マッドとノーコちゃん3
「マッドも悪霊さんの声が聞こえるって、本当?」
ユリカが戻ってきたマッドに話しかける。
「おう、私も聞こえるぞ。姿の見えない存在と意思疎通ができるなんて、実に貴重な体験であった。私は妖精さんとは遭った試しがないからな」
「ふーん、そうなんだー。悪霊さんの名付け親は私なのに、私には聞こえないのかぁー」
と、ユリカは口を尖らせる。
「まあでも、もしかしたらある日突然、悪霊さんの声が聞こえるようになるかもよ?」
「そんなことってありえるかなぁ」
「まあ、無いとも言い切れないだろうな。逆に、今は聞こえているが、突然聞こえなくなってもおかしくはないな。なんせ、悪霊氏の身体のことはほとんど何も分かってないのだろう?」
「確かに。実体ないんだっけ?」
(多分な。壁とかすり抜けられるし)
「ふむ。そこが一番の謎だな。物理的な実体の無いものが意思を持ち、視覚と聴覚があり、自律的に移動するなどとてもじゃないがありえん。我々が未だ理解できない何かがあるのは、間違いなかろう」
ふむ。そういえば、俺のことについては死神さん聞いてなかったな。特に深く考えず、魂だけの存在になってしまったと思っていた。が、元いた世界でも「俺、実は魂なんだわ」と人に話せば一笑に付されるだろう。後で死神さんに聞いてみるか。
あと、意思疎通できなくなったから、友達カウントには含みませんとか言われないよな。友達、減らないよな。また集め直すのは嫌だぞ。
「じゃあ、いつ頃、悪霊さんの声が聞こえるかな?」
「うーむ。それは誰にも分からないな。明日、聞こえるようになるかもしれないし、今後ずっと聞こえない可能性ももちろんある。こういうとき、悪霊氏の世界ではなんと言うのかい?」
(神のみぞ知る、かな)
「神のみぞ知る、か。全知を定義された存在のみ知っている。つまり、トートロジーだな。悪霊氏の世界では言葉遊びが流行っているようだ」
「どういうこと?」
「まあ、つまり誰にも分からないということだ」
「そっかー。それじゃあしょうがないなぁ……」
そうだな、しょうがない。俺も、俺の声が聞こえる条件がわかれば、今後の友達づくりがすごい楽になるな。これはぜひ知っておきたいが、死神さんを除く4人の共通点なんて、何かあるのか?
「私も聞いてみたいですねー。悪霊さんの声。博士たちの会話についていけないです。……ちょっと蒸れますね」
と言って、ノーコちゃんは帽子を脱ぐ。調べ物も終わったし、もういいと判断したのだろう。
「悪霊さんって、どんな方なんですか?」
おっと、ノーコちゃん。本人が居る前でその質問はなかなかにアグレッシブだな。
(紳士で素敵なお兄さんだと伝えてくれ)
「パンツ好きで私達のプレイを黙視する変態だよ」
(おいセミル。お前らがマッサージするたびに外出する俺の気持ち、考えたことある?)
「うわぁ……」
(ほらぁ、純粋なノーコちゃんがどん引きしてるじゃん。一気に頭のライトが暗くなってるじゃん)
「悪霊氏。黙っているのは良くないぞ。きちんと反応してやらねば、空気が白けてしまう」
(お前は聞こえてんだろうが!乗っかるんじゃねぇ!)
「え、まだ見たことなかったの? なんだよー。せっかくいろいろやってたのに、ダメだなぁ悪霊さん」
「えっと、とりあえず変態さんなんですね。わかりました」
(ほらまた誤解が生まれた。もおヤダ、このヒト達。助けてー、ママえもん〜〜!)
俺は、キッチンに引っ込んだマダムの泣きつく。
セミやんとマドオが苛めるー!
「はいはい。二人共、あんまり悪霊さんを苛めるんじゃないよ」
「はーい」
「悪かったな、悪霊氏。機嫌を直してくれ」
(やっすい言葉だな、このやろう。だが、俺は寛大だからな。許してやろう)
「うむ。それでは、悪霊氏の元いた世界での洗脳術を教えていただきたいのだが……」
(そんなもん知るか!)
