ファインディング・ヒメ
BM登録ありがとうございます。
「あっくん、見間違いってことはない? 実はヒメちゃんはこの塔に来てないとか……」
(うーん、誰かが塔の入り口に入ったのは間違いない。ちらっと見ただけだが、後ろ姿はヒメちゃんだったと思う。だけどここまで探してもいないんじゃな……)
何度探してもヒメちゃんは塔には居ない。動かないエレベータの中も、老婆のローブの中にさえも居なかった。その事実を考えると、俺の見間違いだった可能性も否定できない。
「ダメだ。メッセージにも反応がない」
端末をいじっていたマッドが言う。
「端末を確認してないかもですけど、ヒメちゃんも誰も付いてきてないと分かったら連絡取ろうとしますよね。まさか、端末を確認できない状態に追い込まれてるとか……」
(端末を確認できない状態って……)
「失神、拘束、拉致。あるいは戦闘中か」
マッドが不吉な言葉を並べる。
「いずれにせよ緊急事態ってわけね……。とりあえず、ここに居てもしょうがない。手分けして塔のムラを探そう。遠くには行ってないはずだから、ひとまずこの付近を私とマッド、ノーコちゃんで探そうか。悪霊さんはヒメが塔に来た場合に備えて待機。ヒメが現れたら、私らに連絡するよう伝えてくれる?」
「分かった」
セミルの指示に俺達は頷く。俺も探しに行きたかったが仕方ない。誰かがここには残ったほうが良いだろうし、端末も身体も持たない俺はヒメちゃんの危機には何もできない。ヒメちゃんが無事でここまで来れるのであれば、今すぐピンチということは無いだろうし、待機の役割は俺に振られるべきだ。
「小さい子、急に消えちまったのかい?」
慌てている俺達のことが気になったのか、老婆がセミルに声をかけてきた。
「はい、そうです。あの、探すのを手伝ってくれませんか?」
「そいつは心配だ。もちろん構わないよ。塔のムラの連中にも声をかけるとしよう。その子の特徴を教えてくれるかい?」
セミルが手短にヒメちゃんの容姿を説明する。
「よし。みんなに伝えておこう」
「ありがとうございます」
「それじゃ、みんな手分けして探そう。悪霊さん、待機頼んだぞ」
(任せてくれ。みんなも頼むぞ)
俺はみんなと一緒に階段を降り、トンネルの出口でみんなを見送った。彼らは周囲を探りながら徐々に離れていき、やがて見えなくなってしまった。
塔の出入口はここ一つだけなので、俺はここで待っていることにする。ここからなら塔に近づくヒトはすぐに分かる。遠くに探しに行けない以上、ここに近づくヒトは決して見逃さないようにしよう。
塔の入り口から外を向いて観察を続ける。何も変化がなく退屈だ。もう20分くらいは経過しただろうか。目の前をただ風が通り過ぎるのみである。
「あのー。いつまでそこにいるんですか?」
(うひゃあ!)
突如、真後から声をかけられた。気配もなく耳元に声を当てられ、びっくりして思わず変な声が出てしまった。
「うひゃあ!って、悪霊さん可愛いですねー。そんなにびっくりしちゃいました? 」
振り返るとそこに立っていたのはくすくす笑っている死神さんだ。
(いや、びっくりしますって。声をかけるなら前もって言ってくださいよ、まったくもう!)
「前もって言う、ですか?」
(そうです。前もって言ってください。次から気をつけてくださいね)
「はあ、分かりました」
(ところで随分と久しぶりですね。死神さん。もう二ヶ月くらいご無沙汰だったかと思うんですけど、どこに居たんですか?)
「それはもう、ずっと悪霊さん達の傍にいましたよ。仕事なので」
(え。本当ですか? 全然姿を見かけませんでしたけど。やっぱり他のヒトに見られないようにしてたんですか? 透明になるとか)
「そうですね。基本、認識阻害を発動していました。今もそうですね。私のことを知らないヒトは、私のことを認識できなくなります。悪霊さんに声をかけようかと迷ったんですけど、うっかり私の存在がバレたら悪霊さんをミジンコにしなきゃいけないので黙ってました」
あ、死神さんの過失で神の存在が露呈しても俺がミジンコになるのね。なんたる理不尽。
「とはいえ、ムラにいる間は面白いところが多かったのであまり退屈しませんでしたねー。あ、私、海でこっそり泳いでたんですよ! 気づきましたか?」
(え、本当ですか?)
全然気づかなかった。そうか、死神さんは海で泳いでたのかー。仕事中にもかかわらず、きっちりオーシャンビューしてたんだなー。……ん? 待てよ、海で泳いでたってことは……。
(死神さん。海ではどんな格好でした? まさか、今と同じ普段着じゃ……)
「え? まさかー、そんなわけないじゃないですか。海ですし、もちろん水着でしたよ」
くっそーーー! やはり、やはり水着だったか!
「最近買ったお気に入りのビキニです」
しかもビキニ! なんということだ。人知れず水着回が行われていたなんて! 海に行ったとき、セミヒメノーコなんかへそ出しすらしてなかったぞ! 海の正装をしてたのはなんとまさかのマッドだけ! 男の水着なんて一部にしか需要ねーよ!
