巻きで
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本日2話目投稿です。
老人の名はジジという。サリさんの「ジジ様」という呼称は、祖父や爺という意味ではなく名前を直接表していた。
「なんじゃ、今頃気づいたのか?」
(こっちの世界には『血縁関係』というものがあってな。誤解した)
そのことに気づいたのはジジに本名を尋ねたからだ。「ジジ」が名前だとは思わなかった。黒猫の名前みたいなんだもの。
「お主の世界の生物は、変な生まれ方をするんじゃな」
(俺からすればこっちのほうが奇妙だけどな)
ジジは俺と会話しながら、スケッチブックに次々と絵を描いていく。口頭だけでは俺の世界の建物は分からないので、俺の話から復元しようと頑張っているのだ。
「そんなもんかの。こんなんでどうじゃ?」
(あー、そんな感じそんな感じ)
ジジのスケッチブックには、俺の世界の建物のイラストが様々なアングルから描かれていた。寺社仏閣や東京タワー、教会に電柱、ピラミッドや古墳、遊園地などである。細部は適当で、大雑把なイメージ図のようなものだ。俺も建物の詳細はよく知らないし、ひとつに時間をかけるより多くの物を知りたいとジジが言ったのでそのようなイラストになった。
「で、この神社のなかには何があるのかの?」
(よく知らないけど、お供え物とか鏡とかが置いてあったと思う)
「お供え物って何じゃ?」
(神様の好感度をアップさせる品々。食べ物とか)
「食べ物なんかで喜ぶのか……。ああ、お主の世界は食う寝る育つもままならないんじゃったな。それでーー」
(なあジジ。そろそろ休まないか? そこにいるサリが起きちゃうんじゃないの?)
ジジのテントの中には寝床が二つ。ジジの寝床で雑談し、すぐ隣ではサリさんがすやすやと眠っている。
「やつのことなら気にするな。儂が騒いだところで朝になるまでは起きはせん」
(マジで?)
「マジじゃ。サリは寝付きが良すぎるんじゃ。ほれほれ、お主と過ごせる時間は少ない。今夜は寝かさんぞ」
(そのセリフを老人から言われるとは思わなかった。俺、今眠れないけど)
結局、本当にジジとは夜通し語り合った。ジジの興味は建物から徐々に宗教にシフトしていき、最後はそれに関する質問ばかり答えてた気がする。
この世界には宗教がない。強いて言えば科学がそれにあたるが、俺の元いた世界に相当するものはひとつもない。おそらく、みんな不死だから宗教の興る種がなかったのだろう。俺の世界の建物は宗教に結びついたものが多かったから、ジジは自然それに興味を持ったらしい。
「……と、話してたのはそんなことかのう」
翌朝、朝食をとろうと集まったみんなに、ジジが昨夜のことを話した。特に眠そうにせずお茶をすするジジ。徹夜明けとは思えない溌剌さだ。
「宗教かー。生きづらい世界だと、そういうものが生まれるんだねー」
「ふむ。理不尽な暴力や悲劇の救済と緩和を目的とする共同集合体か。始めのプロセスが洗脳に似ているな」
「あ、私もそれ思いました」
(違う部分はどこ?)
「悲劇の起こりだな。洗脳はマッチポンプで宗教は外因性だ」
「難しい話はダメー……」
「私もチンプンカンプン……」
(あ、サリさん、昨夜はうるさくしてごめん。眠れた?)
「サリちゃん。あっくんがうるさくしてごめんって。眠れた?」
「え、眠れましたけど。そんなにうるさいこと、ありました?」
(Oh……)
「言ったとおりじゃろ」
かっかっかとジジは笑っていた。あと、ヒメちゃんのサリさんの呼び方がちょっと危うい。語尾を伸ばすとアウトな気がする。
(そういえば昨日話してて思ったんだけど、建築学ってある? 建物がきちんと築けるようにする学問とか研究とか、語り継がれたノウハウとか)
「何じゃ、それは」
ジジは訝しげな顔をしている。この分だと無さそうだな。
(じゃあ建物が崩れるかそうでないかは、どうやって判断してる?)
