悪霊さん、新たな能力を授かる
俺は安住の地を求めて帝都を彷徨い歩いた。そして辿り着いたのは、レイジーちゃんが囚われている実験塔の屋根の上だった。ここなら誰も来ないので、邪魔されずのんびりと過ごせることだろう。
ちなみにここに来る前にレイジーちゃんの部屋に行ってみたが、彼女はすでに眠っていた。話し相手になってもらいたかったけど、寝ているのではしょうがない。それで仕方なしに屋根の上へと赴いたのだ。
彼女の部屋には食料の包み紙が散乱していた。流石にクリスくんが毎日面倒を見ることはできないので、何日分かの食料は常備してあるらしい。今日はそれを食べて過ごしたのだろう。
一袋だけ包が開けられていないものがあった。透明な袋に包装されたその食料は、クラッカーのような見た目をしていた。クリスくんのあの料理に比べると、美味しそうには見えない。今度レイジーちゃんと話すとき、クリスくんがとても美味しそうな肉料理を食べていたと教えてあげよう。レイジーちゃんに料理をネダられたクリスくんが困る姿を見てみたい。料理の恨みは恐ろしいのだ。
「いやー、これ、本当美味しいですねー。ビックリしました」
横から聞き覚えのある声がする。隣を見ると、ハンバーガーらしきものを頬張っている死神さんがいた。
(……やっぱり、死神さんですか)
「はい、どうも。むしゃむしゃ。死神さんです」
(口に物を入れたまま喋らないでください。というか、絶対登場するタイミング狙ってましたよね。これ見よがしにハンバーガーまで持参して)
せっかく安住の地を見つけたと思ったのに、何してくれるんだまったくもう。
「いやー、狙ってたわけじゃないんですけどね。残り僅かと宣伝していたので、このチャンスは逃してはならないと思いまして。それにしても、がつがつ……、ごくん。うーん。肉好きの私も思わず唸ってしまいますね。黒猪のハンバーガー。この歯応え、噛むたびに溢れる肉汁、しかし決して顎が疲れることのないよう適度な柔らさに調理されている。これがこの世界の料理水準か……」
まじまじと半分ほど平らげたハンバーガー見つめる死神さん。食レポなんてしてないでさっさと食べ終えて欲しい。こちとら、昼から料理が食べられない悔しさで精神が擦り切れそうだ。
(あ、そういえば死神さんの持ってたお酒は俺も飲めましたよね。同じように、死神さんから渡されれば俺も食べられたりしませんかね)
「あ、どうでしょう。試してみます?」
死神さんは残っていた黒猪バーガーを半分に分けた。
「はい、あーん」
そう言ってバーガーを突き出してくる死神さん。いや、だから口が無いんですって。
「ふふふ、冗談ですよ。さて、お酒のときはこうすれば入ったんですが……」
そう言って死神さんはぐりぐりと俺に向かってハンバーガーをねじ込む。にちゃあ、と柔らかい物が突き当たる嫌な食感が伝わってきた。
「お、入りましたね」
(本当ですか!?)
気がつくと死神さんの手元からハンバーガーが消えていた。しかし、肝心のハンバーガーの味がしない。
(あの、味がしないんですけど……)
「そうなんですか? ……あ。そういえば、悪霊さん、酔ったときってお酒の味は感じましたか?」
お酒の味? えっと、あのときは膝枕中に無理やり身体を固定されて、お酒がびしゃびしゃかかる感触はあって、気がついたら酔いつぶれて気絶していたな。
(すなわち、味なんて知らない)
「そうですか。それは、残念ですね」
そう言って残りのハンバーガーを一口で頬張る死神さん。
(あの、残念とは?)
「むしゃむしゃ……、ごっくん。私の知る方法では、悪霊さんに飲食物を押し込めることはできるようです。ですが、悪霊さんがそれを味わうことはできないようですね」
(……マジすか?)
「マジっす」
「他に方法とかご存知ありません?」
「残念ですが……」
首を横にふる死神さん。
なんてことだ。希望は絶たれた。神は死んだ。
「あー。そんなにショックでした?」
(ショックでした。ショックでしたとも。みんな美味しそうに食べるんだもん。前の世界はちょっと外に出て瞑想すればそれで気が晴れましたけど、帝都は人が多いから逃げ場なんて無いし、せっかくの安住の地も死神さんに邪魔されるし。いいですよね、死神さんは。味覚があって……)
「う、すみません。つい我慢ができなくて……」
クリスくんと同じようなことを言う死神さん。くそう、羨ましい。
「あのー、悪霊さん?」
(……)
「もしかして、拗ねてます?」
(別に、拗ねてなんかないですよ。ちょっと疲れただけです。それよか、今回はどうしたんですか? 今の所、進捗は無いですよ。ラブラブキッスも0回です)
「ああ、それは把握しているので大丈夫です。今日は報告1件と、あと悪霊さんにプレゼントを持ってきました」
へ? プレゼント? 俺に?
