戦闘訓練
この世界のニンゲンは不死である。譬え体が欠損しても、失った部分は再生し、切り離された部分は結合する。この能力はすべての住人が生まれながらに等しく持っているものである。
しかし、彼らは痛みを感じてしまう。それ故に、痛みを恐れてこの能力を十分に訓練しないものがいる。例えばルーキーがそうだ。彼らは痛みを怖がってしまい、再生能力に慣れないまま成長することもある。数年でもコロシアムに入り浸ればすぐに慣れるだが、痛みに恐怖を持つ者がコロシアムで闘い続けることはほとんどない。それゆえに、戦闘能力の基礎となる再生能力が未熟のままとなってしまう。
「そうなると敵意や害意を持つ者へうまく対応できなくなるから、再生訓練を行うよ。分かった?」
「はーい!」
セミルの問いかけに、ヒメちゃんは元気よく返事を返す。
今日は外で再生訓練を行っている。今までも軽い痛みを与えて再生に慣れる訓練を行っていたが、今日は実践的な訓練となる。つまり銃火器による損傷の再生だ。
「というわけで的を用意したから、まずはあれに撃ってみよう」
「はーい!」
「待て待て待て。セミル氏、落ち着くんだ。まずは落ち着いて、この縄を解いてくれないだろうか」
セミルが示した先には半裸で杭に拘束されたマッドが居た。ヒメちゃんは拳銃を構えており、マッドに狙いを定めている。
「嫌。それに、なんでも協力するって言った」
「確かに言ったが、あの流れではユリカ氏に関すること、という意味だろう!」
なぜマッドが拘束されているのか。
一言でまとめると、セミルの八つ当たりだ。
そろそろヒメちゃんに重傷の再生を行わせたい。銃を使うことになるから、ついでにヒメちゃんにも銃を撃たせたい。撃たせるのは物よりヒトのほうが実践的だ。けど私は撃たれるの嫌だから、代役がいるな。そういえば、ユリカに頼られたけど何もできなかったマッドがいたっけ。よし、ちょっと呼び出して的代わりにしてやろう。
というわけで、セミルはユリカのことで話があるとマッドを呼び出した。そして、『ユリカに頼りにされなかった哀れな自分』を演じつつ言葉巧みにマッドから「できることならなんでも協力する」という言質を取りつけ、あとはスキを見て至近距離からヘッドショットを決め気絶させ、拘束したというわけである。
「悪霊氏も何とか言ってくれないか。いくら再生できるとはいえこれは酷い」
(すまん、マッド。俺にはどうすることもできなかった。おとなしく可愛いヒメちゃんの教育材料となってくれ)
「ノーコ! お前まで裏切るとは思わなかったぞ!」
「すみません、博士。ヒメちゃんの訓練が終わりましたら、拘束された博士を好きにして良いと言われてますので、つい……。ポッ」
「つい……、じゃないだろう。まったくもう!」
ノーコちゃんは謝罪をしつつ頬を染める。彼女には事前にセミルから裏切りを促すメッセージが送られていた。何を伝えたかは知らないが交渉はスムーズに進み、彼女はこっちの陣営になってしまった。
「大丈夫です、博士。後でたっぷりと癒やしてさしあげます。ふふふ、今まで博士が嫌がってた、あんなことやこんなことをしてあげますからねー」
ノーコちゃんの言葉と態度から、なんとなくその内容の察しはつくが、マッドよ哀れ。
「僕としては癒やしよりも信頼が欲しかった……」
「あ、お召し物はちゃんと預かっておりますよ。穴が空いたら面倒ですから」
「僕より服が大事なのか!」
「そんなことありません! ノーコはいつでも博士のことを考えております!」
なんだこの痴話喧嘩。
「はいはい、それじゃあそろそろ始めるから黙っておいたほうがいいよ? 舌噛むから」
「ぐぬぬ……」
「それじゃあ、ヒメちゃん。銃を両手で持って狙いを定めて……そう。反動来るから気をつけてね。それで、引き金を引けば……」
軽い、弾けるような音が響く。
「ッーー。……あれ?」
「外れたね」
弾は少し上に逸れてしまったようだ。距離は5m程度しか離れていないが、難しいのだろうか。
「手ブレか、反動かな。もう少しさげて、みぞおちの辺りを狙うようにして……、そう。それで撃って」
再び銃声が響く。
「ッーー。あ! 当たった!」
「よし、その感じその感じ。それじゃあ、連続して撃ってみようか」
「うん!」
言われたとおりにヒメちゃんは引き金を引く。マッドは諦めたように遠目で空を見ている。撃たれても一言も漏らさないのは流石だ。400年生きて痛みには慣れているからだろうか。……あ、でもちょっと頬引き攣ってるな。我慢しているようだ。
