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異世界で悪霊となった俺、チート能力欲しさに神様のミッションを開始する  作者: 珉珉×打破
第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜
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諸月の時期4

 ずずずんと、遠雷のような音がする。テーブルを囲んでいたメンバーはその音に一瞬だけ静まった。


「今のはデカかったな。そろそろ締めに入ったのか?」


 口を開いたのはクリスくんの隣に座る大柄の男。他のメンバーからはアルと呼ばれていた。


「だといいけどね……。帝都の中は安全だとは思うけど、この時期はどうしてもピリピリするからね……」


 そう言って、クリスくんの真向かいに座る女性はコップに口をつける。さっきクリスくんの頭をぐりぐりしていたアンナという女性だ。コップの中身は黄金色に輝く泡立った液体。見た目はビールのような液体で、翻訳先生もビールと訳してくれたので、これはもうビールで間違いないだろう。


「そうよねー。うちの店もこの時期は閉めるしかないし……」


 ため息をつくのはアルの前に座る糸目の女性。名前はケイト。この3人とクリスくんでお店のテーブルを取り囲んでいる。彼らがクリスくんの友達だ。


 ちなみにこのお店は居酒屋で、不安を忘れようと飲みに来た人達でお店はほぼ満員であった。


(ケイトはどんなお店をやっているんだ?)

「私というより、うちのお店ね。家族で貿易商をやっているわ。レイダースだったりエイジャだったり、遠くの国の特産品を運んでいるの。でも、この時期はダメね。道が封鎖されてしまうから」


 なるほどね。モンスターのせいで通れなくなるのか。


(でも、外にはモンスターが居るんでしょ? 危なくない)

「大丈夫よ。獣避けの道具があるから。護衛も雇っているし、道中は砦に泊まるしね。思ったよりも危険はないのよ」


 そう言って彼女はうふふと笑う。顔も赤いし大分酔いが回っているようだ。


「いや、そんなことはないぞ、悪霊さん。外は危険だ。私も外で何度危険な目にあったことか……」


 アルは顔を青くして否定する。何か嫌なことを思い出しているのだろう。


「アルが危険な目に遭うのはいつものこととして、ケイトはもう少し危機感もったほうが良いかな。悪霊さん。この子、お嬢様なんだけどさ。いっつもちやほやされてたせいで、危機感が全然無いのよ。悪霊さんからも何か言ってあげてくんない?」


 アンナはそう言って俺を見る。え、なんて言えばいいんだろう。


(えっと、儲かりまっか?)

「ぼちぼちでんなー」

「そういうことじゃなくてー!」


 酒のせいもあってか、会話が弾む。俺も久しぶりに大人数で話せてとても楽しい。


「というか、よく平然と悪霊さんのこと受け入れられますね……」


 クリスくんはひとり静かにお酒を飲んでいた。



 時間は少しだけ遡る。クリスくんについて行くことに決めた俺は、とりあえずそのことを彼に伝えた。


(クリスくん。気が変わった。俺も付いていくことにしたから)

「え。でも、誰も悪霊さんと話せないかもしれませんよ?」

(いいから)

「でも」

(いいから)


 クリスくんに悪い虫がつかないように見張るから。

 いざとなったら、ラブハリケーンで妨害するから。


「ん? クリス、誰と話してるの?」


 クリスくんの様子を見てアンナさんは訝しむ。


「あ、いや、これは……」

(初めまして。悪霊と申します。クリスくんの兄みたいなもんです。仲良くしてください)


 あたふたするクリスくんを放って俺は挨拶する。


「あ、これはどうもご丁寧に……。ん? 声はすれども姿が見えず……?」


 というわけで、アンナとの意思疎通に成功した。アンナはベティさんのように腰を抜かすことはなく、気さくな性格もあってかすぐに打ち解けることができた。


 お店に到着するとすでにアルとケイトは席に居た。再会の挨拶をすませる四人。注文のオーダーを入れた後で、アンナが話しかけてきた。


「ねえ、悪霊さん。この二人とも話せるか試してみよう」

(よしきた)


 というわけで、二人にも意思疎通を試みたらあっさりと成功した。こんなに一度に話せる人が増えるのは初めてのことじゃないかな。俺も驚いている。


 ちなみに魔法の言葉である「パンツ」は封印している。前の世界では幾度か誤解を与えてしまったし、仕方がない。



 そして話は宴会に戻る。みんなが手に持っているのはビールか果物酒。もちろんクリスくんのグラスもお酒。この世界では15歳からアルコールを飲んでも良いそうだ。なので俺は何も言わない。


「え、別に幽霊くらい居てもいいじゃん? そのほうが楽しいし」


 あっけらかんとアンナは答える。


「それともクリスは幽霊が怖いの〜?」

「いや、別に怖くはないですけど……」


 ニヤニヤ顔のアンナさんに嫌そうな顔をクリスくんは向ける。

 あれ? クリスくん、初めて会ったとき、レイジーちゃん置いて逃げ出さなかったっけ?


「……あれは驚いただけです。怖くはなかったです」


 顔を背けるクリスくん。怖がっていたとしか思えないな。


「アルは怖くは無いんですか?」

「俺は不幸体質だからな。いつか幽霊とも出会うと思っていたから心の準備はしていた。だから怖くは無い」


 気を取り直して、クリスくんはアルに尋ねる。彼の返事に、「ああ」、「納得です」と賛同するメンバー達。


(というか、さっきからちょくちょく出てきたけど、アルの不幸体質って何?)

