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 バイトを始めてから、初めてではないでしょうか。

 開店30分で、まさかの戦力外通告を受けました。

 

 なんだろう、確かに集中は出来てなかったけれど消化不良気味。

 ちゃんと仕事は仕事でやりきらないとルーティーンが乱れて嫌なのかもしれない。

 


 サッとスーツから制服に着替え、歓楽街でも浮かないよう制服を隠す上着を羽織る。

 

 

 「おまたせ、…とりあえず出よっか」



 仕事が出来ず不甲斐なかったと落ち込んでしまいそうになる事務所でこのまま話すより、少し気分を変えたくて駅近くにある照明の明るい賑やかなファストフードの店に向かった。



 いつものように荷物を奪われ裏口の階段を下りていく。

 稲葉くんのつむじを見ながら、髪の根元が薄い色素であることに気付く。


 ああ、そうだ、出会った時と髪色が違うんだ、私も稲葉くんも。



 私は校則を無視しつつも咎められない程度にブラウンに染めた挙句ゆるっとパーマを当てているけれど、稲葉くんは校則の範囲内から逸れないよう、集団で埋もれるように黒く染めている。


 埋もれるような容姿じゃないのが無駄な抵抗だと思わないでもないけれど多分言ったら怒るやつだし。

 というか、そんな努力されてたら記憶を掘り起こしてあの頃と今の稲葉くんが一致できないのも私のせいじゃない気がする。



 「何、委員長」


 「べっつにー」



 つむじへの視線が刺さっていたのか、私のふてぶてしい態度が見苦しかったのか、気付かなくていいことまでよく気付いてくれる。


 私たちは本質的なところで似ているのだと思う。



 山の中でカランカランと仕掛けた鳴子が響く。


 ああ、この道を選んでこっちに来たか。

 何が狙いなんだろうか。

 こちらの動きは見えているのだろうか。

 どこまで行けばその歩みが満足するんだろうか。

 敵意が芽生えたらこちらに向けられるだろうか。

 遭遇せず回避したほうが得策か迎え撃ったほうがいいのだろうか。



 私たちは山守や猟師のように、こちらへと踏み入ってくる人間を見るクセがあるのだと思う。

 しかも注意深く風上には立たないようにしている。

 

 そう警戒して生きるようなクセがついてしまう人生って、最高に疲れることを私も知っているし、きっと稲葉くんも知っている。



 分かち合える要素があるはずなのに、そのクセが枷になり息を潜め動けないでいる。


 

 それでも最初に歩み寄ってくれたのは、あの頃の稲葉くんだ。

 優しくされて労わられても、感謝なんてされたことなかった。


 それが目に見えて形に残るものになって受け取れるなんて、嬉しいことが嬉しいと分かる、自覚できたのも驚きで。

 1枚目のメモが、ちゃんと息が出来るようになったきっかけだったと思う。



 「稲葉くん、字綺麗だよねぇ」


 「!」


 

 ファストフードの店で薄いオレンジジュースを飲みながらメモを2枚並べる。

 おー、流石に昔のメモには驚いているねぇ。見開いた目元が少し赤くなってて可愛い。



 「ふっふっふー、物持ちいいでしょー…って何で縦書き?」


 「…多分、習字の名残り、かも。…縦のほうが書きやすい気がする、だけ」 


 

 かっかっかと顔がどんどん赤くなっていく。

 うわぁ…珍しい、ちょっと取り乱してる稲葉くん。


 

 「ね、何でこんな短いの?」


 「っ!」



 思わずニヤニヤしてしまう。

 きっと私の欲しい言葉をまた言ってくれるんでしょう?と期待して。

 

 今回、何枚も書き損じたことは佐久間さんから聞いて知っている。

 ということは、前回のこのメモも、もしかしたら何度も何度も書き直してくれていたのかもしれない。

 どう伝えようか、言葉を吟味して、私を想いながら、何度も。

 


 「ちょっと…勘弁して」


 「ヤだ言って」



 あーとかうーとか唸りながらもポロリと零れた言葉は素っ気無さそうでも温かい。



 「何て書いたらいいか、わかんなかったんだよ…」



 この言葉以上に、この照れた姿が私を喜びで満たしてくれる。

 昔よりも破壊力は増している。


 だって、今や何でも器用にこなせる人だと知っている。

 その稲葉くんの、ままならない不器用な姿。

 

 こんな愛しい姿を見れるのは多分、私だけ。



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