「さてと。それじゃあ次は銃創が再生する様子を見てみようか。ヒメちゃん、こっち来て」
セミルはマッドの方に寄っていき、ヒメちゃんを手招きする。
「このちょっと凹んだ部分が弾の当たったところ。再生のせいで表面は塞がっているけど、弾が中にまだあるときはこんな風にキレイにならずに残るから。んで、ここはまだちょっと柔らかいからこうやって指を突っ込んでやる……と」
「……ッ」
セミルは指を無理矢理突っ込んで、マッドの腹から弾を摘出する。開けられた穴はすぐに塞がって、今度は表面までキレイに再生している。
「こんな風に取れる。戦闘中に撃たれたときは、重要な場所でなければ後で取れば良いよ。スキになるからね。だけど撃たれた場所が関節だったり眼だったりすると、自由に動けなくなるからすぐに自分でほじくって取り出すこと。あと、頭を撃たれると、弾を体が排出してくれるまで気を失うから気をつけてね」
「はーい」
「あ、それは私がやりたいです!」
ノーコちゃんは博士に近づいて、体に残った弾を取り出していく。
「博士、痛いですかー」
「ちょっとね。自分でやるときとはまた違った痛みだね。こっちのほうが痛い」
「そうですか。つぎ取りますよー」
「! 痛い! もう少し優しくしてくれ!」
「あ、すいません。ちょっと手が滑りました」
「頼むよ、もう……」
ノーコちゃんは博士の体に指を突っ込んではグリグリと弄る。何でだろう。二人のやり取りはいちゃついているように見えた。見えたのだが、全く羨ましいとは思わなかった。
その後、腕、脚、頭と部位狙いの訓練を一通り行って、拳銃の訓練は終了となった。終了の声を聞いたマッドが疲れたようにため息をつく。
「それじゃあ、ヒメ。マッドにお礼言いなさい」
「マッド、ありがとうございます。いっぱい撃ってごめんね。痛かった?」
「ああ、気にするな。ヒメ氏よ。キミに撃たれた傷より他二名にグリグリされた痛みのほうがよっぽど痛かったよ。ついでに心にも傷を負った気がする」
「気のせい気のせい」
「大丈夫です。博士の心の傷は、私が癒やします」
「君ら二人はもう少し殊勝にしてくれ。そのほうが気分が回復するから」
マッドは二人に毒を吐く。
セミルは素直に「ありがとう、助かった」と礼を言い、マッドは「うむ」と頷いた。
多分、マッドもこれがセミルの八つ当たりだって分かっているんだろうな。拘束を無理に引きちぎるでもなく、素直にヒメちゃんの訓練に付き合ってあげてたし。不死の身体なんだ。本当に嫌だったら身体を裂いてでも拘束から逃げ出すだろうに。
「それじゃあ博士のことは私が介抱しますね」
ノーコちゃんは満面の笑みを浮かべて博士に寄り添った。
「うん。ありがとうね二人共。それじゃあ、ヒメ。次は再生の訓練だ。マッドを見ていてわかったと思うけど。銃創はすぐに再生するよ」
パンッと、銃声が響いた。セミルは一瞬で狙いを定めてヒメちゃんの腕を撃ち抜いた。ヒメちゃんは衝撃でパタンとその場に倒れてしまう。彼女は自分の撃たれた腕を驚いたように確認する。表面はすでにキレイに再生していた。
「こんな風に弾が貫通するとすぐに再生は終わっちゃう。……痛かった?」
こくんと、恐る恐るヒメちゃんは頷いた。
「だよね。どんな痛み?」
「……えっと、なんか一瞬だけ、すごく熱いような、ギュンってなるような……そんな感じ」
「うん。それが小さな弾で撃たれた痛みだ」
(……びっくりした。いきなり撃ったな。ヒメちゃん、驚いたんじゃないか?)
「うん。すごいピックリした」
「驚かせたのよ。痛みの恐怖に逃げてちゃ訓練にならないから、恐れを感じる時間を与えなかったの。でも、もう再生するって分かったし、痛みの程度も知れたから、あとは慣れるだけ」
パンッと、銃声が響いた。今度は脚を撃ち抜かれ、ヒメちゃんは脚を抑える。
「次」
連続して発砲音が響く。右腕と左肩を撃たれ、ヒメちゃんは仰向けになる。
「セミ姉、痛いよ……」
「よし、じゃあその痛みを取り除いてあげよう」
ゴツ、とヒメちゃんの頭に銃口を押し付ける。
「ひ」
「大丈夫。再生するから安心して」
ニコリと笑って躊躇なくセミルは引き金を引いた。俺が止める間もなかった。
ヒメちゃんの体は一瞬だけビクッと痙攣した後、動かなくなった。