「そのままの意味ですよ。アルくんはすごく運が悪いんです」


 ケイトさんはそう答える。


「そうそう。鳥の糞が落ちてくる。ゴキブリが足の上を通り過ぎる。久しぶりに布団を干したら雨に降られるのは当たり前。あとは、兵役では絶対こいつと同じ班になりたくなかったな。なんせ、アルが見張りの晩は必ずモンスターが出てくるからね。最終的に上官から『キミは見張りに立たなくても良い』って言われてたっけ」

「それじゃあ兵役の意味がないですよねー」


 ケラケラと女性二人は笑う。


(ああ、それは何と言ったらいいか……)

「気にしないでくれ悪霊さん。もう慣れた。それに、俺の不幸はそこまで大きな不幸じゃないから。せいぜいが笑い話になるくらいだ」


 彼はおどけたように笑う。無理をしているような笑いではなかったし、それならまあいいか。


「最近、無職になったけどな」


 それはよくねえ!


「そして、実はそれを慰める(笑い飛ばす)会だったりもする。悪霊さんが来たから忘れてたけど、無職になったアルバートにカンパーイ!」

「「「カンパーイ!」」」


 アンナの音頭に合わせてグラス打ち鳴らす四人。


(やばいな不幸体質。というか、これは流石に大きな不幸に見えるのだが……)

「まあ、退職したのは不幸云々関係ないからな。俺の一身上の都合だ」

(そうなのか)

「そうとも」


 アルの言葉に違和感はない。表情も暗い感じではないし、円満退職なのかな。


(これからどうするんだ?)

「そうだな。しばらくはこのままのんびり過ごすよ。気が向いたら再就職かな。あてはあるし」

(そっか)

 

 彼はビールを喉に流し込む。一息で飲み干し、次のグラスをお店の人に注文していた。


「それで、ケイトさんは悪霊さんのこと怖くはなかったんですか?」


 クリスくんが話を戻す。


「私も特に怖かったりはしないなー。他の国を回ったりすると、奇妙な文化や風習があったりするし、そういうのを見てるからかな」


 小首を傾げてケイトは言う。


「あ、でも、多分アンナとクリスくんのおかげかな。悪霊さんが怖くないの」

「え、どうして?」

「だって、二人があまり怖がって無かったんだもの。それどころか、アンナ笑ってたし。これは何かあるなってピーンと来ちゃいました」


 笑みを浮かべてケイトは言う。なるほどね。二人の様子から少なくとも恐ろしいものではないと感づいていたんだな。


「よーし、じゃあ改めてクリスくんのお兄さんである悪霊さんに、乾杯!」

「「(乾杯ー!)」」

「いや、兄じゃないですけどね」

「あれ、そういえばクリスは一人っ子だよね?」

「そうですよ」

「は! まさか、英雄オスカーに隠し子が!」

「隠し子が! そして死んで悪霊に!」

「いないし、死んでもないです。この人は別人ですよ別人」

「もしや、弟? 隠し弟?」

「だから、血の繋がりはないですって」

「じゃあ、何繋がり?」

「うーん、何でしょうね?」

(娘(仮)の旦那候補だから……。息子?)

「息子? もしや、オスカーさんの生霊とか?」

「ちょっと悪霊さん。何口走ってるんですか? 違いますよ。この人は異世界からーー」


 クリスくんの台詞の途中で、突然、お店の電気が全て消えた。

 一瞬の静寂の後、ざわめき出す店内。「停電?」というアンナの声がする。


「外も真っ暗だぞ!」


 窓側に居た客が声を上げる。このあたり一帯が停電になったのか? でも何で?


 俺の疑問に答えるようにサイレンの音が鳴り響く。その音にかき消されるように、店内のざわめきは聞こえなくなった。


『ーーこちらは、帝国軍第四分隊広報部です』


「軍の放送だ」

「しっ!」


 お客のひとりが声をあげ、他の客に窘められる。 


『ーーただいま、帝都内への小型モンスターの侵入が確認されました。場所は帝都南西部、発電所付近です。この影響で、一部地域に停電が発生しております。皆さん、落ち着いて行動してください。まず、火の元を始末してください。そして、最寄りの避難所への参集をお願い致します。 続いて、警備中の帝国軍第六分隊に通達しますーー』


 放送は続く。第六分隊は避難誘導と警戒に努めよという内容であった。放送が繰り返された後、店内は再びざわめき出す。


「まじか」とアンナ。

「あらあら」とケイト。

「これは俺、関係ないよな」とアル。

「あ、レイジーどうしよう」とクリスくん。


(……割とみんな落ち着いてるな。モンスターが侵入されたのに)


 他の客も慌てるような人はいない。窓から避難を始めようとする客に、店長がお代を要求している。みんな怖くないのかな。


「まあ、殆どが兵役経験者だからな。これぐらいは大丈夫だよ」


 アンナはグラスに残っていた果実酒を飲み干す。


「まあ、クリスはしてないけどな。それでも慌てないんだから立派立派」

「慌ててどうにかなるんなら慌てますけど?」

「この可愛げのなさが無ければな……」


 はあ、とアンナはため息をつく。

 店員が各テーブルに明細を置いて回る。


「まあ、とりあえず、ここは私持ちでいいわよ。みんな外に出ようかしら。城壁から離れているとはいえ、あまりグズグズもしてられないわ」


 ケイトが明細を取って立ち上がる。


「ひゅー♪ さすが金持ち〜!」

「後で割り勘よ。あ、アルはいいからね」

「かたじけない」

「けちー」

(そういえば、ここの避難場所ってどこ?)

「お城ですよ。あそこが一番近いですから」

「レイジーは……。まあ、大丈夫かな」


 ボソリとクリスくんは呟いた。

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