ラブハリケーン
死神さんに譲渡された新たな能力。恋の夏風。主にスカートをめくる程度の風を操る能力。
(まさか俺がファンタジーお馴染みの風魔法を使えるようになるとはな……)
感激のあまり心の中でガッツポーズを決める俺。出力が扇風機並とは言え、特殊能力は特殊能力だ。嬉しくないわけがない。空手裏剣は無理だとしても、頑張れば烈風くらいはできるようになるんじゃないかな。
「それではバッチコーイですよ、悪霊さん。存分に能力の試し打ちをしてくださいな」
ヒラヒラと自身のスカートをはためかせる死神さん。え、いいんですか? 試し打ちにスカートをめくってしまってもよろしいんですか!?
「はい、構いませんよ。中にスパッツ履いてますんで」
(それは反則だ!)
この人は何を言っているんだ。そんな風に誘うのなら、スカートの下にパンツを履くことは常識じゃないか。
「いや、常識も何もこんなお誘いするの初めてですよ。パンツ見られたくないですし」
真顔で答える死神さん。だったら思わせぶりなことは言わないで欲しい。あーあ、この前はパンツ見せてくれたのにな。
「なんです? またビンタくらいたいんですか?」
ギロリと眉根を寄せる死神さん。
(め、滅相もないです)
と表面上ではそんな気は微塵もないことを示す。正直、ちょっとだけなら喰らってもいいかなと思ったが、それを口にすると死神さんがドン引きしそうなので本音のところは並列思考で隠すことにした。死神さんの反応を見る限り、多分隠せていると思う。そう信じる。
(ちなみに、ラブハリケーンはどうやって発動させるんですか)
「心の中で、こうぐわっと風を起こすイメージをしてください。それだけで発動しますよ」
え、そんなに簡単にできるの?
「はい。慣れないうちは腕を振り上げるイメージに合わせて風を起こすといいですよ」
ふむふむ、なるほど。腕はないけど、心の中で腕もイメージすれば良さそうだな。やり方は分かった。
(死神さん。実は俺、死神さんに黙っていたことがあるんですが)
「? 何ですか? 突然」
俺は死神さんに教わった通り、風を起こすイメージをつくる。
(実は俺、スカートの中がスパッツでも、結構ドキドキしちゃうんですよね)
発動! ラブハリケーン! 風よ舞い上がれ! 死神さんのスパッツを顕にするのじゃー!
「……」
(……)
「……」
(……あれ?)
何も起きない。帝都の夜空を何の変哲もないただの風が通り過ぎた。
(ちょっと死神さん。本当に使えるようになってるんですか? ピクリともしませんよ?)
「……その前のどうでもいい告白は何だったんですか?」
ちょっとだけ顔を赤らめた死神さんが、スカートを抑えながら言う。
(あれは本音ですが、今は死神さんに嘘をつかれたことがショックなのでどうでもいいです)
なんだよ。スカートめくりの風なんて起きないじゃないか。あとスカート抑えないでください。スパッツが見えないので。
「ちょっと邪念を感じましてね……。でも、あれー、おかしいなー。悪霊さんちゃんとイメージしてます? してるのであればこれぐらいは余裕なんですが」
死神さんは軽く腕を振る。
ゴウッと、突風の過ぎ去る音が下から上へと通り抜けた。屋根に付着していた砂埃が舞い、視界が一瞬だけボヤける。
(……今の、死神さんが?)
「そうですよ」
何でも無さそうに彼女は言う。これほどの風が起こせればスカートめくりは余裕だな。
「うーん、悪霊さん、ちょっと動かないでくださいね」
そう言って死神さんは再び俺に手を伸ばす。頭の上を触られているような触感があった。
「おかしいですね。能力はちゃんと譲渡されていますよ。つまり、イメージが足りないのです」
え、スパッツ見たさに割と強めにイメージしたんですが。
「もっとです。もっと強くイメージするのです!」
(はぁ、はぁ。死神さんのスパッツ……!)
「そっちじゃありません! 風を起こすことを、もっと具体的にイメージするのです!」
こうして死神さんの指導の元、スカートめくりの訓練が始まった。
1時間後。
(……ラブ、ハリケーン!)
俺の掛け声とともに、死神さんのスカートがちょっとだけ動いた。
「よし! 微風くらいなら起こせるようになりましたね!」
(そうですね! 『強』は無理ですが、『微』くらいの風ならちょっとだけ起こせるようになりました!)
「おめでとうございます! これからも精進を続ければ、いずれ『強』までできるようになるでしょう」
(はい、ありがとうございます、死神さん。一流のスカートメクラーになれるよう、これからも頑張ります!)
