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異世界で悪霊となった俺、チート能力欲しさに神様のミッションを開始する  作者: 珉珉×打破
第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜
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戦闘訓練2

 セミルの容赦ない銃弾を頭に受け、ヒメちゃんは動かなくなってしまった。


(……えーと、セミルさん。ちょっと容赦なさすぎでは?)

「えー、そう? 優しくしてるつもりだけど……」


 え、あれで? 俺は様子を見ていたマッドたちにスススと近づく。


(マッド。セミルって優しいのか?)

「優しいニンゲンならヒトを拘束なんてしないぞ」

(あ、いやそうじゃなくて、ヒメちゃんの訓練に関して。ちょっといきなり過ぎやしないか?)

「ふむ。セミル氏とヒメ氏は仲が良いのか?」

(へ? まあ、仲は良いぞ。毎日同じベッドで寝てるくらいだ)


 といっても家にベッドがひとつしか無いためだが、セミルもヒメちゃんも新たなベッドを取寄せしようとしていない。なので、お互いに嫌がってはいないのだろう。


「良いのであれば大丈夫だろう。不仲の者からあんないきなり撃たれては不信感が募るだけだが、少しでも信頼されているのなら大丈夫だ」

(そんなもんか)

「うむ。見たところ、恐怖心を想像させないようにしているようだな。想像は何にも勝る恐怖を創る。私もよくやっていたな。恐怖心を抱かせたいときは時間をかけてじっくりと想像を掻き立てるような環境に追い込むのがベストだ。すぐに泣きついてこっちの言うことを鵜呑みにしだすからな」


 おー、流石は元ヒトカイ。ゲスい経験をお持ちで。


「その点、セミル氏はその逆をついて訓練している。そう言った意味で優しいのは間違いないだろうな」

(そんなもんかね)

「まあ、少なくとも博士よりは優しいですよね。博士に任せると、みんなひたすらに自分の頭を撃ち続けるようになるじゃないですか」

「だって、面倒くさいんだもん訓練に付き合うの」


 会話の内容を頑張って察したノーコちゃんが口を挟む。ごめんね、ちょっと置いてけぼりにしてしまった。そしてマッドは思った以上に酷いことをしている。


(それじゃ、そろそろヒメちゃんが回復しそうだから戻るね)

「え……。も、もう少し解説をしても良いのだぞ? 悪霊氏」

(え、でもノーコちゃんとの時間を邪魔しちゃ悪いし)

「そんなことないぞ、悪霊氏。なあ、ノーコ。ノーコも悪霊氏が居ても別にいいよな、な?」

「……博士?」


 ノーコちゃんが挙動不審のマッドをじっと見つめる。


 マッドはどうしたのだろうか。そんなにノーコちゃんと二人きりになるのが嫌なのか? 確かに裏切られはしたが、見ていればノーコちゃんがマッドを慕っていることは分かる。拘束されているとはいえ、そんな酷いことはされないだろうに。何をそんなに狼狽えているんだ?


 ノーコちゃんはジト目しながら博士の後ろに回る。マッドは現在、ぐるぐる巻にされた後に、別のロープで杭に固定された形だ。その杭と動けないマッドを固定しているロープのみをナイフで切断する。彼女は「よっ」と倒れようとするマッドの体を支え、そのままゆっくりと腰を下ろし、マッドの頭を膝に乗せる。これは紛れもなく膝枕のカタチだ。片やロープでグルグル巻きにされ、片や頭が七色に光り輝くが間違いない。


 思わず死神さんの感触が蘇る。あのときは酔ってたし、多分二度としてくれないんだろうな。そう思うと目の前のマッドが羨ましく感じる。だが、当のマッドは何とかそこから逃れようと体に力を入れていた。


「ぐ、ぐぬぬ……」

「もしかして、膝枕、嫌なんですか?」

「……嫌というわけではないが、好きというわけでもない」

「だったら何で逃げようとするんですか?」

「……」

(どうしたマッド。反応してあげないとノーコちゃんが可愛そうだぞ)

「悪霊氏! 他人事だと思って!」

(他人事だもの。それに、膝枕くらいいいじゃないか、羨ましい)

「違う、膝枕はいいのだ膝枕は。しかしこのまま行くと……」


 このまま行くと……?

 すっと、ノーコちゃんは懐から何かを取り出した。取り出したものには見覚えがある。この細長く先が少し折れ曲がった形状は……。


「さあ、博士。癒やしの時間ですよー」

(耳かきか)


 耳かきなら問題ないだろう。膝枕とセットみたいなもんだ。個人的には紛れもなくハッピーセットだと思う。

 が、しかし、マッドのこの様子から察するに、ノーコちゃんの腕前のほどが気になる。かなり悪いのかも知れない。


「何でそんなに嫌がるんですか? 前もやってあげたじゃないですか」

「前もやってもらったから嫌がってるんだ!」

「大丈夫です。前よりうまくなりました。今度は絶対に大丈夫です」

「うー。信用できない……」

(マッド、ちなみに前回の感想は?)

