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稲葉くん視点。



 委員長とは元々午前中に話すことはないし、午後からも話すタイミングはあまりなかった。


 委員会のこと、バイトのことも2年目ともなれば「アレっていつまでだっけ?」「もう提出しておいたけど?」くらいにコミュニケーションは取れている。


 そもそも煩わしい雑用を一手に引き受ける委員長を助けるためだけの副委員長なんだから、自分の時間を確保してほしいと思っていたし、貴重な時間を邪魔する気も無かった。

 


 ――無かったはずなんだ。



 けれど、欲が出た。





 折角少しだけ余裕が出来たのに、その時間をまた何かで埋めて行く。

 …あれか、泳ぎ続けなきゃ死ぬ回遊魚か。


 その忙しさを言い訳にして、俺も近くに居ていい理由が増え、フォローを装って委員長のパーソナルスペースを慾望のまま侵し続けている。

 

 欲も動揺も…格好悪いところを悟られたくない分、彼女に触れているのは自覚している。

 

 自覚しているだけに、何故そうなったと問いたい。



 そこは、俺の場所だ、俺のだ、簡単に触るな。

 そう絞め殺してやりたい気持ちがドロドロと溢れて止まらない。

 

 


 「あー、もう完全に手懐けられてるね」


 「言葉通じても通じなくても人間丸め込められるもんなんだなー、てかミシェルは世間知らずなだけ?」


 「お前ら…」



 もう昼ご飯を食べきった陸と海が、近くの席からガタガタと椅子を引っ張ってきて俺の机の上に駄菓子を広げるので、食べながらチェックしていたA5サイズの手帳を汚されないよう閉じておく。



 「あ、そのパン見たことない。新作じゃね?」


 「期間限定」


 「絶対美味しいやつだね、何個あるの」


 「今食ってるの含めて3個」


 「「ちょーだい」」


 「無理」



 ぶーぶー言ってる双子をまるっと無視して視線を先にやる。

 見ていたくはないが、目を逸らせるわけでもない風景がそこにはある。



 机を囲むようにして宝と中村さんと委員長が雑誌を広げながらサンドイッチやおにぎりを食べている。


 なぜ中村さん?と思ったけれどそういえば校外学習の件もあったなと思い出し、そっちは仕方ないと心を落ち着かせた。

 

 問題はもうひとり、ミシェルだ。



 何であいつは綾瀬の髪を撫で、触って結っている?

 時折、綾瀬が斜め後ろを振り返ってパンを放り込み、中村さんがストローを挿したパック飲料を飲ませている。


 ミシェルが女なら若草物語の一幕のようにも思えたかもしれないが、あいつはアムールの国の生き物だ。

 あの偽装した姿に惑わされてはいけない。


 いや、あいつ自身はただのコミュ症というか、殻に閉じこもって孵化したくなさそうではあるけれど。



 それでも白い肌をほんのり桃色に染めて、ふわふわの髪を編みこんでいっている。

 綾瀬もリラックスしてミシェルにされるがままだ。



 あんなふうに、俺も後ろから髪を乾かしていた。

 俺だけ、俺だけのものにしたくて、乞い縋るように触れた。



 あの時、緊張してガチガチになっていたことを喜べばいいのか、ああもリラックスしてガードを下げた姿を見せ付けられて嫉妬すればいいのか、複雑すぎる気持ちが競り上がってきてようやく気付いた。


 宝がこっちを見て爆笑しそうなのを堪えていることに。

 

 

 …あいつ、ほんっといい性格してる。


 ミシェルじゃなくて宝のほうが女装してるんじゃないかと疑いたくなるくらい中身が女とは信じられない。

 

 あ、とうとう指さして声に出して笑い始めた。



 仕方ない、そう思って席を立つ。



 あれだけこっち見て笑ったということは、「面白そうだからそろそろ来い」ってことなんだろう。

 生粋の人の上に立つ人間は場の制し方を知っている。 

 

 資質というのも環境だけでなく、息をするように毎秒の努力があってこそだと分かっているから、大人しく従うことができる。

 他人…従業員の人生を背負い、日本経済の一翼を担う責任が生まれた時からあるような女王様の大爆笑が見れるのもきっと今だけ。

 


 よし、少し頭が冷えた。



 「委員長」


 「ん?稲葉くん?」



 後ろ側から近づいて、ミシェルの手元を見る。

 器用なんだな、ワックスやスプレーを使った形跡は無いけれど綺麗に纏まっている。


 女性らしさが出てしまうが今日はこのままスーツ着てもいいんじゃないだろうか。あーでも客だろうが野郎どもには絶対見せたくない。

 


 「うなじ綺麗だね、舐めたいくらいに」


 「「!?」」


 「こう美味しそうだと我慢できないよね、いい?」

 

 「良いわけがないよ!?」


 「老舗うどん屋が期間限定で作ってる出汁カレーパンがここにあるんだけど」


 「そっ…それで良いよって言うと思ってるの!?」


 「今あーや良いって言いそうになってなかった?」


 「ななななってない!」


 「美味しかったから、ちょっと食べてみてよ」



 ミシェルに頭を固定され身動きできないのをいいことに、真横に立ち、親指で唇を上下なぞりながら顎を掴むと、少し見上げて潤んだ瞳にはもう俺だけしか映っていないことに安堵する。



 「はい、あーんして?」



 遠慮がちに小さく開かれた赤い口内にゾクっと悦びを噛み締めつつ、パンを口元へと運び、咀嚼しつつもなかなか飲み込めない綾瀬の頬を撫で、喉まで指を滑らせた。


 

 「ほら、ごっくんも、して?」

 

 「~~~ッ!!!!」



 ああ、赤く熟れた肌にこれ以上触れないのがもどかしい。

 そう思いつつも、俺でいっぱいいっぱいになっている姿が愛しくてたまらない。



 「…ちょっと宝さん、副委員長ってこんな人だったの?」


 「びっくりするくらい残念な性格でしょ、10メートルは離れて見るのが丁度いいでしょ」




 中村さんのことは知らないけれど、女性陣は自分たちのことを棚に上げて鑑賞用認定をし、逆にミシェルは見てはいけないものだと思ったらしく顔を手で覆っていた。

 


 さっきまで綾瀬の髪に触れていた手で顔を覆うのが許せなくて、洗面所まで引っ張っていったら後ろからまた宝の爆笑が聞こえてくる。


 嫌なもんは嫌なんだから仕方ない。



 ただし、ミシェルが紛らわしい格好をしているから男子トイレに女の子が連れ込まれてる!と、事情を知らない他のクラスから先生に訴えがあったらしく、また爆笑ネタを提供することになるとは思わなかった。


 宝の罠だな、これは。 



 悪いやつじゃあないのは分かってるんだけど、ミシェル早く国へと回収されてくれ。

 このままだと引きこもりたくなるような黒歴史が量産され続けるぞ。



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