妖精さん
死神さんが謹慎から戻ってきた。
「この度は誠に申し訳ありませんでした……」
深々と彼女は頭を下げる。
(素直に謝ってくれるなら別にいいですよ。気を失うなんてこの体になってから初めてですし、久しぶりに眠ったと思えば悪くない体験でした)
「そう言っていただけると助かります」
こってりと上司に絞られたのだろうか、随分と殊勝になっているようだ。
(それはそれとして、死神さんに聞きたかったことが溜まってるんですよ。前に会ったときはそれどころじゃなかったんで、今聞いてもいいですか)
「え、はぁ。何でしょうか」
(えっとですね……)
俺は死神さんに色々と質問する。彼女の解答を簡潔にまとめるとこんな感じだ。
質問
・俺は6人目の友達にまったく心当たりがないのだが、どういうことか
解答
・分かりません。こちらからでは誰が悪霊さんと友達なのか把握できません。
質問
・友達の条件って何?
解答
・悪霊さんと明確な意思疎通ができており、なおかつ悪霊さんのことを真摯に思い続けると友達になります。そのため、その「6人目」さんも悪霊さんと意思疎通しているはず、です
質問
・死者は友達の対象となるか。また、生前友達であった者が死んだ場合、カウントは減るのか
解答
・死者とは話せません。よって、死者と友だちになることはありえません。カウントは減りません
質問
・俺の体って何なの? 魂なの? 何故、眼も耳もないのに見えて聞こえるの?
解答
・そんな感じです。神様の不思議パワーのおかげです
質問
・翻訳コン○ャクも?
解答
・そうです
質問
・この世界のニンゲンはどうやって増えてるの? ゲームみたいにポップアップしてるみたいだったけど
解答
・知りません。ポップアップしてるんですか? あと、この世界はゲームではありませんよ。ゲームの世界だったら管理なんて楽々です。悪霊さんにミッションしてもらうまでもありません
質問
・そういえばミッション達成人数あっさり20人まで減ったけど、このミッションの意味って何なの?
解答
・新たに管理下になった世界の調査です。友達作りを通してこの世界の調査を行っております。適度な調査期間となりそうな人数を設定しているので、そこは融通が利きます。こちらの人手不足で申し訳ないです。あと、調査の詳細は私も知らされておりません。上司は把握しているはずです
質問
・調査の目的、対象、期限なんかも知らないの?
解答
・ですです。質問しても答えてくれないので、答えられないです
うーん。友達の判定基準以外、有用な情報はなかったな。詳細は知らないか調査中といった感じだ。友達の基準についても、友達ならそうだよなーという程度の情報だな。「真摯に」という部分が謎であるが、相手を怒らせ続けたり悲しませ続けても友達にはならないと、そういう意味らしい。そりゃそうだ。
「お役に立てたでしょうかー?」
(まあ、前よりは見通しが立ちましたね。死神さんと話せて良かったです。少しは整理できたと思うので)
「それなら良かったですー」
死神さんは固い笑顔で答える。
なんだろう。心なしか、死神さんと距離を感じる。いつもなら、「死神さんと話せて良かった」とか言ったら、「えー、そんなこと言われると照れちゃいますー!」と、恥ずかしそう答えそうなものだが。
「気を許しちゃうとまた前みたいになっちゃう気がするので、自戒しています」
(あー、なるほど)
だから俺と距離をとっているのか。反省することは大切だが、露骨に距離を取られるとそれはそれで寂しい。
(……)
「……。ジロジロと見て、何ですか? ダメですよ。今、私は自戒中なんですから」
(いや、また膝枕してくれないかなーと思いまして)
「!」
おっと、つい本音が出てしまった。そして、みるみる死神さんの顔が真っ赤に染まる。
「あ、あれは、お酒の勢いというか何というか……」
つまり、またお酒を飲めばああいうことをしてくれると。
「そ、そんなことしませんよ。もう」
(……え、してくれないんですか。……それは、残念です)
「え、ちょっと露骨に悲しまないで下さいよ。私が悪いみたいじゃないですか」
(いえいえそんなことありませんよ。死神さん全く悪くありません。ただ……)
ただ……悪霊になって早数ヶ月。気がつくと、人間だった頃には当たりだった温もりを思い出せなくなっていた。ただ見て、聞いて、考えることしかできない日々。温かみの感じない日常。ああ、これぞまさに地獄と言えよう。 しかしそんな時、お酒の勢いとはいえ死神さんと触れ合い、懐かしい感触を思い出した。ああ、あの温もりを! 癒やしを! 再び感じることができるならば、それは僥倖! けれどもう。もしかすると二度と、それらを感じることができなくなってしまうのか……。いえ、死神さんは悪くありません。俺が我慢すればいいのです。それで、いいのです……。
ふう、ちょっと熱弁してしまった。なぜか、精神崩壊していた頃を思い出したが、気にすることはあるまい。さて、膝枕を二度と堪能できないのは残念だが、まあしょうがあるまい。我慢するとしよ、う……? ちょっと、死神さん?