「痛い、と思ったら気絶してた」


 何それホワイ? そんな感想の耳かき、初耳なんだけど。


「それはちょっと手が滑って、頭の奥まで突き刺しちゃっただけです。大丈夫です。今度はそんなミスしません」

「絶対だな!」

「絶対です!」


 あ、これもうダメな気がする。


「はーい、では行きますよー……」

「いいか、慎重に。慎重に頼むぞ。ほんの少しだけで十分だからな。決して奥まで入れようと考えるな。表面をそっとなでるだけでいいからな……」

「もう博士うるさいですよ。喋ると耳が動いて危ないですから、黙ってて下さい」


 ノーコちゃんはマッドを体に寄せ、腕を使って口が動かせないように顔をお腹へと固定する。


「もっ……。ふがふー」

「大丈夫ですからねー」

「ふがー。ふ、ふがふー。ふ……」

「……あ、奥まで行っちゃった……、とれ、そう」

「ふ、ふがー!」

「喋ると危ないですよ。ん、行けそ……。よし、取れた。それじゃあ次は、と……」

「ふーー」

「あ、また奥に……。あれ、くしゃみでそう」

「!! ふ、ふががー!!」

「は、は、……クション!!」


 ゴツン。


「ーーー」

「あー、ごめんなさい。博士。でも、ちゃんと抜いといたので、大丈夫ですよー」


 ノーコちゃんはすんでのところで耳かきを引き抜いた。代わりにくしゃみの衝撃でヘッドバッドをマッドにかましてしまってはいたが、何とか惨事は避けられた。かに見えたのだが……。


「……博士?」

(ん? マッド、どうした……って、口から泡吹いてる!)

「は、博士ー!!」


 哀れマッドは気絶していた。耳かきへの恐怖心が高まりすぎて気絶に至ったのだと思われる。なるほど。セミルはこうならないようにヒメちゃんを気遣っていたのか。よく分かった。


 さて、ここはノーコちゃんにまかせて俺はヒメちゃんの様子を見に行くとしよう。



(ヒメちゃん起きた?)

「もうちょいかな。ねえ、さっきから騒がしかったけど、何かあったの?」

(ちょっとマッドが体張ってくれただけだな。大したことじゃない)

「そう? さっきから体張ってくれてた気がするけど。お、そろそろ起きそう」


 んー、と伸びをしてヒメちゃんは起き上がった。しばらく目を擦った後、彼女は「はっ」と思い出したかのように急に目を見開いて、体の様子を探る。


「いたくない」

「ね。気絶の間に回復しちゃった。気絶する前のこと、覚えてる?」

「うん。セミ姉、ちょっと怖かった」

「あれが私ではなく、知らない相手にやられたら?」

「……もっと怖い」

「やられないためには?」

「逃げる」

「追ってきたら?」

「もっと逃げる」

「脚を撃たれたら?」

「……撃ち返す」

「そう。でも判断が遅かったね。もう十分に動けないや。不利な状態で闘いスタート」

「むー。セミ姉、急に撃ってきたし、そんなの無理」

「そうだねー。悪意を持った相手に不意を付かれたらまず後手に回るね」


 私があいつにやったみたいに、とセミルはマッドを指差す。


「で、拘束されてしまうと、もう手も足も出ない。さて、そうなったらどうする?」

「えー? ……どうしよう」

「さて、動けないヒメちゃんには何ができるのでしょうか」

「声は出せる?」

「声も出せない。ついでに体もバラバラになっているとしようか。で、意識だけはあるとしようか」

「えー、そんなの無理。何もできない」

「本当に?」

「……」


 ヒメちゃんは黙ってしまった。 


「確かにその状態だとヒメは動けない。けれど、ある選択を迫られる」

「選択?」

「そう。生きるか死ぬか」

「生きるか、死ぬか……」

「さっき撃たれて気絶して、その間のことは覚えてる?」


 ふるふるとヒメちゃんは首を振る。


「覚えてないよね。でも、その間は痛みが無かった」


 こくりとヒメちゃんはうなずく。


「死んで痛みから開放されるか、生きて痛みに耐えるか。その選択が迫られる。ヒメちゃんを拘束した相手が、拷問大好きのサディストなら、そうならないとも限らない。さて、どうしようか」


 んー。とヒメちゃんは考える。


 ひとしき頭を捻ったあと、ふとセミルと目が合った。そして彼女は答える。


「生きる」

「生きてどうする? ずっと痛みが続くかもしれないよ?」


 セミルの質問に、ヒメちゃんが笑顔で答える。


「大丈夫。セミ姉と、あっくんが、助けに来てくれる」


 セミルは一瞬だけ、キョトンとした。そして、笑みを浮かべてヒメちゃんの頭を撫でる。


「ん。それでいいよ。あっくんも、それでいいね」

(もちろんだ)

「よし。 いざというときの助けを増やすために、友達を増やしておくのもひとつの手だからね。友達は大切にすること。分かった?」

「はーい」

「よし。良い返事だ」


 二人はまだ会って日が浅いが、大分仲が深まっているようだ。俺ももちろん二人は大切だ。ヒメちゃんが不埒な輩に捕まったらマダムを連れて行って絶対に助けるつもりである。


「じゃあヒメちゃん。次は銃撃戦だよ。試しに私とバトって見ようか。私に弾丸を当てられたら合格ね」

「はーい!」


 だからちょっとだけ、俺がこの世界を去ることを想像すると、少し寂しくなった。

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