世界の秘密
気負うことも、ためらうこともせず、まるで挨拶でもするかのように、管理者は世界の秘密を露呈した。
(……随分と簡単に世界の秘密を教えるんですね、管理者さん。何か裏がありそうで怖いんですけど)
「裏なんてないよ。君の疑問に答えようとしているだけさ。世界の秘密とは言ったけれど、公開していないだけで、積極的に秘密を守ろうとはしていないからね。この情報を君が地上のみんなに伝えたとしても、大して影響はないだろうし。どうせ彼らはここに辿り着けないし、いざとなれば管理者の力で彼らの記憶を操ることも容易い。あ、これは世界の秘密その2ね。私がここに引きこもっている理由でもある」
あっさりと世界の秘密その2が暴露されてしまった。そして管理者は引きこもりだった。
(というか、やっぱり話の内容がよく呑み込めない。順を追って、最初から説明してくれるか?)
「そうだね。悪霊さんの反応を聞く限りそのほうが良さそうだ」
そう言って管理者は頭を掻く。
「ところで、悪霊さん。悪霊さんの世界では『争いごと』ってあったかい?」
(『争いごと』? ああ、あったよ。種族間闘争、個人の諍い、国家同士の戦争etc。目的や手段はそのときどきで違っていたけれど、無かったことのほうが珍しいんじゃないかな)
「なるほどね。そっちの世界もそうだったのか。じゃあ、いずれ君の世界も私達の世界のようになるかもしれないね」
相変わらず管理者の言葉は要領を得ない。
「最初から説明しようか。私が生まれるよりも前、今のこの『働かなくてもいい世界』が誕生する前の話をしよう。まだフェアリーが存在せず、フィッターが蠢くよりも前の、労働も死も訪れた理不尽な世界の話を。」
始めに断っておくが、私の語るこの歴史は私がここに来て初めて知ったものだ。大まかにしか知らないし、隠された歴史や欠損した事実もあるだろう。もしかしたら以前の管理者により改竄されている可能性だってある。そのことを踏まえて聞いて欲しい。
ああ、私も最初から管理者であったわけではないよ。地上の住民たちと同じ、ここで産まれ外で育った。自分というものを認識してから千年くらい経ったあるとき、フェアリーに導かれここに辿り着いた。そのとき先代管理者からこの役割を引き継いで、今に至るというわけさ。
さて、話を戻そうか。その昔、この世界には二つの種族がいた。片や緑を愛する一族。片や機械を愛する一族だ。二つの種族はとても栄えていた。そうだな、この世界の支配種族と呼んでも差し支えないくらいには両種族とも繁栄していた。もちろん他にも種族は存在していたが、この2種族ほどは栄えておらず、やがてそれらの種族もどちらかの種族に併合、淘汰されていた。
この世界の支配者となった2種族は、当然と言うべきか、残念ながらと言うべきか、互いに手を取り助け合うといったことはなく、領土を巡り食料を巡り支配権を巡り互いに争っていた。種族間闘争か、国家同士の戦争であったかは分からない。可能性が高いのは種族間闘争だろうな。なんせ、争いはもう一方の種族を根絶させるまで続いからね。
勝利したのは緑の一族だ。機械の一族は数多くの兵器を操り徹底抗戦したものの、数の勝る緑の一族に追い込まれ、最後には水や食料を同種族で奪い合うようになり絶滅した。
科学のムラを探索中に君も地下施設を見ただろう? あれは機械の一族の逃げ込んだシェルターのひとつだ。ああ、死体がないのはフィッターで掃除したからだね。死体や彼らの痕跡を根こそぎ回収したんだ。言っておくけどやったのは私ではないよ。おそらく最初のころの管理者の仕業だろう。警句を発するようフェアリーに指示したのもその先代だろうね。腕のミイラが残っていたのはおそらく取りこぼしだろう。
さて、生き残った緑の一族のトップは考えた。醜い同士討ちの果にこの世から消え去った機械の一族を見て考えた。我々は決してこうなってはならないと。数の多い緑の一族がこの世界の食料を喰い付くしたとき、機械の一族のように互いに争うことになってはならないと。
それ故に彼は仲間とともに世界を作り変えることにした。自らを含め世界の有り様を変えることにした。機械の一族を滅ぼし、今やこの世界の頂点に立った緑の一族。目指すべきは争いのない世界。
争いを産むの何か。
限りあるリソースの奪い合いか。
大切な存在を殺された恨みか。
大切な存在を壊された恨みか。
血縁に根付く無慈悲な繋がりか。
無意識に沸くヒトの無限の欲望か。
密室で嘲笑われ続けた魂の暴発か。
選民思想に基づく排他主義か。
彼らは徹底して争いの種を研究し、当時の彼らの技術で達成できる最大限争いの少ない世界を構築した。
十分なリソースを保つため住民を少人数に。
限りある寿命を無限の不死に。
精巧な模倣品で唯一無二の価値を貶め。
血縁を廃し無関係から始まり。
ヒトの欲望で罅すら入るぬ、
全員が逃げても種は保存される、
神の生じぬ楽園の世界を彼らは作り上げた。
それがこの「働かなくてもいい世界」。生態系すら強引に書き換え、機械の一族から盗んだ技術でインフラを整え、さらには倫理を廃した人体実験の末、自身の身体すら改造し続けて産まれた新しい生命としての在り方。
なぜ我々は傷を負ってもすぐに修復するか分かるかい?
