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このビルで一番早い開店時間のclubうらら。
開店10分前にはもうすでに1階で数組並んで待っていた。
上がってこなかったのはキャストに事前メールで「1階待機のスタッフに名簿チェック後、入店すること」と通達していたからだ。
きちんと言われたことを守る姿勢になったのはいいけれど、それでもお客様を連れているなら1本電話なりメールなりしなよ!と思う。
まぁ、まだそこまでの応用はうららのキャストには難しかったのかもしれない。
稲葉くん曰く、「会話が途切れないよう寄り添って【並んで】【待て】が出来ていた」ので躾けの一環としてここは褒めておくポイントだろう。
3、4組がなだれ込むように入店し、慌ただしく開店した。
初日とは全く違うスタートだ。
clubうらら開店の15分後がclubフリージアの開店時間、45分後にはclubすみれの開店時間なので、平日と言えど他店とかち合ってエレベーターが込み合うことのないようこの調子で最初の15分、最低10組は入店してほしい。
そんな事を思っているとスマホがぶるりと震えたので、画面を確認すれば表示は椿さん。
ぶっきらぼうな話し方で飾らないタイプの椿さんはメールやメッセージよりも必要な時に必要なスピードで、と電話を好まれる。
『はい綾瀬です、いかがなさいましたか?』
多分同伴中だろうけれどお客様に聞かれても、万が一、大学のご友人に聞かれてもいいように対応を心がける。
『坂本さんとあと1分後に着くから1階まで来て』
『かしこまりました』
返事をすればすぐプツっと通話終了となった。
えー…、なんでーとか理由はなしですかそうですか。
すぐインカム無線を飛ばす。
『フロント綾瀬です、まもなく椿、椿と坂本さま入店します、1階まで出迎えに出ます』
急いでエレベーターに乗り込み1階へ。
「ごめん稲葉くん、よくわかんないけど一緒にお出迎えして」
「それは構いませんが…何か持ち込みアリってことですか?」
「わっかんない、すぐ来ると思うけど」
1階に面する道路の右側を稲葉くんが、左側を私がそれぞれ見張る。
1分と言われたが、実際は2分だった。
先に気付いたのは右側を見張っていた稲葉くんだ。
「綾瀬マネ、もしかしなくてもアレじゃないですか…?」
あれってどれ?とビルの右側を見れば…アレってアレかぁ…!?
こんな狭い道路を態度もでっかくノロノロと進むアレか…!?
「白くて長い…リムジンってやつだよ稲葉くん…!!!」
何メートルあるんですか!初めて見たわ!!!
つーかこんなとこ乗り入れてくるな!!
店の前は一通になっていて道幅も狭い!
歓楽街なので入る店を歩きながら探す人も多いから、普通の車でもこんな時間から入ってきたら迷惑なのに!
案の定、店の前で止まる。
ごめん、後ろのタクシーのおっちゃん。
さらにその後ろの一般車の方々。
あ、ぎりッぎりの狭い隙間を通り抜けていくバイクの方、スマホ撮影されてる歩行者の方、危ないですよ。
「稲葉くん、ドアマンして」
「はい」
ここで車に2人で近寄るより、私をエサに早く店内へと誘導したい。
ドアが開いたところで稲葉くんが手を差し出せば、白いレースの手袋の先が見え、悠然とした椿さんが出てきた。
おいおいおい、それもう二十歳の貫禄じゃないですよ。
この大物感で誰がコミュ症って信じるかな。
そしてその後ろから坂本さん。
よし、リムジンの運転手さん、とっとと車出して。さぁ帰って。
運転手席の窓へと稲葉くんが顔を寄せ何か話している間に同伴の二人がゆるりとやってきた。
後ろで発車する白い影にやっと少し安堵する。
「ご来店ありがとうございます、坂本さま」
派手すぎる!くっそ迷惑!
そう叫びたいけれど必死に笑顔を貼り付けた。
「見た見た?めっちゃベタなリムジン!!借りておいてなんだけど乗ってたら外観見えないからつまんないのな!」
そうですね、お笑い芸人だったのに映画も撮るようになった某大物芸能人もそんなこと言って購入した高級車をタクシーに乗り並走して眺めるという酔狂なドライブしていたらしいですよ。
お金を持ちすぎてる人の思考回路ってどうなってるんだろう。
それならミニカーでも買えばいいのにと思ってしまう私は貧乏性だ。
しかもエレベーターも1階に呼んでいつでも乗れる状態にして扉押さえてるのに乗ってきやしない。
何考えてんだコラ、さっさと乗ってよ、何で椿さんにこんな有り得ない格好させてんだ。
「椿さん、ドレスで出勤って」
「イベントだし、同伴後に着替えてたら坂本さん1人になるから先に着た。…多分ほかの4人も私服出勤はしないと思う。」
「は?」
「そうそう、ここの更衣室で着替えてもらってからタクシーで来てもらったから」
「初めてフォアグラ?食べた…」
「美味しかったよねー?んで、すっげーキラキラ可愛いから俺ら目立っちゃったね!」
「?目立ったかどうかはわかんない」
今!現在進行形で目立ってるけどね!!
白地に…幾何学模様になっているスパンコールが裾下の金色から銀色へと胸元まで濃淡グラデに変化しているキラッキラのロングドレスで、深めにスリット入っちゃってるね!
がっつり開いた背中は…後ろでフラッシュ焚かれまくって撮影されてるね!!
「坂本さま、リムジンは次回からお控えくださいね?」
「え、綾瀬ちゃん怒ってる?何で?昨日のニナみたくお練り代わりじゃん?」
宣伝必要ないっつーの!!
今日は同伴オンリーなんだから!!!
「お気遣いだけ、感謝致しますので、どうぞ本日はうららでお楽しみいただけますでしょうか」
「綾瀬マネ、これ椿さんの」
こそっと大きめの紙袋を渡される。多分着替え一式が入っているんだろう。
稲葉くんは1階を離れられないし私が更衣室に持っていくのがベストだ。
「ごめん綾、お願い」
「はい、承りました。ではお二人ともご案内致します」
稲葉くんと目配せしてエレベーターの扉を閉じる。
『綾瀬マネと椿さん坂本さま3階上がりました。荷物アリなので誰かフォローお願いします』
インカム無線から聞こえてくる稲葉くんの声。
どっこのポジでもソツなくこなすなぁ~~。参謀役させたら日本一じゃない?
どんなアホな殿様でも天下取れそう。
エレベーターの扉が開けばフォローにやって来ていたのは、うららの遅刻魔石田くん。
今日は稲葉くんにお持ち帰りされた後、寝袋で蓑虫の一員となっていたから遅刻のしようがなかったみたい。
「ようこそ、お待ちしておりました坂本さま、えと、ご案内致します!」
若干棒読み臭かったけど、礼の角度も笑顔もちゃんと合格ラインだ。
それでよし!と2人の後ろから親指を立てたら嬉しそうに親指立て返された。
このおバカ!お客様先導してるんだからそんな返事はしなくていいの!!
それに釣られて2人もこちらを振り返るもんだから慌てて姿勢を正す。
「いってらっしゃいませ」
引きつりそうになりながらも、なるべく優雅に微笑み見送る。
うわぁ…ホール一緒にやってるスタッフすごいな…常にハラハラドキドキじゃない。
あー良かった、メインがフロントで。
ほんとごめん、藤宮くん。
今夜も合掌せずにはいられない。
やっぱりイベント編100話で済まなかった…
_(:3 」∠)_
もう少し酒の席にお付き合い下さい。
ほろよいの白とパピコの白が相性バツグンだと思う今日この頃。