ガシッと、死神さんに掴まれた。そのままアラウンドザワールドさせられて、俺の体?は柔らかい何かに押し付けられる。
「……ちょっとだけ……。ちょっとだけ、ですからね……」
死神さんはそう言って、俺を膝に押し付ける。
おおおお! 柔らかい、温かいぞー!
「今回だけ、ですからね……」
死神さんの声が消え入るように小さくなる。視界を腹側に押し付けられているので見えないが、恐らく顔を真っ赤にしていることだろう。
はー。気持ちいい。温かい。ちゃんとヒトに触れ合うのは何日ぶりだ? 前回はすぐ酔ってしまったからあまり堪能できなかった。しばらくくっついて、温かみ成分を補充しておこう。……ん?
腹側に押し付けられた視界。左半分が明るくて、右半分が暗い。そして、俺は夜目が効くので右側も暗いけれど全く見えないことはない。そして俺は多少なら物体透過できる。よって恐らく、この右半分側は死神さんのスカートの向こう側だと思われる。ということはこの細いラインは……。
(見え)
「悪霊さんのバカーー!!!!」
視界がジェットコースターの如く翻弄され、ビンタのような衝撃で俺は吹っ飛ばされた。
「ふーんだ。もう帰る!」
そう言い残して死神さんは消えてしまった。
(……この痛みも悪くない……)
そして俺は痛みすら悪くないと思うようになってしまった。どうしよう。転生した際に変態になっていなければ良いのだが。
俺が家に戻ると、誰もいなかった。今は自由時間だから二人共外出したのだろうと思っていたら、ヒメちゃんが帰ってきた。
「あっくんいるー?」
(居るよ。どうした?)
「あっくんのこと、呼んでるヒトが居るよ?」
(呼んでるヒト? セミルかマダムか?)
ふるふるとヒメちゃんは首を振る。
(え、じゃあマッド?)
もう一度ヒメちゃんは首を振る。え、じゃあ誰だろ。
「えーと。妖精さん?」
ん? 妖精さん?
(妖精さんが俺のことを呼んでる?)
「多分!」
(よく分からないが……、ついて行けばいいんだな?)
「うん。こっち!」
そう言ってヒメちゃんは駆け出す。俺は彼女の後に着いていく。妖精さんって、俺みたいに姿の見えない、あの妖精さんか?
ヒメちゃんに案内された場所は、ムラのハズレだ。近くに道は無いので誰かが通りかかるということも無いだろう。
(ここに妖精さんが……?)
「さっきはこの辺りから声がしたんだけど……」
道すがら、ヒメちゃんに妖精さんの特徴を聞きだしたら、想像どおりであった。姿は見えないが、声だけは聞こえる。片言の示唆するようなメッセージ。声を聞いた時、周りにはヒメちゃん以外いなかったみたいで、特定のヒトに声が聞こえるかどうかは分からない。そして、コッチへ来いと招かれたのがこの場所で、ここに俺を連れてきてと言われたらしい。
(でも、何で俺をここに呼んだのだろう)
「友達なの?」
俺と、妖精さんがか? 会ったこともないのに。
「あ、悪霊さんちょっと静かにして。……聞こえる」
ヒメちゃんはそう言ってもう少し進む。
「うん、連れてきたよ。……。えへへー」
そして、彼女は虚空に向かって話し始める。
(妖精さん……居るのか?)
「あっくんには、聞こえない?」
(ああ、聞こえないな。何て言ってるんだ?)
「『ツレテキタカ』、と『エライエライ』って」
ヒメちゃんが嘘をついているようには見えない。俺には声が聞こえない存在が、そこには居るようだ。いつもと逆のパターンだが、なるほどね。ちょっとこれは怖いな。ユリカもノーコちゃんも、俺が近くにいるときはこんな感じだったのか。
「え? ……ほら、そこ。ああ、悪霊さんも見えないんだよ。妖精さんと同じだね。え? 違うって何が?」
(ヒメちゃんごめん、妖精さんは何て言ってるの?)
「えっと、悪霊さんの場所がどこかって訊いてる。なんか、妖精さんも悪霊さんの声、聞こえないんだって。みんなみたいに」
え、そうなんだ。ということは、俺と妖精さんは似ているようで、実は全然似ていいないんじゃないか? お互いに姿が見えなくて声が聞こえないんじゃ、絶対に相容れないんじゃないだろうか。
「? ……どういうこと? ……。何度も同じこと言われても……」
(同じこと?)
「『セカイヲマワレ』って」
セカイヲマワレ。世界を周れ?
「あれ? おーい、妖精さーん」
(どうした?)
「……聞こえなくなっちゃった」
(妖精さんの声が?)
「うん」
しばらく俺達はここで妖精さんを探したが、再び声が聞こえることはなかった。一体全体、何だったのだろう。一方的に呼び出されたと思ったらメッセージだけ残して妖精さんは去ってしまったようだ。何で俺はここに呼ばれたのだろうか。メッセージだけならヒメちゃんに伝えればそれで済んだはずなのに。
数々の疑問は残したまま、俺とヒメちゃんは家路についた。




