人造人間
「なるほど、つまりあなたの声は極一部の人間にしか聞こえないと、そういうことですね」
(そう。その通り)
クリスくんの質問に俺は頷く。
「うーん。理屈はよく分かりませんが、とりあえずは認識しました。なんとも面倒な状況ですね」
そう言って彼はため息をつく。
なんとか彼にも俺のことを知ってもらえたようで、よかったよかった。
クリスくんが先輩に酔い潰されてから三日が過ぎた。その間、彼はレイジーちゃんに会いに来ることは無かった。先輩から三日間の研究所への出禁を言い渡されたそうで、自宅待機をしていたそうな。
「先輩の憐れむような顔、初めて見ました」
ひどく微妙な表情をしてクリスくんは言った。
その間、俺はこの建物の中を探検していた。レイジーちゃんと話はできるのだけど、あの部屋はモニタリングされているらしく、それらしい監視カメラも見つけたのであまり話さないほうが良いと判断したのだ。彼女に迷惑をかけるかもしれないし、会話したいのをぐっとこらえて建物探検に勤しんでいた。
この建物は俺が元いた世界の大学によく似ている。無機質な部屋が多く連なり、白衣を来た大人たちが闊歩していた。学生らしき人物はあまり見かけない。クリスくんの先輩である彼も、ここでは随分と若いようである。
すり抜けを利用して色んな部屋を周ったが、文字が読めないので詳しいことは分からなかった。ただ、大人たちの会話の内容から察するに、ここは国(彼らは自分たちの国を帝国と呼んでいた)の研究機関のひとつらしい。宇宙開発から生命環境調査まで、様々なことをしているらしい。外に出てみると広い敷地に似たような建物がいっぱい建っていた。ここで働くヒトは数千人はくだらないだろう。
レイジーちゃんが閉じ込められているこの部屋は実験塔と呼ばれている。棟ではなく塔と表現されているのは、この建物が縦に長いからだ。上に高ければ下にも深い。杭のような縦長の構造である。彼女の部屋はこの実験塔の上の方にあった。窓があれば見晴らしが良いのだけれど、あいにく彼女の部屋には窓は無かった。
クリスくんの出禁解禁後、彼の周囲に誰も居ないことを確認して俺は彼に話しかけた。最初は驚いた彼であったが、どうにか落ち着いてもらうことに成功した。
そして、簡単に俺のことを説明してみる。
「ふーん、異世界から、魂だけとなって、この場所に飛ばされた、ですか。荒唐無稽な話にしか聞こえないですねー」
俺が説明したのは、前の世界でセミルにしたときと同じような内容だ。死神さんのことを悟られないようにミッションの話をしてもうまく説明できると思えないし、ここが第二の異世界であることも言っていない。ただ、レイジーちゃんが前の世界の知り合いに似ているということだけは伝えておいた。
「それで、思わず僕たちに話しかけたんですね。そんなに似ていたんですか?」
(おう、もうそっくりだ。俺が知る姿はもうちょっと幼かったけどな。だけど、名前も違うし俺のことも覚えていないようだから別人だろうな)
「まあ、そうでしょうね。彼女、ここで造られた人造人間ですし」
え、そうなの?
「ええ。そう聞いてます。なので、あなたの知る人物とは違うと思いますよ。他人の空似ってやつですね」
そうなのか……。
(それにしても人造人間か。俺の元いた世界には居なかったけど、この世界ではありふれたものなのかな?)
「いや、そうでもありませんよ。ここが特殊な場所ってだけだと思います。色んな研究をしてますからね」
(そうなんだ。クリスくんは何の研究をしてるの?)
そう尋ねると彼は少しだけ目を伏せた。
「ロケット開発です、けど……」
ロケット開発? 若いのにすごいな。でも、けどって……?
「最近はもっぱら雑用ばかりしてますね。しかも、ロケットとか宇宙に関係ないことばかり。これならまだ学生のときのほうが研究できましたよ」
(そいつは何でまた?)
「詳しくは知りませんが、急に予算が下りなくなったそうです。しかも、僕がここに入ってきたまさにそのときから。だったら雇うなって話ですよ」
そう言って彼は自嘲気味に笑う。
ふーん。変な話だな。
(あれ? でも確か君の先輩は忙しそうにしてなかった? 寝不足みたいなこと言ってたし。やることはあるんじゃないの?)
「ええ。先輩達は今までの積み重ねがありますからね。その研究成果の整理と、その一部を学会発表するのでその資料作成に追われているんですよ。でも、僕はまだ入って間もないですからね。『いちいち説明するほうが時間かかる。中途半端に手伝うくらいなら、あいつの世話でもしてろ』とレイジーの世話係になりました。せっかくまとめた研究計画書もパーですよ」
なるほどね。予算が下りなくなって、やろうとしていた研究ができなくなったから暇になったのか。
(それで、これからクリスはどこに行くんだ?)
「もちろん、レイジーのところですよ。僕しかあの子の世話をちゃんとしませんからね。他のみんなは食事だけおいて放置ですよ。あれではあの子が可哀想です」
押し付けられた仕事だけど、真面目にやるんだな。
「当たり前ですよ。父さんなら、絶対に手を抜くようなことはしませんからね」
そう彼は言って、はっと気がついたような顔をして手で口を抑える。まるで、話してはいけないことをうっかり漏らしてしまった様子だ。
(どうかしたか?)
「いや、何でもありません。それより、レイジーの部屋ではあまり話さないようにお願いしますね。また、先輩に変な心配されたくありませんし」
(分かってる。見てるだけにするよ)
俺の返事を聞いて、彼はレイジーのいる部屋の電子ロックを外した。




