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キッチンに男子が立っているのも目の保養っていうか、もう写真撮りまくりたい気持ちでいっぱいなんだけど、ソワソワとガン見しながら待っていたら出てきたものにも衝撃を受けた。
ずっ…ずいぶんと可愛らしいものをお作りになるんですね…!!ニヤニヤと涎が止まらない!
「コレなら外さないかなと思ったんだけど、どうかな?」
「旗立てたら完璧じゃないかな…!きゅんきゅんする…!」
チキンライスは電子レンジでチンしただけだから食べられないってことはないはず…とか言って何だか自信なさげだけれど、ふわっふわのオムレツが「早くナイフを入れて」とせがむようにぷるぷるしている。
何この魅惑の色彩とディティールは…!子どもも女子も虜になるやつですよ!モテそうな男はモテそうな料理まで作れるのか!
「マジで?…ちょ、ちょっとまって!旗作る!」
慌ててキッチンへと戻って爪楊枝を持ってきた稲葉くんは鞄の中からクリーム色の付箋を取り出して手早く旗を作っている。
うん、手際もいいし、その真剣な顔と集中力もいい。素敵。
「はい、出来た。何描く?ベタに日の丸?」
「うーん、それもいいけど、そうだなぁ…矢、書いてくれないかな?」
「や?」
「そそそ、流鏑馬とか弓で射る矢、んで矢先は下向けにしてね」
するするとペンで可愛いイラストの矢が描かれる。SNSで使うスタンプとか作れるんじゃないかな。
ほんっと、嫌味でもなんでもなくて、何でも出来るよねぇ。
「私にはそんな画力無いから羨ましいよほんと」
「んー、特に役立つことがあるわけじゃあないんだけど喜んでくれるんならこゆの描ける自分で良かったよ」
はいどうぞ、と旗を手渡される。
「ありがとー、じゃあこれ挿して完成ってね、どぉ?完璧じゃない?」
「横目でちょっと見えてたけど…っ!くっそ…!」
両手で顔を覆って天井を見上げている。
ふふん、私だって多少は可愛く反撃できるんだからねっ。
黄色いキャンパスには私の悲しい画力でも描けるケチャップの赤いハートマーク。
「さ、おなか空いたし早く食べよ、いただきまーす!」
ちょっと恥ずかしいのも手伝って誤魔化すようにスプーンで崩して口に頬張れば、外食で食べるような味じゃなく家庭の味っぽくて、違う種類の恥ずかしさというかむず痒さが胸いっぱいに広がっていく。
「えぇ!!!ちょ!女子らしく1枚くらい写真に残そうよ!!」
「あ、ごめん、そういうのは稲葉くんに任せた。美味しいから、…ねぇ早く食べて?」
「任されるしそのセリフもどうかと思うけど…!」
久々に食べたごくごく普通のオムライスは、めちゃくちゃ絶品で、心もお腹も幸せな気持ちで満たしていく。
「私も料理し始めの頃はオムライスとかカレーとかハンバーグとか…すっごいヘビーローテで作ってたんだよー」
味が濃くて分かりやすい味って元気が出るし子どもが作ってもそれなりの味になるから自信付くんだよね。
あんまりにも作りすぎて佐久間さんに「給食を真似しなさい」って言われて路線変更できたんだけど。
「…知ってるし」
ぽそりと呟きスマホを仕舞って「いただきます」と手を合わせた稲葉くんはちょっと不機嫌で。
「喉渇いたら冷蔵庫に麦茶あるから取ってきて」
「?うん、今取ってこようか?」
「委員長の欲しいタイミングでどーぞ」
まぁこのまま食べ続けたら喉渇くし今のうちに持ってきたほうがいいよね、と立とうと思ったんだけど。
「ここ、職場でもパブリックスペースでもない、家だからね」
思わず固まった。
にっこりと笑っているようで笑っていない、悪魔が降臨している。
「3日間、まぁ準備期間も含めてだーいぶ頑張ったと思うんだよなぁ」
「あ、ハイそれはもう…」
嫌な予感しかしなくて声が小さくなってしまう。
「なーのに俺より藤宮さんや真木さんにメロメロになって、プロポーズだっけ?」
横に座ってなくてよかったと思ってたけれど、真正面からこの笑顔を受け止めるのもまぁまぁ辛い。ちびりそうな視線にどんどん顔が下に沈む。
「まぁスカウトしたいのは分かるけど挙句、苺のビュッフェ行くって?」
「え、何で知っ…」
テーブルを挟んで向かい合わせだったから距離があると思っていたのに視線を上げれば稲葉くんはテーブルに手を着き、こちらへと乗り出した身は思っていたよりも近い。
「ね、俺には?ご褒美なしなわけ?」
何て言ったらいいか分からず、とりあえず首を横に振ることしかできない。
それでもその反応に気を良くした稲葉くんは私のおでこに唇を寄せた。
「じゃとりあえずスマホ出して」
柔らかな感触に、頭がよく動かず言われるがままポケットから取り出す。
「じゃあ佐久間さんにメール打って。『今日はみなみちゃん家に泊まるから、明日の朝は店に寄れないしお迎えなしでいいから、今夜はゆっくり休んでね』」
「…っ!」
途中まで打とうとして指が止まる。
「なに?出来ないなら代わりに打つけど?」
ほら、と手を出されて一瞬スマホを渡しそうになるけれど、グッッと堪えた。
さすがに、誰かのせいに、稲葉くんのせいにして逃げれるような言い訳を作るのは嫌だと思って。
「ちゃんと、自分で、打つから」
「そ?」
そう宣言すれば、ふわっとしたオムレツのような柔らかい空気が戻ってきた。
その雰囲気と引き換えにした、この一夜。
私、無事に生きて帰れるんだろうか…!?