なぜ我らが不死であるか分かるかい?
なぜこの世界の大地は緑色をしているか分かるかい?
なぜ海が濁っているか分かるかい?
なぜ我々が緑の一族と呼ばれたか分かるかい?
我らは全と一の関係が曖昧なんだ。境界が不確かなんだ。傷を負っても別の組織が代役を担える。脳を失っても生体情報は外部に保存される。復活に時間がかかるのは、その同期に時間がかかるだけだ。この大地に生い茂る緑やフィッターと、形は違えど我らは同一の生命だ。彼らの近くに居れば栄養は自動で補給され、飢えて死ぬことなどありえない。
具体的にどうやってこの世界を構築したかは知らないよ。それらしき資料は残っていたけれど、今の私にはさっぱり分からなかったのでね。兎にも角にも、我らの先祖はこの世界を作り上げた。
続いて、私が管理者になった経緯を話そうか。私が産まれたのは始まりのムラだ。ん? ああ、そのころには幾つかムラもあったよ。マダムさんも今と全く同じ顔で、今と同じ場所に住んでいたかな。屋敷は何回か建て直したそうだけど。今の屋敷とは外見が随分と違っていたな。昔はもっと、おどろおどろしかったっけ。
話を戻そうか。私は自立した後、科学のムラを拠点に色んなムラを周っていた。君の知り合いのライゼくんと似たような生き方をしていたんだ。世界を巡り、気の合う仲間をつくり、この世界の謎を考えるとワクワクする、そんな幼気な青年だった。仲間と一緒にキャンプし続けたら他の旅人が集まって集団キャンプみたいになったこともあったっけ。日がな一日好き勝手に議論してな。あれは楽しかった。
さて、そんな私が何回目かの世界旅行をしていたときの話だ。このムラに辿り着いた私はフェアリーの声を聞いた。ああ、皆の言う妖精さんとフェアリーは同義だよ。こっちの資料ではフェアリーと呼ばれているので私もそう呼んでいるに過ぎない。どちらでも好きな名前で呼ぶといいさ。
ちなみにフェアリーが見えないのは透明だからではないよ。単に実体が隠れているだけだ。フェアリーは特定のポイントに音を出力するシステムの名称でな。出力機構は地中の浅いところに存在している。そこから特定の人物の耳元に音声を届けることで、その人物は見えない何かが警句を発していると錯覚するわけさ。悪霊さんにフェアリーで声が届けられなかったのは、単に君の姿が見えなかったので座標の指定ができなかっただけだよ。何回か適当に狙って出力したけどね。聞こえないかったでしょ? ……あ、やっぱりね。ちなみにヒトが近づいたら逃げるからね。鹵獲するのは難しいと思うな。
フェアリーの声に導かれ、私はここに辿り着いた。出迎えてくれたのは先代の管理者だ。彼女は……ん? ああ、先代は女性だったよ。彼女は私に管理者になるか問うた。私は二つ返事で肯定した。なんせ、ここには私が欲していたまさにそのものが存在していたからね。断る理由なんて無かったよ。
先代は管理者の任に退屈していたらしい。まあ、つまりはそろそろ死にたくなったらしいのだ。そのまま死んでも良かったらしいが、どうせなら次代の管理者を見てから死にたいと言っていてな。で、私に管理者を譲り、一通りこの場所の説明をした後、私の言葉で死んだ。
え? それはどういう意味かって? 文字通りだよ。私が死ねと言ったから死んだのだ。別に彼女に恨みがあったわけではないよ。単に、彼女にそうして欲しいとお願いされたのだ。管理者の言葉は強制的にニンゲンを従わせる效果があってな。その効果を実感したいと言っていたよ。私の言葉通り、彼女はその場で崩れ落ちて死んだ。死体はフィッターが回収していった。管理者であれ、例外ということはないらしい。……ああ、回収されたものは次の命を産むために再利用されているよ。今頃、新しいニンゲンの一部にでもなってるんじゃないかな。
管理者としての仕事は特にないらしい。好きなことを好きなようにして好きに暮らせと先代は言っていた。今までの暮らしと何ら変わらないと思ったね。まあ、義務があるよりいいけれど。義務はないけど権利はあったな。管理者の権限で色んなことができるようになった。
