諸月の時期7
庭を見渡せる皇城の部屋の窓際に、3人の男が並んで立っていた。左右の二人は中央の男の一歩前に立っている。
「ーー帝国軍皇族守護、第一分隊筆頭ラインハルトが、名もなき獣に引導を渡してやるよ」
目の前の庭ではひとりの軍人が、招かれざれ客の相手をしている。状況は互角といったところ。黒虎の攻撃を見事に軍人が捌き切っていたが、軍人の反撃も有効打を与えるに至っていない。
「ラインハルトのやつ、第一分隊筆頭ですってよ。いいんですか、隊長。そんなこと言わせてて」
端に立った長身の男が、逆端に立つ男に声をかける。
「別に構わん。『筆頭』などという役職はないからな。『隊長』なり『副隊長』なりを自称しているのであれば拳骨で黙らせるが」
隊長と呼ばれた無骨な男は、その顔に相応しい低く重い声で答える。
「おー、怖い怖い」
「まあ、臆病風に吹かれるよりはいい。ラインハルトは若いが、その精神力は目を見張るものがある。『筆頭』とやらも自らを鼓舞するためにわざと吹聴しているのだろう」
「……それは買い被りすぎだと思いますけどね」
単にお調子者なだけだと思いますよ、と長身の男は続ける。
「ふむう。ラインハルトひとりで良いのか」
中央の男が尋ねる。彼は軍服ではなく、高貴な服をまとっていた。体格も左右の二人に比べると華奢であり、歳も相当召している。
「はっ。皇帝陛下。おそらくラインハルトひとりで事足りるでしょう。念の為、あと2名ほど目を光らせております。避難民に被害が出ることはないかと」
「それならいいが。庭に避難した国民は城の中へ避難させよ」
「よろしいので?」
「執務室と後宮に入れなければ問題なかろう。中庭は大丈夫か?」
「今の所、モンスターは現れておりません。そちらも部下に見張らせております」
「そうか」
皇帝と呼ばれた男はじっと黒虎とラインハルトの闘いを見ている。深い皺が刻まれたその顔は、眼下に巨大なモンスターがいるにも関わらず無表情を保っていた。
「お主らも闘いたいか?」
「ご冗談を。御身をお守りすることが我らの役目です」
「ふん。こんな老いぼれの護衛なんぞ無くても良いじゃろ。早期にモンスターを討伐することのほうが重要かと思うがの」
「そんなことはありません。陛下に万一があったら、皇妃様に何て言われるか……」
「かっかっか。儂よりあいつのほうが怖いか。確かにそうだな。儂も怖いわ」
「それに、休憩中のメンバーにも招集をかけました。彼らが集まれば早急に決着はつくでしょう」
「そうか。ならもう少しここで見ていよう」
安心したように皇帝は笑う。その様子を見て分隊長の無骨な顔も僅かに緩んだ。逆側では長身の男が避難民を城の中へ入れるよう指示を出していた。
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黒虎の攻撃を防いだのはまだ年若い軍人であった。
「ラインハルト……? 聞いた覚えがあるな」
軍人の口上を聞いたアルが呟く。
「確か最年少で第一分隊に入隊したエリートだ。『先祖返り』でもある。確か、まだ今年で15歳だったはず……」
「15歳? 僕と同い年だ」
(え、あれで15歳なの?)
