グラン
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褐色肌に白髭の細目の男、グラン。マッドの師匠であり、<十闘士>のひとり。コロシアムランキング8位の実力者。マッドに言わせると、聞く耳持たずの頑固オヤジらしいが……。
「ほおら、高い高いー!」
「キャハハー!」
グランはヒメちゃんを高々と放り投げてはキャッチしている。5mくらい飛ばされているが、ヒメちゃんは怖がっておらずとても楽しそうだ。グランも細い目をますます細めて笑っている。
「ふあー、目が、目が周るー」
地面に下ろされたヒメちゃんはよたよたと歩いてベンチに座り込んだ。
「ありゃりゃ。ごめんよヒメちゃん。おじさん、ちょっとやり過ぎちゃったわ」
「だ、大丈夫〜」
さっきから二人は仲良しである。この様子を見る限り、グランは筋肉モリモリマッチョマンの好々爺にしか見えない。
(マッド、本当に師匠なのか?)
「紛れもなく。数十年ぶりだが、何一つ変わってない」
(ヒメちゃんと仲良さそうだぞ?)
「言ったろ。基本的に面倒見は良いんだ。ちょっと、良すぎる程にな」
そう言うマッドの頬は酷く腫れ上がっている。「愛する師匠を見て逃げようとした罰じゃ」とグランが張り手をマッドに叩き込んだのだ。通常ならすぐに治るはずだが、なぜか未だに腫れが残っている。なんでも、「愛の拳」は痛みが小一時間は残るらしい。何てヤバイ愛だ。
「さっきからなーにをひとりでくっちゃべってるんじゃ、マー坊」
後ろから声がして、振り返るとグランが居た。
って、あれ? このヒト、さっきまでヒメちゃんの傍に居たよな。慌ててヒメちゃんの方を振り返るがグランはいない。どうやら一瞬目を離してる間に移動したらしい。そういえばマダムも似たようなことをしていたっけ。<十闘士>は全員この速さで動けるのか?
「マー坊は止めて下さいよ、師匠。もう何百年も前に独り立ちしてるんですから」
「ふーんだ。お前なんかマー坊で十分じゃ。全然メッセージくれないんだもん。他の弟子は送ってくれるのに」
「拗ねないで下さいよ。……というか、師匠には悪霊氏の声は聞こえませんか?」
「あくりょーし? 何のことじゃ?」
マッドは俺のことを簡単に説明する。
「なんじゃそりゃ。そんなもん聞いたこともないわ! マー坊。いったいどうしてしまったんじゃ? 頭でも打ったんか?」
「その心配ができるなら、出会ってすぐに殴ったり叩いたりするのを止めてほしかったですね」
こんこんとグランはマッドの頭を叩き、マッドは青筋を浮かべながら答える。
さきほど逃亡を防がれてひっくり返ったときに頭を打ち付けていたようで、マッドは後頭部もさっきまで気にしていたのだ。
「して、マー坊よ。その悪霊とやらはまだそこにおるのか?」
「ええ、まだそこにいますよ」
瞬間、俺の視界は暗闇に閉ざされ、周囲に空気が弾ける音が響いた。
「む、手応えがないな。本当に居るのか?」
「っちょ。危な……! あ、悪霊氏! 生きてるか!!」
(生きてるぞ。何だ、急に。停電か?)