「勘じゃな。何度もやれば分かるようになる」
トライ&エラーか。ハウスブリーダーって言ってたしな。
(じゃあ、数式とか四則演算とかそういうの。それはある?)
「それは知っとるの」
「私も知ってる。ユリカがそういうの得意だった」
ユリカ記憶力いいし、目視である程度の測量できてたもんな。数字に強そう。
(俺の世界では数字を使って、建物がきちんと建つかどうかの判断をしてたんだ。そういうのがあれば役に立つんじゃないかと思って)
「なるほどのう。お主はそれに詳しいのか?」
(いや、全然)
「であれば、すぐに役には立たんな。家が倒壊するかしないかは素材やその配置・組み合わせ方で随分と変わる。配置はともかく、倒壊するしないに関わる素材の数値を儂等は知らん。そこが分からんと、どうしようもないんじゃないのか?」
あ、そうか。密度とか弾性限界とか知らんか。
(物性の研究は……あ、されてないと。データも……ないと。であればすぐには難しいな。素人が余計な口を挟んだ。すまん)
「いや、視点が増えるのはありがたい。それで、新しい家屋が建つこともある。数字で判断する、か。儂の方でも検討してみよう」
(そうか。恐らく大人数でやったほうが良いと思う)
「そうじゃな。そういうのが好きそうな知り合いに声を掛けるとしよう」
「ジジ様、頑張ってください」
「阿呆。お前もやるんじゃ」
「えー、難しそう」
「むしろ、お前がやるんじゃ。突き出た階段なんぞ、既存の建物にないからの。何度も建てて試すのもよいが、時間がかかるとお前は飽きるじゃろ? その前に判断できるのだから、悪いことではない」
「うー、でもどうしたらいいか……」
「弱気になるな。それをこれから決めるんじゃ」
サリさんは首を捻り、ジジさんは笑顔だ。余計なことを言ったかもしれないが、少しでも役に立てると良いな。
朝食後、二人に見送られて俺達は出発した。次のムラまでまた時間を潰すことになる。ふと思い立って、ジジのことをイメージすると彼の居場所が分かった。視界に浮かんだ数字は「8/20」と表示されており、友達認定されていた。
シズさんまだ友達認定されていないようで、彼女をイメージしてもどこにいるか分からない。世界一周しても20人に達していなかったら居場所を探すとしよう。あのヒトはヒメちゃんの教育に悪いから、道中ではあまり会いたくないなぁ。
翌日、イグサのムラに到着した。空家を選んでそこに泊まることにする。アーカイブによると、ムラの名前の由来であるイグサさんは最初にこのムラに住んだヒトらしい。知り合いが多く、彼らもそこに住み始めたのがその興りだそうな。
近くに妖精さんが出没した場所があるらしく、みんなで行ってみたが、妖精さんがお告げするなどといったイベントは特になし。ヒメちゃんも風の音しか聞こえないと言っていた。
マッドとセミルは知り合いと話してくると言って、それぞれ1時間くらい出ていった。俺も意思疎通できるヒトがいないかムラをぐるっと一周したが、収穫はなし。俺の言葉を聞けるものは誰もいないようだ。とても残念である。
他に用事もないので、到着した翌日に俺達はイグサのムラを出発した。再び俺達は退屈の渦に放り出される。
5日後、次のムラに到着した。特にイベントもなく通過した。
さらに8日後、その次のムラに到着した。妖精さんも俺の友達探しも収穫なし。マッドとセミルは知り合いと久闊を叙し、ヒメちゃんとノーコちゃんには新しい友達ができていた。羨ましい。
道中でヒメちゃんが車の運転を覚えた。娘の成長が早くておじさん嬉しい。そういえば、元の世界ではまともに車を運転したことなかったな。免許は持ってたけど。早くも娘に抜かされてしまったか。だがヒメちゃんの運転はまだまだ荒削りだ。彼女の成長を引き続き見守るとしよう。
そして、7日後。俺達は次のムラに到着する。地図で見ると一番海に近い場所。マダムのムラを時計の短針6時とすると、1時をの場所にあるこのムラの名は「科学のムラ」。
「久しぶりだねセミル、悪霊さん」
俺達を出迎えてくれたのは、ジープに乗って現れたライゼであった。




