モンスター
(うひょー、いい眺めだなー)
「はあ、はあ。それは、何より、です」
階段を登り、俺たちは城壁の上へと辿り着いた。エレベータは軍用のものしかないため、一般人は階段で登るしかない。そのため、普段研究所に引きこもっているクリスくんは息を切らせている。運動不足だな。
城壁の幅は数m。落ちないよう両端には石積みの柵が拵えてあった。やろうと思えば簡単に柵の外側に行くことができるので、決して安全な場所とは言えない。そのせいか、周りを見回しても人はいない。観光する場所ではないのだろう。
それでも、城壁から広がる景色は壮大であった。広がる草原。赤茶に輝く山。そして青に染まる空。光の三原色がフル稼働だ。城塞の高さはそれほどではないのだけれど、人工物が道くらいしかないので自然の景色を深く堪能できた。前の世界は太陽の光りが乏しかったから草原の緑もいつもくすんだ色をしていたし、明度の大きな天然の景色は随分と久しぶりな気がする。
それにしてもーー。
(モンスターは、いないのかな?)
俺は左右を見渡して確認する。景色の中にはそれらしい生き物は見当たらない。
「基本的に、モンスターは夜行性ですからね。昼間は眠っていると思いますよ」
息を整えたクリスくんが答えてくれる。
(そうなのか。じゃあ、なんでここに?)
「モンスターの討伐を終えた軍隊がそろそろ戻ってくるからです。食料用に持ち帰ってくるはずなので、それをお見せしようかと」
(なるほど)
軍隊はモンスターから民衆を守るだけではなく、外で彼らを狩っているのだな。で、夜行性であるモンスターが疲労で眠りこける午前中に襲撃すると。月の輝く時期になると暴れるという話だし、間引くのは当然か。
(でも、周りに誰もいないけど、モンスターを見張る人とかはいないのかな? 昼間に襲撃がないとも限らないよね)
「城壁の中にいますよ」
(ああ、中から見張っているのか。確かに向こう側の城壁に窓っぽい部分が見えるな)
城壁は星形であるため、横目に城壁の外側を見ることができた。
「あと、城壁の頂点に物見塔がありますのでそこから」
彼が指差す先には一際高い塔のような建物があった。なるほどね。
(それにしても、ここから落ちたらどうなるんだろう……。やっぱり、戻ってはこれないのかな……)
真下をみると反り立った城壁と堀と地面が見える。10階建のビルの屋上から真下を覗きこんでいる感覚だ。長く見てるとないはずの下半身がムズムズしてくるので少し下がることにする。
俺は今、頑張れば地面から3mくらいまで視線を上げることができる。ということは、この城壁の外に移動したら地面から3mの高さまで落下して停止するのかな。試したいけど、ちょっと怖い。もう少し高さの低い家屋の屋上から試してみるか。少なくともここで試すのはやめておこう。外側に落ちたら戻ってくるまで時間がかかりそうだし。
「悪霊さん。そっちもいいですけど、こっちの景色はどうですか」
(ん? こっちって……おお、これは面白いな!)
クリスくんは城壁の外側ではなく、内側を示す。そこには極めて緻密に設計された首都ベルガレスの城塞と町並みが映し出されていた。
首都ベルガレスは多角形型要塞である。星形要塞と言ってもいい。角のない円や鈍角の城塞では侵攻してくる敵軍を火砲で攻撃できないスペースが生まれてしまう。それらを消すために考案された中世から近代の城塞だ。日本だと北海道の五稜郭が有名だろう。
この首都は星形要塞を拡張してできた都市である。中心近くの城壁は真上から見ると六芒星をかたどっている。その六芒星を取り囲むように、より大きな六光星の城壁が築かれていた。六光星の内側の頂点と六芒星の外側の頂点が一致するよう、六光星はおよそ30度回転して敷設してある。
これを3度ほど繰り返して今の首都になったらしい。内側の城壁は老朽化してしまって一部しか残っていないが、首都を貫くように城塞跡が残っているため形状はよく分かる。
真上からではないが、俺たちが今いる外側の城壁が一番高いため内部の城壁の形状はなんとなく分かった。規則的かつ壮大な城塞都市は見ていて飽きない。是非とも真上から見てみたい。
「悪霊さん。そろそろですよ。討伐隊のお帰りです」
(お、来たか。どれどれ……)
クリスくんの言う通り、道の先から何かが顔を出した。帝都で聞いたクローラの駆動音も聞こえてくる。しかし、道の先から現れたものは一見するとよく分からないものだった。
(何だ、あれ……?)
「ですからモンスターですよ。戦車の上に載せて運んでいるようですね」
なるほど、そういうことか。
黒い物体に覆われた四足獣が、横倒しになったままこちらに近づいて来ていた。それも、四足獣は2体いる。2体の四足獣を前後それぞれ2台の戦車で挟む隊形で、討伐隊は移動していた。四足獣はそれ自体が歩いているのではなく、数台の戦車に載せられているようだ。
「ああ、黒猪ですね。あれは肉が美味しいんですよ。量もあるし、少しは買えるかな」
(え? あれって猪なの?)