例えば、そうだな。全部ではないが、この世界を支えるシステムの一部を自由に操作できるようになったよ。君が知っていそうなことだと、フィッターを介して遠くから世界を見聞きしたり、フェアリーでメッセージを飛ばしたりすることができるようになった。フェアリーの声に慌てるニンゲンを監察して遊んでいたりもしたが、すぐに飽きてしまってな。この世界の歴史や成り立ちが記された資料のアクセス権が管理者権限で解放されたから、それに夢中になっていた。
友人たちとは会わなくなったな。いや、会えなくなったというべきか。私の言うことは、彼ら普通のヒトビトにとっては絶対だ。冗談でうっかり相手を殺したり傷つけたりするかもしれない。そう思うと、誰にも会いに行けなくなってしまったのだ。もとより、友人たちとは議論しあうことが好きだったのだが、俺が混ざるとそんなこともできなくなってしまう。管理者権限で俺のことは死亡扱いにしておいた。ちょっと残念だったが、そのほうが良いだろうと判断した。
退屈はしなかったな。資料を解き明かすことに懸命になるうちに時間は過ぎていったよ。ヒトと話したくなったときは、廃棄予定の子供を残して話し相手にしたな。もちろん彼らも俺の言うことはすべて肯定したが、それでも寂しさは忘れられた。命令すれば多少は考えるし自発的に発言してくれるからな。それが幸いだった。
なぜ育てていた子供を廃棄するのかって? 外の世界に放つ子供だけ造ればいい……? 確かにそうだね。せっかく造ったものを廃棄していたはリソースの無駄だ。けれど、どうやらその工程は必要らしい。なぜなら、当時の技術を以てしても、不死の人間を確実に造ることはできなかったからだ。ここで産まれる生命には、回復障害、記憶障害、知能障害といったリスクがある。だから少しでも設計通りの生命となるように、余分に造って失敗作を廃棄している、と資料にはあった。
……まあ、そうだね。気分の良いものじゃない。もしかしたら自分も廃棄されていたかも、と思わずにはいられないさ。むしろそう思わないニンゲンが、そう思えないニンゲンが、廃棄されているのかもしれないけどね。
管理者権限で何とかできないかって? できるよ。私が指示すれば、少なくとも管理者が交代するまでは廃棄されずに外に放出される。でも私はしないよ。それではあまりにこの世界を創ったヒトビトが、この世界を願ったヒトビトが可愛そうだからね。
だってそうだろ? 不死のニンゲンの中に大量の不不死のニンゲンを放出したらどうなると思う? この世界は確実に二分される。理不尽な世界を嘆き、神が産まれる。
神は集団はつくり、集団は力を成し、戦争が始まる。暴力が吹き荒れる戦争ではなく、ディスコミュニケーションの伴う陰湿な戦争だ。お互いがお互いを削り合う消耗戦が、無限にヒトが供給されるため無限に続く。こんな不毛な世界を、緑の一族は創りたかったわけではない。失敗作を解放するということは、彼らの努力を無碍にする行為だ。だから私はそんなことはしない。
さて、話を戻そうか。どこまで話したかな……。ああ、そうそう。資料の精査をする傍ら、彼らと遊んでいたという話しだったな。資料はまとまってはいたが、分からないことも多くてな。難儀しながらも解読を進めていったんだ。
そして時は過ぎた。資料の解読に行き詰まっていた私は、気分転換にフィッターの景色を除いていた。あまりいい趣味じゃないって? まあ、そう言わないでくれ。悪霊さんもそんな身体なんだ。似たようなことしているだろ? え、してない? ……まあ、いいや。それで世界のフィッターに適当に周るうちに、ひとつの奇妙な現場に出くわしたんだ。
それは、ひとりの少女が何もない草原で寝そべっている場面。それだけならなんてこと無いんだが、彼女は誰かに向かってひたすらに独白してた。とてもじゃないが独り言とは思えない。誰か他に居るのかと思ったが、そんな様子は感じられない。
気づいたかい? そう、ユリカという名前だったか。彼女が死んだその現場を、私はフィッターを介して監察していたんだよ、悪霊さん。そのときに君の存在に気づいたんだ。




