恋の相談2
「とりあえず、マダムにはパイルさんを引き留めておくよう頼んでおきますね」
「ノーコちゃん、ありがとうね。助かったわー」
パイルさんの居場所を知ったシズさんは端末を取り出して操作を始める。
「いえ、顔の広い知り合いに順番にメッセージを飛ばして聞こうと思ってたんですけど、まさか最初の一人で当たるとは……。私も驚きましたよ。シズさんは何をしているんですか?」
「グランさんとお弟子さんにこのことを伝えて、パイルちゃんを捕まえようと思ってね。あの子もなかなか素早いから、また見失うのは困るし。それじゃあ行ってくるね」
シズさんは端末をしまうと家を出て行ってしまった。動き始めるとシズさんは素早いようだ。以前の女子会のときもいつの間にか消えていたし。
(さて、俺達はどうする?)
「見に行くに一票」とセミル。
「弟弟子の一大事だ。応援に行こう」とマッド。
「シズから話は聞いてたよ。私も行くね、今どき、初恋なんて滅多にお目にかかれないからねー。わくわくだー♪」とクリスタ。
ヒメちゃんとノーコちゃんも乗り気のようだ。みんな他人の恋が大好物のようだ。結局、このムラには一日も泊まらずマダムのムラに帰ることが決まった。まあ、一日もあれば行ける距離だし、気が向いたらまた来ればいいだろう。
「えー、みんなそっち? 道中寂しいよー」
いつも通りマッドの車に乗り込む俺たちの様子を見ていたクリスタが嘆く。
「悪霊さんこっち来ない? 来てくれたらオッパイ見せてあげるよ?」
(お前のオッパイはもう見慣れたから要らない)
「乙女のオッパイに何たる言い草」
ん? 乙女なんて見当たらないが。
「恋について、やっと分かるんだねー」
ヒメちゃんが嬉しそうに言う。
「お、ヒメちゃん恋を知りたいお年頃かい? お姉さんの車でじっくりたっぷり教えてあげよう」
「本当?」
(やっぱり俺が乗ろう。いやー、クリスタのオッパイ興味あるわー。乙女オッパイに興味津々だわー。独り占めしたいからヒメちゃんはマッドの車に乗っててな。……よし、移動は完了したぞ。それじゃ出発しようぜ)
これ以上ヒメちゃんを変態に関わらせるわけにはいかない。ヒメちゃんのためならお父さん犠牲になっても構わん。
「あれ、マダムからメッセージが来てますね……」
出発しようとしていた俺達はノーコちゃんの言葉でいったん止まる。
「内容は?」
「えっと、『引き留めるのは構わないけど、無理矢理捕まえようとはするんじゃないよ。そんなことしたら、ただじゃ済まさんさね』だそうです」
しばし、沈黙が走った。
「あー、とりあえず師匠とグレン、シズ氏にはメッセージを送っておくとして」
「もう送った」とクリスタ。
「こっちも」とセミル。
「……マダム vs 師匠 & グレン & シズ氏。どっちが勝つと思う?」
結果。
マダムの圧勝。
マダムのムラに戻った俺達は、マダム屋敷の真ん前で五体不満足になっている三人を発見した。首と両腕両脚が胴から離されて固定されており、ものの見事に封印されている。よく見ると、固定に使用されているのは料理用の鉄串だった。
「師匠のあんな姿、初めて見た……」
「私も。あんな状態なのに、シズが笑顔じゃないなんて……」
ごくりと唾を呑み込むマッドとクリスタ。とりあえず、生贄みたいになっている三人を無視して俺たちはマダム屋敷のチャイムを鳴らす。
「やあ、みんなお帰り。旅行は楽しかったかい? おや、クリスタも一緒さね。今日はちゃんと服を着ているね?」
「ただいまー。ちょっと早くなったけど、帰ってきたよ」
「マダム、元気だった?」
「うむ。妖精さんの声も聞けたし、有意義な旅行であった」
「そうですね。楽しかったです」
(知り合いもいっぱい増えたしな)
「ははは、マダムに言われてからちゃんと毎日24時間、服を着てますよ。そんなの常識ですよー」
マダムに招かれるまま俺たちはマダム屋敷に入る。とりあえず、外の三人には触れないほうが吉だと全員が思った。
「パイル。あんたにお客さんだよ」
「客? 私にか……?」
マダムに通された部屋にパイルさんは居た。ソファに座ってお茶を飲んでおり、随分と寛いでいるようだ。
「パイル。久しぶり」
「セミル! それに、みんな! 息災であったか? それと、そちらは……?」
「あー。私のことは気にしないでーーフギャ!」
クリスタの頭にマダムがチョップを決める。そのままマダムは彼女の首根っこを捕まえて数歩下がり、パイルに聞こえないよう内緒話をする。
(な、何するんですか!)
(何するも何も、シズが迷惑をかけた分あんたにもパイルの相談に乗ってもらうよ。他人の恋の出歯亀はだめさね)
(あー、お見通しで?)