「えっと、あの、そんなに私の水着、見たかったんですか?」
(それはもちろんです。何ならいますぐ水着に着替えても構いませんよ? 大丈夫です。ここには私しかいません)
「いや、さすがに水辺以外で水着になるのはちょっと。というか、そんなことしてていいんですか? ヒメちゃん、行方不明なんじゃないですか?」
ん? ーーあ、そうだった。ちょっと水着に意識を奪われていた。そういえば緊急事態だったか。だがしかし、死神さんが現れた以上、もう大丈夫だ。不思議な神様パワーでヒメちゃんの居場所なんてチョチョイのチョイで分かるはず。というわけで、死神さん。ヒメちゃんの居場所を教えてください!
「え、私は知りませんよ」
(……え? 今なんて)
「私は知りませんよ」
そんなばかな。神様なのに!
「神様関係ないですー。というか、悪霊さんが探せばいいじゃないですか。なんのために友達発見器を渡したと思ってるんですか」
やれやれといった様子で死神さんは言う。
(ともだちはっけんき……。あ!)
「あ!って。もしかして、悪霊さん。友達発見器の存在を忘れてました?」
(ソンナコトナイヨ。チャントオボエテイタヨ)
「なんか片言になってる……」
死神さんは訝しむように俺を見る。
(はっはっは。死神さん。友達発見器は道に迷って精神崩壊しかけていた私を助けてくれた奇跡のマシーンですよ? 私の生命線と言っても良い存在です。その重要スキルを私が忘れるわけないじゃないですか。まさにそう、ちょうど今、死神さんに言われるまでもなく使おうと思っていたところです。そう、今のこの事態はまったくもって緊急事態では無かったということですよ。セミルの奴もおっちょこちょいですね。はっはっは。この私にかかれば、探しビトを見つけるなんて朝飯前ですよ。超能力捜査官・悪霊とでも呼んでください。それでは、友達発見器、起動!)
俺はヒメちゃんのことを強く想像し、ぐるっと視界を一周させる。特に反応はない。
(……。あれ? おかしいな……)
ぐるっと視界をもう一周させる。特に反応はない。
「どうしたんです? 超能力捜査官・悪霊」
(ちょっとごめん。その二つ名、撤回してもいい? というか死神さん、久しぶりに友達発見器を使ったんだけども、コレ壊れてない?)
「どうすれば壊れるんです?」
どうすれば壊れるんだろう。俺、身体ないしなー。
(あれー。他の人はどうかなー)
セミルを思ってぐるっと周ると、彼女の反応はあった。マッドも同じ。ヒメちゃんだけ反応がない。おかしいなー。
そう思って、つい身体があったときの癖で首を傾げるように視界をずらす。すると、予想だにしないところからヒメちゃんの反応があった。
(……は?)
何度も確認するが、同じ方向からヒメちゃんを感じる。これは、本当にそうなのか? おれは疑念を抱きながらも塔の中へと移動する。
「あれ? 悪霊さん。どうしたんですか?」
(ヒメちゃんを見つけた)
「あ、やりましたね」
(……と、思います)
「思う? 疑問形ですか?」
(そうですね。これはちょっと、あまりに予想外だったんで……)
俺は塔の中央部へと移動する。ヒメちゃんの反応があったのは、塔の中央部。それも塔の上ではなく、真下。入り口付近からでも真下に近い方向から反応があったので、かなり深い位置に居ると思われる。
(でもなんで、そんな深いところに居るんだろ……)
そう呟いたまさにその瞬間、塔の入り口側から轟音と衝撃が聞こえ、明かりが消えた。
(!? 何が起こった!)
とてつもなく重く、巨大な物体が落下した音と衝撃。
入口側に近づくと、今まであった塔の入り口がキレイに塞がっていた。目の前には重厚な壁ができている。さっきの音はコレが上から落ちてきた音か。入り口からの光が遮られたので、明かりが消えたように錯覚したのか。今では、塔内のわずかな灯りで照らされている程度だ。
俺は塞がった入り口を通り抜けようとするが、途中まで進んだところで止まってしまう。どうやらこの厚さの壁のすり抜けは無理のようだ。
ドーン!! と、反対側からも同じ音がする。慌ててそちらに行くと、上へと登る階段への道が塞がれていた。こちらもすり抜けることはできない。床も天井も同様だ。
(もしかして……、閉じ込められた!?)
「あ、私は失礼しますねー」
すいーと、死神さんは壁に沈んでいった。そういえばこの人、地面から出たり入ったりもできてたよな。俺と違ってすり抜けに制限はないらしい。神様ずるい。
そう思っていると、ガリガリガリガリと何かが擦れるようないやな音が密室に響いた。その音がとまったかと思うと、上下左右前後が壁の部屋がギシリと軋む。その後はずっと、何かが唸る続ける音。
(これは、もしかして……)
友達発見器で、セミル、ヒメ、マッドの位置を探り、疑念は確信に至った。塔全体か、俺が閉じ込められたこの部屋だけかは分からないが、周りの空間ごと俺の身体は地下へと沈み始めていった。