体をすっと動かすと、視界は戻った。見えたのは間近に迫ったグランと彼の腕。俺はグランの腕からひょっこりと出てきたカタチだ。物体透過で視界が遮られていたようである。どうやら、グランが俺に拳を突き出したようだ。
「よかった。無事だったか」
「ほう。わしの烈破拳が効かないとは。お主、なかなかやるな」
なにその中二臭い技名。というか、あれ? 俺の周りどうなってるの? なんか、柵とか床とか抉れてるんだけど。マッドも離れたところに倒れるし。これが烈破拳? ……生身で受けてたらどうなったんだろう。
「……師匠。ちなみに私がそれをまともに受けたら?」
「胴体が木っ端微塵じゃな。風圧で動きを封じる間に衝打を叩き込む技じゃからの。単に姿が見えなかったり、素早いだけならこれで倒せるかと思うたが……。マー坊に巣食う悪霊はなかなかに手強いようじゃのう」
わしわしと白髪を弄りながら言う。
あ、これ生身だったら確実にアウトだ。異世界転生(完)だ。危ない危ない。そんで、この爺さんもやべえやつだった。俺の素性と居場所を聞いた途端、ノータイムで破壊しに来やがった。この世界の生物は不死が当たり前だから殺そうとは思ってないんだろうけど、流石にびびる。
「こ、こらー! 悪霊さんを苛めるなー!」
ヒメちゃんが驚いた様子でこちらに駆け寄り、俺とグランの間に割って入る。
(ヒメちゃん……)
「ヒメちゃん、そこは危ないよ。マー坊に巣食う悪霊さんが居るからね。ちょっと向こうで遊んでてね」
「悪霊さんは悪いヒトじゃないよ! 良いヒトだよ! 私の友達なのー!」
ヒ、ヒメちゃん……! お兄さん、健気な君の姿に涙ちょちょぎれそうだ。でも、大丈夫だよ。安心して。お兄さん、物体が通過するからどんな攻撃も喰らわないから。死神さん以外とは誰とも触れ合えないから。触りたくとも触れないから。さっきの風すら俺の体を通り過ぎて何も感じなかったからね。停電か? とか恥ずかしいこと言っちゃったし。あれ、どうしよう。なぜだか涙が出そう。
「そこまでにしていただけますかな、グラン殿。悪霊殿とは私も友人でしてね」
足音を響かせてバイダルさんがやってきた。セミルが呼びに行ってきたらしく、彼女も一緒だ。バイダルさんのシャツはすでに半分ほどボタンがちぎれ飛んでおり、強靭な胸板が露わになっている。
「おー、バイダルか。元気にしとったか」
「ええ。そちらも息災で何よりです」
「にしても、マー坊の悪霊と友達とはどういうことだ? お前もそいつの『声』が聞こえるのか?」
「ええ。聞こえますよ」
「本当か? ちなみに今、何と言っとる?」
(……風を感じたい)
「……『風を感じたい』と」
「どういう意味だ?」
「いや、私にも分からないですな」
「でも、悪霊氏は確かにそう言ってますよ、師匠。それに悪霊氏の声はマダムにも、そこにいるセミル氏にも聞こえてます。妖精と同じで波長が合うものしか聞こえないんですよ」
グランはひとしきりうーんと唸って、やがてポツリと「……何で、わしにだけ聞こえんの?」と呟いた。
ようやく俺のことを弟子に巣食う悪霊ではないと認めてくれたらしい。マッドの言う通り、グランはかなり頑固で直情型の性格のようだ。
「あ、大丈夫ですよ。私にも聞こえないので」
椅子の陰からのこのことノーコちゃんがやってきた。事態が収まるまで、椅子の陰に隠れていたらしい。
「ん。お前さんは」
「あ、初めまして。博士のお師匠様。私、マッド様にお世話になっております、ノーコと申します。どうぞ、お見知りおきください」
「ああ。これはどうもご丁寧に……。ノーコちゃん、すごい頭だね。それはどうしたの?」
あ。
「あ」 とマッド。
彼は回れ右して、ソロリソロリとその場を離れだす。
「これは博士にしていただいたもので……」
「博士って、マー坊のこと?」
「はい。なんでも、私の頭に興味があるということで……」
「ん。分かった、お嬢ちゃん。ちょっと待っててな」
瞬間、音もなくグランの姿が消えた。そして、
「お前人様の頭に何してくれとんじゃこの馬鹿弟子がーー!!!!!」
コロシアム中にグランの怒声とマッドの蹴り飛ばされた音が響いた。




