で、あや姉のとこにいる妹?がダメ兄貴の尻拭いさせられてんの」
若様が面倒くさそうにスマホを弄ってSNSを見せてくれる。
「あ、中村さんの」
私と撮ったのももうアップされてる。
うわーうわー、なんかヘンな感じ。ニヤニヤする。
「ほらこれとか」
そう見せられた写真はダテ眼鏡をかけてるイケメンが教科書とにらめっこしていてタグが『#お兄ちゃんが格好良過ぎて辛い#テスト勉強の邪魔#置いて行った私物売りたい』だった。
うーん、中村さんの地が多少出ちゃってるのが面白い。
「でもまぁフォローするにも限界があるだろ?それでこっちに家を構えてるウチと懇意にしてるっていう話を作るための接点が―――」
「それが3年後に公開予定の中村千秋さん主演の映画があるんですけど、うちの父の会社が…松平がスポンサーなんです」
「まったく…お前の親父のせいで…この前あや姉のとこでちょっとお練りもどきやった日あるだろ?」
「あの時はありがとうね、すっごく良かったって今でもまだ言われる」
「お練りもどきは見られてなかったからいいんだけど、舞ったのが気に入られて決まったって」
・・・・・えーーーー!松平さま、あの日そんなこと言ってなかったよね!?
「あやさんもご一緒に舞台に立ってなくて良かったです」
「え、何ソレ」
「…巻き込まれる1歩手前だったってことか」
重ねられた手に力が加わる。
中村さんのSNSくらいのモブ出演ならちょっと浮かれたけど、本格的に人前に出るような…役者みたいなことは出来る気がしない。
何よりも、目立つのが嫌だ。
「あのなぁ稲葉、睨まれても俺だって被害者みたいなもんなんだぞ」
「そ!そうだよ!!私のせいか!私のせいだ!!」
ただでさえ夜の仕事に中学生を巻き込んだら危ないっていうのに、若様みたいな公の場にも出る子どもが出入りを許していい場所ではなかった。
あの街に居ると常識が歪む。16の舞妓が労働基準法に引っかからず補導されないように、ローカルルールや暗黙の了解、作法が多い。
でもその多さの分、緩さや抜け道も多く、あとは本人の器量や資質に委ねられる場面も多い。
まぁ、これくらいまでなら大丈夫かと私も若様もまわりの大人も自分の嗅覚で判断はしているけれど、この街を知らない人間に理解はしてもらえないだろうことは分かる。
「どこで知り合ったか、なんて若様には弱味にしかならないもんね…」
これから世間に出て行く若様にマイナスのスタートだ。
ああ、余計なことを覚えさせられているミシェル君もか。
「弱味じゃないぞ!ちゃんと強味だからな!?」
「そうですよ、じゃなきゃ一哉くんの家業が400年も続くわけないです」
「…ん?それ褒められてるのか?」
にこっと笑う少年。
君もなかなかお父様に似ているところがあるんですね。
次回も説明回(´・ω・`)イチャイチャさせたいのに