なんか話し相手が増えたことで、一気にギャーギャーし始めたな。様子を見ている屋敷の連中も笑ってるわ。
「なんだか、博士。楽しそうですねー」
「異世界の話が珍しいんだろうね」
「聞こえないって、寂しいですねー」
「そうだねー」
ユリカとノーコちゃんだけは、少し離れたテーブルで寂しそうにお菓子を頬張っていた。
お土産に少しばかりのお菓子を貰って、俺達はマダム屋敷を後にした。
「はーい、ただいまーと」
セミルとユリカはリビングに行く。ちょっと一服するようだ。
「ははぁ。悪霊さんが幻かどうかって、そういうことね。セミルとマダムの妄想の可能性か。確かに、私もマダムが聞こえるまで、『あ、セミもとうとう壊れちゃったか。優しくしなくちゃ』って思ってたし」
「え、そんなこと思ってたの?」
「そりゃあ、ねぇ」
ふふふ、とユリカは笑う。
道すがら、セミルはユリカに二階でしていたことを話していた。
「でも、そんなことなくて良かったね」
「そうだね。でもまぁ、私は割と人生楽しければいいやと思ってるからさ。もし悪霊さんが私の作り出した幻だとしても、楽しければそれでいいのさ」
ずーとお茶を啜り、貰ったお菓子をセミルは頬張る。あれだけ食べたのにまだ食べるのか。
「うーん。私はちょっと、寂しかったかな。セミル、私の知らないことを唐突に言い出すんだもん」
「あー、ごめんね。悪霊さんの世界の話が面白くってね。ちょっと、興奮してたかも。ちゃんとユリカが分かるように話すからさ。許して?」
「まあ、最近は私のこと気遣ってる気がしてましたから、許してあげますけども。悪霊さんの言ったことも教えてくれるし」
「ははー、ありがたき幸せ」
「良い良い。苦しゅうない。……でも、悪霊さんの声、聞けたら私ももっと楽しかったんだろうなー」
むう。俺のせいではないが、それについては申し訳ない。なんだかんだで居座ってしまってるし。
「はは。悪霊さんがユリカに謝ってるわ。居座ってごめんって」
「ほんとだよ。でも、悪霊さんがどこかへ行っちゃったら、セミルは嫌でしょ? それは、私も嫌だし。あーあ。私にも悪霊さんの声が聞こえたらなぁ」
「……そうだねー。ユリカにも悪霊さんの声が聞こえたら、もっと楽しくなるよね」
そうだな。セミルとマダムとマッド、3人と話せて、冗談を言い合って、久しぶりに俺は会話を楽しめた気がする。バイダルさんのときは、冗談を言い合う感じじゃなかったし。セミルとユリカとそんな風になれたら、もっと楽しくなるだろうな。
「ね、セミル。私がもし壊れちゃっても、セミルは優しくしてくれる?」
「ん? んー。当たり前のことは聞かないで欲しいな」
「あいてっ」
ユリカはセミルのデコピンを喰らい、額をちょっと抑えた。
「じゃあ、私と悪霊さんの……」
そこまで言って、ユリカは黙ってしまった。
「ユリカと悪霊さんの?」
「んーん。何でもない」
「何それ。気になる」
「本当に、何でもないの。何でもないこと」
「ほほーう。私に隠し立てする気だなぁ」
セミルはユリカに近寄り、「えい」脇をくすぐり始めた。
「きゃー! セミ! ちょ、やめ! く、くすぐったい、くすぐったいからぁ」
「ふははは、さあ吐け。吐くのじゃあ!」
目の前でくんずほぐれつする二人。あ、これ外出パターンだわ。
というか、3人で仲良くとか言った矢先に、この仕打はひどい。
(……セミルー。セミルさーん。俺も寂しいよー)
「悪霊さん。今ちょっといいとこだから黙ってて」
(アッハイ)
にべもなく扱われ、俺の心がちょっと挫ける。腹いせにマッサージをねっぷりたっぷり凝視してやろうと思ったが、なんか負けた気がするので、結局俺は外出することにした。
とりあえず、マダムの屋敷にもっかい行くとしよう。