厳しい特訓の元、得られたラブハリケーンの出力は扇風機の『微風』以下のもの。しかし、その過程を通して俺と死神さんの間には師弟のような不思議な関係が芽生えていた。
「しかし不思議ですね……。私も含め、この能力は誰でも簡単に扱えていたのですが……」
そう言って死神さんはごそごそと折り畳まれた紙を広げる。
(へえ、俺以外の人はみんな簡単にこなせてたんですね。どんな方なんですか?)
「まあ、私の仕事仲間ですね。みんなこの能力は持っているんですが、すぐに使いこなしていました。あ、もちろん悪霊さんにお渡しした出力を抑えたタイプじゃなくて、もっと強力なやつです。ちなみに、これは能力の取扱説明書です」
仕事仲間ってことは、別の神様達か。
(能力の取扱説明書なんてあるんですか?)
「ええ。仕事用に譲渡可能な能力というものが多々ありまして、初めて業務に携わる新人さんとかが困らないよう、取扱説明書があるんですよ」
へー、相変わらず企業じみてるな、神様の世界。
「うーん、注意事項にも出力が微風になるなんてこと、どこにも書いてありませんね……」
死神さんは首を傾げる。どんなことが書いてあるんだろう。ちょっと気になる。
「読み上げましょうか? 『スキル、エレメンタルウィンドーー』」
(あれ? 恋の夏風じゃ?)
「それは、今回のミッション用の名前です。汎用スキル名はエレメンタルウィンドです」
あ、そうなんだ。随分とゲームっぽいな。スキルとか言ってるし。
「『スキル、エレメンタルウィンド。空気の流れを操作するスキル。計算・経験の必要だった以前までの空気操作系スキルと違い、誰でも簡単に空気操作が可能となった。直感的な操作を身体で覚えることができるため、より使いやすい仕様となっている』。うん、ここにも簡単に操作できるって書いてありますね……」
(え、ちょっと待ってください死神さん。仕様とか言ってますけど、それ誰が書いたんですか?)
「それはもちろん、うちのスキル制作部門ですよ」
あ、なるほど。チート能力を授けられるんだ。能力制作を専門とする部署があってもいいのか。
「そうですよ。悪霊さんに進呈するチート能力もここで制作するんですから、ちゃんと仕様を考えておいてくださいね」
了解です。まあ概ね決まっているから、後で死神さんに相談してみよう。
さて、能力の説明書によると、『直感的な操作を身体で覚えることができるため、より使いやすい仕様となっている』か……。
(ここに、身体で覚えるって書いてありますけど、身体のない俺でも大丈夫なんですかね?)
「はは、それはもちろん……」
死神さんが固まった。
5秒沈黙。
目を見開いて、ポンと手を打つ死神さん。
(……大丈夫じゃないんですね?)
死神さんの反応は限りなく黒に近い。
「いやー、どうですかね。詳しい仕様はわっかんねっす」
そう言ってはっはっはと笑う死神さん。おい、目が泳ぎまくってるぞ。
「……というわけで、私の用は済みましたし、その能力を駆使してミッション頑張ってくださいね! それでは!」
死神さんはスイーっと建物の中に消えていく。
(あ、待てこの野郎! 逃げるな!)
地面だったらすり抜けはできないが、建物内であればよほど分厚い壁でも無い限りすり抜けは余裕だ。下に沈んだ死神さんを俺は追いかける。
(待てー、死神さん! 期待させやがって! まともな能力じゃないんなら、せめてスパッツを置いていけ! 見せてもいいように履いてきたものだろうがー!)
執念で猛追するが、スピードは彼女のほうが上らしい。やがて、俺は彼女を見失ってしまった。
あまりのショックに精神の擦り切れた俺は、とぼとぼとクリスくんの家へと帰宅した。
翌日。いつものように俺はクリスくんとレイジーちゃんの部屋へ向かう。
「悪霊さん。悪霊さんがスパッツ好きって、レイジーが言っているんですけど、本当ですか?」
猫のぬいぐるみにそう話しかけるクリスくん。おそらく,昨日の死神さん追跡時の声がレイジーちゃんの耳に入ったのだろう。果たして俺はどう答えるべきだろうか。
正直に答えたら俺が変態扱いされてしまう。否定したらレイジーちゃんが嘘つき扱いされてしまう。
レイジーちゃんは病院患者が着るパジャマのような服を着ている。物理的にめくりあげることはできるが、俺の恋の夏風ではちょこっと揺れるくらいしか動かない。それだけでは、クリスくんの興味を引かせることは難しいだろう。彼が揺れるスカートフェチなら話は別だが。
俺はその一縷の望みにかけてみた。
「涼し、い?」
レイジーちゃんの呟く声が聞こえる。
「……ちょっと悪霊さん、聞いてるんですか?」
クリスくんは特に気せず追求を続ける。残念ながら彼に変態の才能は備わっていないようだった。




