12
校門の前で身だしなみチェックしている先生をすり抜けて靴箱へと向かう。
制服のブレザーはどこの学科も一緒だけれど、緑のリボンっていうだけでチェックが甘い気がしますよ先生。
普通科の可愛い赤いリボンつけてるだけで厳しくなってる気がする。
私も一応髪は染めてるんだけどなー。
ゆるふわも地毛じゃないよー。
わざわざ口には出さないけどね。
教室横にある廊下にはクラス専用のロッカー。
こっそり借りている鍵で余ってるロッカーを開け、着替えの荷物を入れ教室に入ると、稲葉くんはもう自分の席のご近所さんと談笑しながら1限の準備をしているようだ。
しばらくは目も合わないだろう。
少し寂しくもあるけれど自分の席に着いて、私は私でやることをやろう。
朝礼まではまだ時間があるので、メールを打てるだけ打つ。
まずは佐久間さんに送迎の御礼と帯止めの御礼も改めて文字にし、目覚ましがわりになるよう昼の時間に送信予約。
担当している5人にもモーニングコール代わりの出勤確認メールを送信予約しておく。
今回はその定型文のメールにちょい足し。
『あやちゃんの幻のフルモリ☆水曜限定3!水曜12時までに要予約』
幻も何も、作るのが面倒くさいからやりたくないだけなんだけどお客様を誘う口実にはなるはずだ。
前回、女子高生が手ずから作ったフルーツ盛り合わせ(大)は、1つのみ。
結果、店内が異様な熱気のオークション会場のようになった。
…主にお姉さま方が。
お客様のお財布で小競り合い。
勝利したお姉さまはドレス姿で優雅に拳を振り上げ、その姿はまるでドラクロアが描いた絵画のような勇ましく美しい女神がそこに居た。
地鳴りのようなおっさん達の賛美と拍手に包まれ贈呈したフル盛り。
ついでにとフルーツ給仕、あーんをお客様だけでなくお姉さまにもせがまれ、大盛況の営業日となった。
…今回は小ぶりなのを3つ作る代わりに、担当のお姉さま方には平日呼び込みを頑張ってもらおう。
あとは、由宇兄ちゃんにご来店の催促メール。
こっちは着信音で起きるような繊細なお兄ちゃんではないので余計な配慮なし。
桜には指名している桜専属キャストさんが居たはずだけど、ミモザに来る時はいつもフリーで場内指名も基本的にしない。
たまに若様の話聞きたさに私の担当するキャストに場内指名を入れてくれるので、時間を見つけて5分くらいは私も同席する。
まるで臣下のように意地でも椅子には座らないけど、由宇兄ちゃんにも可愛がってもらっていると思う。
お宅の息子さん声変わり始まって可愛いですね、とか言うだけでボトルが入るのもありがたい。
『校外学習で予約していた席が特進科で埋まります☆折角なんでワークショップ開いてくれたら嬉しいなぁ♪今週時間があれば若様にナイショでミモザに来てね♪1セット席に着いちゃうかも?』
みたいなメールを朝イチで送信。
…稲葉くんに癒された爽やかな朝だったのに、なんだか汚れた気がする。
しばらくバイトは忘れて勉強に没頭しようそうしよう。
座禅組むよりよっぽど無になれるはずだ。