俺は黒虎とタイマンを張る青年を見る。15歳にしてはやけにガタイがいい。身長も体格もベティさん並だ。華奢なクリスくんと同い年らしいが、とてもそうは見えない。
そうこうしていると、お城の入り口が開いた。どうやら中に逃げ込んでもいいらしい。我先にと避難民が殺到する。入り口が狭いので少しずつではあるが、徐々に庭にいる人間の数は少なくなっていった。
「はっはっはー! 物足りないな! お前の力はそんなものか!?」
黒虎の攻撃を躱し、受け止め、お返しとばかりにラインハルトの拳が黒虎の顔面を強打する。思わぬ衝撃に黒虎は2,3歩後退するが、目はラインハルトを見据えたままだ。未だ逃げ出す様子は見せない。
「おい、ラインハルト! 何もたついてやがる! さっさと斃さねえと、俺がそいつを狩るぞ」
「ハルっち、まだ戦ってる?」
城の屋根の上から声がする。声のした方を見ると、二人の軍人が歩いていた。ひとりはサングラスをかけた金髪の男。腰には刀がささっている。もうひとりは眼鏡をかけた黒髪の女性。巨大な銃を携えていた。
「あらら。先輩方お早いですね。お二人とも『先祖返り』じゃないんですから、こいつの攻撃は危険ですよ。まともに喰らったら先輩方とはいえ死んでしまいますので、離れててください」
黒虎から目を話さずにラインハルトは言う。
「っけ、誰に向かって言ってんだコラ」
「ナマイキ」
屋根の二人はそう言うが、しかしその場で座ってしまった。彼を援護する気は無いようだ。
「ありがとうございます! もうちょっと、待っててくださいねー!」
ラインハルトも彼らの態度は承知のようで、笑顔を浮かべて黒虎へと立ち向かう。彼の拳が速度を増す。爪を払い、顎を削り、鎧のような鱗に罅が入る。
たまらず黒虎はバク宙で距離を取りつつ、次いで、鞭のようにしならせた尻尾で不意打ちを放つ。
「グオッ?」
しかしバク宙は途中で止められてしまった。
「くー! キッツー!!」
黒虎の尻尾は、脇で挟むようにラインハルトに止められていた。尻尾が回転しないので、勢い余った黒虎は背中から地面にぶつかってしまう。
「おら、お帰りはあちらでございますよー!」
そのまま彼は体を捻り、戦車と同等の巨体を門の外へと放り投げた。黒虎はうまく受け身をとることができずに、道路に叩きつけられる。まだ城に入れていない背後の避難民から歓声が上がった。
「……外に投げてどうすんだ馬鹿」
「あーああー」
一方で屋根の二人からは野次が飛ぶ。
「いや、あの尻尾止めるの結構しんどかったんですよ!? 躱してたら被害が出ますから止めるしか無いですし!」
「うっさい」
「言い訳無用」
「酷い先輩方だ……」
ラインハルトは半べそになりつつ、トドメを刺そうと黒虎に歩み寄る。投げ飛ばされた黒虎は起き上がると戦闘体勢に戻った。
「グラウウウウーーーン!!!」
黒虎の遠吠えが辺りに響く。
「何だ? 命乞いか? 無駄だぞ。極刑すると言ったからな……ん?」
突然、ラインハルトが後退し、避難民の傍まで戻った。
「先輩方!」
「分かってる」
「こっちは任せろ。モンスターが一匹なわけ無いからな」
黒髪の女性は銃を構え、金髪の男性は刀を抜いた。黒虎の背後の闇より新たなモンスターが歩み出る。一体、数体、十数体。徐々に湧き出るモンスターの数は増えていく。
「黒狼か。中型ってところだな。数が多いのが面倒くせー」
「左側、お願い」
「任せろ。前衛が居なくて大丈夫か?」
「巻き込む、から」
女性が巨大な銃を見せると、金髪の男は肩をすくめた。
「取り敢えず、減らすね? 耳」
「おう。おい! お前ら全員耳を塞げ!」
金髪の男が庭にいる避難民に呼びかける。
「やばそうだぞ。みんな! 耳を塞げ!」
アルの声にクリスくん達は耳を塞ぐ。
黒髪の女性は銃を高々と上へ構える。どんな轟音がするのか注意深く観察していたが、銃からは『ボシュン』と気の抜けた音がした。飛ばされた大きな弾頭は放物線を描き、モンスターの直上に火の玉が落ち始める。火の玉は途中で分かたれ落下し、地面に当たると同時に炸裂。轟音とともに、道路をキレイに覆い尽くすように火柱が上がった。




