ジジ様とサリ
この世界の多くの物品は「取寄せ」できる。日用品は食料は当然として、車やマネキン、個人の制作物ですら端末を通して「取寄せ」すると、地面から物品が湧水のように出てくる。時間はかかるが、サイズの大きい家屋も可能だ。その場合、地鳴りとともに地面が陥没してせり上がるように家が出てくるらしい。ちょっとその光景見てみたい。
さらに取寄せ品は、端末のツールを通してカスタムすることができる。しかし、設計されたバランスのもと倒立している家屋を下手にカスタムすると、せり上がった家は1日も経たずに倒壊する。あるいは、現れたときから崩壊していたなんてこともあるそうだ。家が崩れないよう適度なカスタムを施し、実際に取寄せして検証することを趣味とする連中がいる。ヒトは彼らを「ハウスブリーダー」と呼んだ。
(生業とかじゃないんだ)
「仕事じゃないからね」
(なるほど)
「さっきから誰と話してるんじゃ?」
老人は俺と会話しているセミルに尋ねる。
「悪霊さん、いつもの」
(おパンツ!)
「……パンツがどうかしたのか?」
怪訝な顔でそう尋ねる老人。お、これはもしや。
「お爺さん、この辺から変な声が聞こえたりします?」
(パンツこそヒトをヒトたらしめる存在であり、すべてのコミュニケーションの源なのです)
「……聞こえるの。いったいなんじゃこれは?」
訝しむ老人にいつもの説明をする。どうやら彼は俺と意思疎通できるようだ。
「ほう。随分と変わったやつじゃのう。異世界からとはな……」
「ジジ様。さっきから誰と話してるんです?」
「はーい。あなたはこっちでーす」
「……あなた、変わった頭をしてますね」
一方でサリさんには聞こえてないようで、ノーコちゃんが嬉々と頭を光らせて寄っていった。
「ふむ。異世界か……。ならお前さんの住んでた異世界の建物を教えてくれんか? 興味がある」
(教えるのはいいけど、外観くらいしか分からないぞ? 俺の世界では専門の人がデザインしたり建てたりしてたから。どうすれば倒壊せずに建てられるかは知らない)
「それで構わん。ないよりかはマシじゃ」
「私も聞きたい」
「私も」
セミルとマッドが便乗する。俺達はパラソルのもとでわいわい話すことにした。老人はイスを4つほど取寄せしてテーブルの周りに配置する。もともとあった2つと合わせて6つの椅子が並んだ。
「サリ。客人にお茶を」
「はーい」
「あ、お菓子あるよ。ヒメ、車から持ってきてくれる?」
「はーい」
ティータイムが始まった。
(これに家のデザインを描くのか)
テーブルの上には、老人が使っていたスケッチブックのような画面が映し出されているモニターと、お茶とお菓子が並んでいる。モニターには家の展開図が幾つも表示されていた。
「そうじゃな。基本的に、既存の建物を元にしてカスタムする。このとき全体のバランスを考えないと正しく機能する家とはならん。広々とした屋上にしても、支える柱がないと自壊するのは当然じゃし、意味のない階段や扉はあるだけ不要じゃ。ま、そういう不要な部品を嬉々として追加したがる奴もおるがの」
と、彼はサリさんの方を見る。
「だって、ジジ様。家が迷路になってたほうが面白いですよ? 他にも突き抜ける階段とか、不安定な足場とかもあったほうが楽しい家になるかと思うんですけど……」
「そういうのはまともに建つ家をつくってからじゃ。ただのガラクタを長い時間かけて取り寄せしてどうする」
「むぅ……」
「取寄せにはどれくらい時間がかかるんだ?」
「小さい簡素な小屋なら1日。大きな屋敷なら2ヶ月じゃな。ものによって変わる。ちなみにそこのガラクタは1週間じゃ」
「ぶー」
自身が設計し取寄せた家をガラクタ呼ばわりされたサリさんは口を尖らせる。彼女の発想は普段過ごす家というより、テーマパークにある楽しむ建物といった感じだ。そういえば、この世界に遊園地みたいな場所はあるのだろうか。ミラーハウスとかお化け屋敷とかジェットコースターとか。
「いや、知らんな」
「ないね」
「何じゃそれは?」
マッド、セミル、老人が三様一意の答えを示してくれる。
「え、え、何ですかそれ?」
会話の内容を察したサリさんが喰い付いた。俺は元の世界の遊園地の話をする。セミルの通訳に、「ほうほう」とサリさんはメモを取りながら頷く。かなり興味津々のようだ。もしかしたら俺がこの世界を去った後、遊園地ができているかもしれないな。
「でじゃ。お主の世界の建物を教えてほしいんじゃが……」
(それなら既にこっちの世界に似たようなものがあるのを見かけたぞ)
「え、本当に? どれかの……」
モニターにたくさんの建物のイラストが表示される。
(これと、これと…、あとこの辺も見たことあるな……)
「なんじゃ。けっこうあるではないか」
俺は口頭で似た建物を指し示す。モニターには古今東西の様々な建物が映っていた。半分くらいは元の世界でみたことがあるデザインだ。残り半分は奇々怪々なデザインで、家と言われなければ俺には分からなかったものばかりだ。
「お主の世界のものはこれで全てか? ここにはなくて、お主らの世界にあったものはないかの?」
(うーん。そうだな……)
基本的なものはモニターに表示されていた。画一的で古典的。一軒家から集合住宅まで、多くの建物が映っていた。それ以外の建物となると、電波塔とか電柱とかビルとか、この世界には不要なモノばかり思いつくな。あとはピラミッドとかか? でもあれ墓だしな。
「ほう、そんなものが!」
「様々なものの『用途』に適したものがあるんじゃの……」
「そうか、『世界の扉』なんてないんだったよね。悪霊さんの世界は」
思ったよりも喰い付きが良かった。そういえば、仕事用の建物や死生観に根ざした建物はこっちの世界にはないもんな。それで興味を引いたのか。
「なるほどのう。他にはないかの?」
眼を子供のように輝かせて尋ねる老人。その後も根掘り葉掘り訊いてくる老人に何とか答えていると、いつの間にか空が暗くなってしまい、俺達はここに一泊することになった。
「お主はこっちじゃ。どうせ暇じゃろ」
(え。ちょっと休憩したいなー)
「駄目じゃ。お主はいつ消える身か分からんのじゃろ? しかも疲れ知らず眠り知らずの身体じゃ。少しくらいいいじゃろ」
そう言って返事も待たずに自分たちのテントに向かう老人。これ、無視して行かなかったらセミル達のテントに乗り込んでくるんだろうな……。
俺は心の中でため息をつくと、老人のテントに向かった。