(当然さね)
(……あー。はーい。分かりました。分かりましたので首離してくださいよ、もう……)
マダムから解放されたクリスタはパイルの傍まで進む。
「えっと、私はクリスタ。いろいろと君の事情は聞いているよ? 恋に悩んでるって聞いたけど、相談に乗ってあげようか。これでも私、それなりに経験豊富だからね」
「ほ、本当か? それは助かる」
「いちおー、私達もそんな感じなんで、頼りにしてね」
「み、みんな。ありがとう、感謝する……」
そして再び恋の相談が始まった。なお、メンバーは前回とほぼ似たような構成にマダムが加わった感じ。正直、マダムひとりだけで十分で、それ以外は変態ばかりで当てにならないと思ったのだが、マダム曰くひとりではどうもうまくいかないらしい。
パイルさんは自分の悩みを吐露する。知人に恋について聞いてみたが、いまいち納得できなかったこと。グレンとメッセージのやり取りをするも、どんなことを話せばいいかわからないこと(とりあえず、修行の話ばかりしていたらしい)。返事の期限が刻々と迫り、どうしたらいいかわからなくなり、メッセージも送りづらくなってしまい、とうとう逃げ出してしまったこと。返せないメッセージが端末に蓄積するたびに気が重くなり、ふらふらと道を歩いているときにマダムに声をかけられたこと。それ以来、マダムに恋の相談をしているということ。
「本人がしたいようにすればいいと思うんだけどね……」
とマダムが呟く。
本人がしたいようにすればいい。
本人の好きにさせるべきだ。
聞こえのいい言葉だが、この言葉は本人の中に確固たる意見がないとどうにもならない。話を聞く限り、パイルさんは自分が今どうしていいか分からなくなっている。マダムのこの言い方では、突き放しているようにも聞こえてしまう。
「うーん。他のことについてはいざ知らず、恋に答えはないからねぇ。うまくいったと思ったらすぐに別れたり、うまくいかないと思ってた連中がいつの間にかくっついていたりするし。そりゃあ、長い年月生きてるんだ。恋の相談を受けた数もそれなりだ。だけど、どうも、恋だけは分からないさね」
唸るようにマダムは言う。なるほど、マダムもいろいろと煮詰まっているようだ。
俺が何とかできればいいんだが、俺も恋愛経験はそう多くないし、どうするのがいいんだろうな。
「私は物心ついてからずっと師匠の元で修行に明け暮れていた。だから、急に好きだなんだと言われて混乱しているのだと思う。武器の使い方、修行の仕方、相手の捻じ伏せ方なら分かる。けれど、好きだとか言われてもどうしていいのかわからないのだ。私も好きだと言えばそれでいいのか? それで相手は嬉しいのか? それで私も嬉しいのか? いや、別に嫌いというわけではないのだ。グレンは幼い頃から顔見知りだし、顔も性格も悪くない。好きか嫌いかと尋ねられれば好きの部類に入る、と思う。ああ、これは答えじゃないからな。勘違いするんじゃないぞ。それで、好きと言ったらどうなるのだ? ずっと一緒にいるべきだと多くの知人が答えた。それでいいのか、そうしたらあいつは嬉しいのか? それが恋なのか? 師匠と離れて暮らし始めてからもう何年にもなる。別に私はひとりが苦というわけではない。知人も多いし、話し相手には困らないから寂しいこともない。それでも、二人で暮らし始めれば、恋というものが分かってくるのか? それがさっぱり分からないんだ」
立板に水の如く喋るパイルさん。彼女も大分煮詰まっているようだ。そんな彼女をなんとかしようとメンバーは彼女に自分の意見を言うのだが、平行線になってしまいなかなか先に進まない。
「よし、分かった」
今まで黙っていたクリスタが、突然膝を打つ。
「分かったって何が?」
セミルが尋ねる。
「パイルがどうすればいいのか」
「ほ、本当か、クリスタ殿。そうすれば、私の悩みは解決するのだな? 恋が何か分かるんだな?」
「さあ、それは知らない」
「え! でも私がどうすればいいのか分かったって……」
「うん。パイルがすべきことは分かったよ。けど、それでパイルの悩みが、恋の悩みが解決するかは知らない」
「え、でも……」
「ええい! でもでもだってだってうるさい!」
クリスタが怒鳴った。
「恋なんてものは頭で考えるもんじゃないの! 心で感じるの! 身体で感じるの! 小難しい理屈捏ね回しやがって、真面目か己は! バーカバーカ!」
「で、でも……」
「ほらまたでもって言いやがったな。言っておくけど、恋なんてのは自分だけで完結するんじゃないんだ。自分だけで結論を出すもんでもないんだ。相手とぶつかって、火花散らして、身体ぶつけて、そうした積み重ねの最後に残ったもんに、恋とか愛とか適当に名前付けてるだけなんだよ。その過程を経ずして、恋が分かると思うな。宝探しに行かないで、宝物が見つかると思うな! 分かったか!」
息を切らせてがなるクリスタ。
「はい……分かり、ました」
彼女の迫力に押されて、肯定するパイルさん。
「……っは。 ごめん、ちょっと我を忘れた……」
急に素に戻り、クリスタは恥ずかしそうにする。
「あー、こんなのキャラじゃないのになー。もう、あまりに見ていられなくてつい怒鳴っちゃったよ。ごめんね」
「いや、気にしないでくれ。ちょっと、私も考えすぎていたようだ……。多分、考えすぎないほうがいいのだろう?」
「そーそー。そんなんでいいの。恋なんてもんはね、真摯にやってもいいけど、真面目にやりすぎるもんじゃないの。そんなの、全然楽しくないから。もっと肩の力抜こ?」
恥ずかしさを隠すようにクリスタはお茶をすする。
「わかった。それで、私は何をすればいいんだ?」
「うーん、まだ固いな。笑って笑って?」
「こ、こうか?」
口角を上げるパイルさん
「うん、いい感じ。いいねー。いい笑顔。それじゃあね、パイルのすべきことなんだけど……」
クリスタはカップを置いて一息つくと、笑顔で言った。
「君のお師匠のバイダルさんと、本気で戦おっか」