確かに大雑把な形状は猪に似ている。顔の先には鼻や牙があるし、でっぷりした胴体についた4つの細脚からも猪を連想できなくもない。
ただ、その身体を覆うような黒い物体がよくわからないし、そのサイズも俺の思う猪とは桁外れにでかい。なんせ、戦車数台の上に乗せられて、その猪は運ばれて来ているのだ。戦車が覆われて見えないほどの巨体である。高さだけで、10mはあるんじゃないか?
(俺の思う猪はもっとちっちゃいんだけどな……。あんな黒いものに覆われてなかったし)
それでもクリスくんの口から出た言葉は「黒猪」。ほんやくこんにゃくの意訳が過ぎたのだろうか。
「それは悪霊さんの世界の猪ですか?」
(うん。サイズは人より小さいくらい)
「そうですか。こちらの世界の猪の幼体と同じくらいですね」
あらま。俺の世界の猪は子供でしたか。
「で、鱗もなかったと。それはいいですね。楽に殺せそうです。鱗のせいで並大抵の砲弾でも致命傷にならないんですよ。麻酔弾は弾かれますし」
ああ、あの黒い物体は鱗だったのか。しかも砲弾にも耐えると。それはヤバイな。
(こんなのが月夜には暴れるのか)
「はい。しかも単体ではなく、群れで襲ってきますから僕らは戦々恐々ですよ」
群れで来るのか。俺は辺り一面に黒猪が犇めき、特攻してくる光景を想像する。もの○け姫が思い浮かんだ。うおー、怖ー!
「僕らが軍事力を保有している理由、分かっていただきましたか?」
(うん、よく分かったよ。あんなのが外ではうろついてるんでしょ? そりゃあ戦車も城塞も必要だ)
むしろ、よくあんな存在が闊歩する世の中で人類が生き延びていたなと思う。
「ああ、それはですねーー」
とクリスくんが説明しようとした矢先、事態は急変した。隊列の一番奥を移動していた戦車が動きを止めたのだ。次いで分断された砲身の先端部が宙を舞い、さらに戦車の上体部に3本の爪痕走った。
(どうした!? 何が起きた?)
「分かりません!」
クリスくんもよく分かっていない。緊急事態のようだ。
異変を察知した戦車隊は前進を停止。自由に動ける前2台の砲身が反転する。
「あ、悪霊さん。あそこ、見えますか? 小さな猛獣がいます!」
(ーーあれか! 何だあれは?)
俺たちは戦車隊の近くで身を伏せる獣をみつけた。その猛獣も黒い鱗に覆われている。体長は黒猪に比べて随分と小さいが、それでも戦車一台くらいの大きさはありそうだ。太陽の光を鈍く返すその鱗は、もはや鎧と呼ぶほうが相応しいくらい重厚だ。前足からは黒い三爪が飛び出している。あれが戦車を傷付けたのだろう。
「あれはもしや、……黒虎?」
(黒虎?)
「ぼくも、生で見るのは初めてです。小型ですが、獰猛な肉食獣だと聞いています。何より恐ろしいのはーー」
一台の戦車が軽銃を発砲する。黒虎は横にステップを踏みなんなくそれを躱す。
「その俊敏性。五体満足の状態では、こちらの銃撃はまず当たらないと、そう聞いています」
(おいおい、大丈夫なのか?)
「……」
俺の質問に彼は答えない。それだけピンチということか。
軍隊はどうするのだろう。さっきから絶え間なく発砲しているが黒虎に当たる気配が見えない。それどころか、少しずつ接近されている気がする。首都も近いし援軍が来るのを待っているのだろうか。
俺たちが固唾を呑んで見守っていると、事態は突然変化した。奥から二番目の戦車の蓋が開いたのだ。すぐに蓋は閉まるが、戦車の上にひとりの軍人が立っていた。
軍服で覆われたひとりの軍人は、剣と盾というおよそ旧時代の装備である。まさか、その装備で黒虎とやり合うつもりか?
俺がそんな疑問を抱いた瞬間、軍人は動いた。助走も付けないただの跳躍。それだけなのに、軍人の身体は跳ねたように十数mの距離を飛び、一気に黒虎へと詰め寄る。示し合わせたように軽銃の発砲音が止んだ。彼に銃弾を当てないためだろう。
肉薄する猛獣と人間。サイズで言うと戦車と人間。振りかぶる三爪と未だ攻撃のために間を詰める人間。その絶望的な戦力差はーー
(やられるーー)
彼の横薙ぎの剣が、黒虎の顔面を殴打した瞬間に消し飛んだ。




