諸月の時期2
満月の夜はペットが暴れる。赤ん坊の夜泣きはひどくなり、動物園では唸り声が鳴り止まない。前の世界でも満月の夜は騒がしくなると聞いたことがある。
異世界の満月でも、どうやら同じことが起こるようだ。しかも、この惑星テラにはディスメイとフェリルという二つの月がある。ひとつの月の満月では、モンスターはそこまで暴れたりしない。それこそ、帝都の城壁に襲いかかるのも稀だという。しかし、諸月の時期は違う。1年に1度、10日ほど訪れるこの時期は、より明るく輝く月夜に大地が薄く照らされる。その光を帯びたモンスターは、群れで帝都に襲いかかるほど凶暴になるらしい。
諸月の夜、1日目。いつも以上に帝都の中を軍人が歩いている。警備を増やしているようだ。
「あれは第六分隊ですね」
エイビス研究所にて警備している軍人を見てクリスくんは言った。
(見ただけで分かるのか?)
「ええ、胸の記章で分かりますよ。城壁のモチーフに、数字の3が掛け合わされた模様になっているでしょう? あれは第六分隊です」
確かにそのようなマークになっている。ちなみに、数字は元の世界とほぼ同じなので俺でも分かった。
(3なのに第六分隊なのか?)
「ええ。帝都の軍は基本3部隊に分かれてまして、皇族守護の第一から第三分隊。帝都守護の第四から第六分隊。怪物討伐の第七から第九分隊があります。目的とマークが対応していまして、あとは数字で分隊が分かるということです」
なるほど。城壁をモチーフにしたあのマークは帝都守護の第四から第六分隊。数字が3だから第六分隊ということか。
(ええ。モンスターが帝都の内部に侵入されたことはほぼありませんが、念の為、警備を増やしているのでしょう)
なるほど。
「それじゃあ、悪霊さん。僕はレイジーの様子を見てから帰ろうと思うんですけど、悪霊さんはどうします?」
(ん? どうしますとは?)
「一般人は諸月の時期は城壁への立入りは禁止ですけど、悪霊さんには関係ありませんよね」
(そうだな。他のモンスターも見てみたいし、ちょっと様子を見てこようかな。あ、レイジーちゃんのところに行ってからね)
「そうですか。では行きましょう」
レイジーちゃんの部屋に入ると迂闊にしゃべれなくなるので、クリスくんと打ち合わせをしてからレイジーちゃんの部屋を目指す。
彼女に特に変わった様子はなく、いつも通りクリスくんに接していた。
「クリス。これ、合ってるかな?」
「ん? どれどれ……」
レイジーちゃんはもう特に問題なくクリスくんと会話することができるようになっていた。教え方がうまいのか、レイジーちゃんの語学能力が凄まじいのか、あるいはそれ以外やることがなく暇だったからかは知らないが、成長速度が著しい。そのため、今では読み書きだけでなく、算数の問題を解くようになっていた。
「うん。合ってるね。正解」
「やったー」
「じゃあ、次はこれとこれね」
「えー、まだやるの?」
「もちろん」
クリスくんは笑顔だが、レイジーちゃんは口を真一文字に結んでいる。あまり、好き好んでやっているわけではないようだ。
彼女には諸月の時期の影響は無いようだ。俺は彼女の部屋を抜け出して、近くの城壁へと行ってみた。
すでに夜半といった時間帯だが、帝都の夜は明るかった。不安で眠れないものや、遠くから聞こえる地鳴りで眠れないものが、一杯やりながらだらだらと時間を潰しているらしい。
城壁近くになるにつれ、軍人が多くなる。そのほとんどが帝都守護の第四から第六分隊であり、一部が外敵討伐の第七から第九分隊であった。城壁の内側には戦車が横列になっている。城壁を越えてここからも弾頭を飛ばすのだろう。まだ、発射していないということは、群れはまだ着ていないということか?
城壁の上に登ってみた。月明かりにうっすらと照らされた景色がそこにある。何かが動く気配はない。もうちょっと待ってみるか、とそう思ったとき、遠くから爆ぜるような音が聞こえた。次いで、連続する爆音が鳴り、火柱が上がる。
(あっちのほうか)
目を凝らしてよく見ると、倒れ伏したモンスターが見えた。火柱に鱗が煌めいている。よく見るとモンスターの死骸はあちこちにある。月明かりのため、うまく認識できなかったようだ。
俺は一時間くらい城壁に居た。司令部と思しき建物にも入ってみた。暗視カメラに映し出された各地の映像が大量のモニタに映し出されている。偉そうな軍人さんの会話を盗み聞くと、遠くのほうで破裂しているのは地雷であり、多くのモンスターはそれで仕留めたらしい。大砲の出番もほとんどないとのこと。けれど、今日はまだ初日のため、地雷で片付くのは例年のことのようだ。本番はこれかららしい。司令部の人が、例年よりモンスターが少ないと言っていた。間引きが功を奏したのかもしれない。
ベティさんを探してみたが彼女の姿はなかった。どこかで待機しているのだろう。ちょっと残念だったけど、仕事の邪魔になるかもしれないし、これで良かったかもしれない。
ひと通り見て周り、飽きたところで俺はクリスくんの部屋に戻った。戦況の様子を彼は興味深く聞いてくれた。迎撃方法はあまり一般には公開されず、経過も結果も翌朝にならないと公表されないので、気になっていたらしい。そんな感じに、諸月の初夜は特に問題もなく過ぎていった。
地雷の音に混じって、モンスターの遠吠えが微かに響いていた。