「はい。そうです。ファーストミッション達成の報酬みたいな感じですね」
ほう! それは嬉しい。一体なんだろう。
「あ、プレゼントの前に報告をさせてくださいね。上司に相談して、ミッションのターゲットであるお二人を、不慮の事故では死なないようにして貰いました。これで二人がトラックに引かれたり、不治の病にかかる心配はありません」
(おー。本当にそんなことできるんですね)
「できますよ。神様ですもん」
そう言って胸を張る死神さん。ちんまい可愛い死神さん。酔ってうっかり失敗する死神さん。
……本当にそんなことできるのかな? この人(?)と同類なんでしょ? 不安になってきた。
「あ、信じてないですね?」
(いやー、改めて言われるとあまりに超常過ぎて信じていいやらどうしていいやら。だって確かめようがないじゃないですか)
それこそ、一生あの二人に付き添っても確かめられるか分からない。本当に生涯二人が不慮の事故で死ななかったとしても、それが果たして神様がもたらした作用なのか、神様にお願いせずとも死ななかったのかが分からないからだ。
「まあ、それは信じてくださいとしか言いようがないですね。私も『ふたりが不慮の事故では死なない』という結果が分かる程度で、『どうしてそうなっているか』までは分からないですからね」
ふーん。そうなのか。それこそ上司の神様じゃないと分からない的な?
「はい、そういうことです」
むう。それじゃあここでうだうだ言ってもしょうがないな。とりあえず、あの二人に神様の加護が授かったとでも思っていればいいか。
「あ、ひとつ注意点なんですけど絶対死なないわけではないですからね。不慮の事故では死ななくなりましたが、明確な殺意を持って攻撃されたりすると、当然死ぬことはあり得ますので。それだけはご注意ください」
(明確な殺意っていうと?)
「そうですね。この世界基準で言うと、モンスターに獲物と認定されたり、大砲の的にされるとアウトですね。流れ弾とかはセーフです」
なるほど。
(了解した。とりあえず危険なところから遠ざけて、敵対者を作らないようにすれば良さそうだな)
「そうですね」
(あ、現状、レイジーちゃんが人造人間ということで囚われの身なんですけど、これどうにかできませんかね)
「その辺は悪霊さんとクリスくんで頑張ってください。むしろ、いいシチュエーションじゃないですか。囚われのお姫様を救い出せばそれだけでラブラブですよ」
やんわりと断られてしまった。まあ確かに一理ある。もしもターゲットがなんの接点もない二人だったら、一緒に居させるだけで一苦労だったことだろう。
「さて、報告は以上です。ですので、いよいよプレゼントタイムですよ」
お、待ってました。一体なんだろう。もしや、チート能力? チート能力ですかな!?
「あ、チート能力ではないです」
即座に否定する死神さん。まあ、分かっていたけど。チート能力は全てのミッションクリア後だって言ってたし。
「とは言え、ある意味ではそれに近いものですけど」
そう言って死神さん俺に向かって手を伸ばす。ぼんやりと、頭の上が撫でられているような感触があった。
(それに近い……?)
「ええ。……はい、プレゼントのお渡し完了です」
完了? 特に何ももらった気はしないけど。
「いま、ちょっとした能力をお渡ししました。その能力も、以前プレゼントした『友達発見器』のようにミッション達成にきっと役立つはずです」
え? 俺いま能力が渡されたの?
「はい。あ、ちなみに『友達発見器』はまだ使えますよ? ご存知でした」
え、嘘。俺はレイジーちゃんを思い浮かべる。下の方から彼女の反応があった。
(本当だ。視界に浮かぶ数字はラブラブキッスのカウンターになってたし、使えないと思ってた)
「とりあえず今までにお渡しした能力はラストミッション達成まで使用可能ですので、頑張ってミッションに励んでくださいね」
了解した。なんだ、露頭に迷うことを恐れていたけど、『友達発見器』が使えるんじゃ問題なかったな。よかったよかった。
「さて、今回お渡しした能力はズバリ『風を操る』能力です」
ビシィと、決めポーズを取る死神さん。
(風を操る……? それって割とチートなんじゃ?)
「とはいえそこまで強力な風は起こせません。せいぜい、カーテンをめくる程度です」
カーテンをめくる程度。おおよそ、扇風機の『強』程度か。
「しかも、一日に数回しか使えません。ですので、チートとは呼べないですね」
(なるほど。たしかにそれだとチートとは言い難いな。でも『風を操る』能力か。どうやってミッション達成に活かそうかな……)
二人の距離が近づいたところを、風で押して無理やりキスでもさせようか。ああ、けどラブラブキッスじゃないとカウントされないんだったな。無理やりキスさせて変にギクシャクしてしまっても困るしな……。
能力の使い途を考えていると、じっとこちらを見る死神さんの視線に気がついた。
(……どうしました? 死神さん)
「ふっふっふ。悪霊さん、気が付きませんか?」
死神さんは不敵に笑う。
気が付くって、何に?
「このミッションはずばり『恋のキューピッド大作戦』。そして、それを執り成す悪霊さんが授かった能力が『風を操る』能力。残念ながら出力は弱いですが、それでもカーテン程度ならめくれる力です」
そう言って死神さんすくっと立ち上がる。ヒラヒラと、彼女の身につけていたスカートが揺れる。
(……っは! まさか……!)
「ふふ、気が付きましたね? そうです。ずばり、悪霊さんにはラブコメお馴染み、スカートめくりを自在に起こせる能力が備わったのです。その名も『恋の夏風』! 悪霊さんにはこの能力で思春期真っ盛りのクリスくんを存分にドギマギさせてやるのです!」
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