マッドとノーコちゃん
死神さんと会ってから1週間が過ぎた。彼女はまだ帰ってこない。俺が人気のないところに行って呼びかけても反応がないのだ。上司と揉めているのだろうか。うまくいくといいな。
俺とセミル、ユリカの三人は思い思いに時間を過ごしていた。元の世界について教えたり、あるいはこの世界について教わったり、セミルの端末を後ろから覗いたり、テツジンの料理を食べたり、モモモの絵を描いたり、ふらっとどこかへ出かけたり、マッサージで気持ちよくなったりしていた。
「あ、マダムからだ」
ベッドに横たわり端末をイジっていたセミルが、唐突に声を出した。
「マダム? メッセージ?」
「そ。えーと、お菓子たくさん作り過ぎたから食べに来てだって。ユリカと、あとなぜか悪霊さんも一緒にって、念押しが」
「わーい! やったー!」
(俺もか。俺が何も食べられないことはマダムも知っているだろうし、何か用かな?)
「茶飲み話に付き合って欲しいんじゃない?」
(ああ、そうかも。ちゃんと話すのは久しぶり出しな)
俺達三人はマダムの屋敷まで移動する。二人は自転車で、俺は空中移動だ。
「よーし、よく来たね。セミル、ユリカ。悪霊さんはいるかい」
呼び鈴を鳴らすと、すぐにマダムが出迎えてくれた。
「あ、すごいいい匂い」
「本当だ! クッキーとマドレーヌとチョコと……うーん、とにかく甘い匂いがする」
(俺には分からん。鼻がないからな。マダムご無沙汰だな。集会の時以来か)
「ああ、居たね。よーし、それじゃあついといで」
マダムは玄関から向かって左にある通路へと向かう。前に来たときとは別の部屋に案内されるようだ。通路を進んだ少し奥にある部屋に俺達は入る。そこは、三十畳ほどの広い部屋だった。奥にはキッチンも見える。2つあるテーブルには大量のお菓子が並べられ、ソファや椅子ではこの屋敷の面々が寛いでいた。子どもたちは口元に食べかけのお菓子をつけてキャッキャとはしゃいでいる。
「あ、あの子達いるじゃん」
「本当だ」
二人の視線の先には、以前に軽トラに体当たりしてきた少年少女三人組がいた。あれから、マダムにお世話になっていたようだ。
彼らもこちらに気づいたようで、「こんにちは」と挨拶に来る。
「クリシュ、エーゲル、マリナ。二人にはお世話になったんだろう。だったら、きちんとお礼をしときな」
「はい。あのときはすみませんでした。クリシュといいます」
「えっと、もうナイフも銃も持ってないですよ。エーゲルです」
「マリナです。ママのことを教えてくれてありがとう」
えっと、轢かれたのがクリシュで、撃たれたのがエーゲルとマリナか。元気になっていて何よりだ。
「どうもー。おっきい方のセミルです。絵描いてるので良かったら見てね」
「え、私ちっさい方って言うの? やだなー。うーん、……普通の方のユリカです。服作ってるので着てみてね。あ、これとかマリナちゃんにすっごく似合うと思うんだー」
ユリカは端末に自分の作品を表示して、マリナに見せる。「え、すごい。かわいー」というガールズトークが始まった。
(セミルは絵を見せないくていいのか?)
「やーよ。そんな大したもんじゃないし。感想とかも別に興味ないし」
(じゃあなんで集会に持っていったんだよ)
「絵は生で観るもんだからよ。端末で観るのとは大きさも画角も全然違うでしょ」
(ふーん。そんなもんか)
元の世界で美術館に行ったことのない俺にはピンとこなかった。
「……あのー、セミルさん。誰と話をしているのですか?」
クリシュとエーゲルはキョトンとした顔でセミルの方を見ている。俺の声は聞こえてないな、こりゃ。
「かくかくしかじか」
「これこれうまうま」
「がつがつむしゃむしゃ」
セミルとマダムは二人に俺のことを紹介する。誰だ。お菓子を頬張っていたのは。
「えーじゃあ、こんなに美味しいお菓子を食べられないんですね」
「悪霊さん、可愛そう」
事情を知った子どもたちは、口々に俺に対する憐れみを述べる。それでも両手に持ったお菓子を口へ運ぶのをやめようとはしない。くそう。悔しくなんかないぞい。だからカワイソーと連呼するんでない。輪唱するでない。
「む! ああ、君たちか。マダムが言っていたのは」
奥のテーブルから声がして、長身の男がこちらに寄ってきた。男は薄汚れたダブルの白衣を着ている。
「っげ。」「何でここにマッドがいるの?」
男を目にして、セミルとユリカが途端に苦虫を噛み潰した顔になる。
「おやおや、私は優雅なティータイムを楽しんでいただけだよ。そんな顔することないじゃないか」
「私が呼んだんだよ。ちょいと、私らのことを調べてみようと思ってね」
「調べるって何を?」
「私らって、私も?」
「ああ、ユリカは違うさね。調べるのは私とセミルと、悪霊さんだ」
途端に安堵の表情をするユリカ。「それじゃ私は関係ないね」とすぐにこの場から去り、お菓子の山へ突撃しに行った。このマッドってヒト、嫌われてるんだな。っていうか、俺も? いったい何を調べるんだ?
「おーい、ノーコ! 手伝ってくれー!」
「はーい」
キッチンのほうから女の子の声がする。とてとてと可愛らしい足音で、こちらに女の子が近寄ってきた。俺はそんな彼女から目が離せなかった。
「あー。ノーコちゃん。相変わらずだね。元気してた?」
「はい! セミルさん。ご無沙汰しております。ノーコは相変わらず元気です! 十数年ぶりでしょうか? セミルさんもその後お変わりなく?」
「うん、元気だよ」
セミルはノーコちゃんと談笑している。マッドに対しては剣呑だが、彼女に対しては気さくに接しているようだ。周囲のニンゲンも特に彼女に違和感を持っていない。俺だけが、俺だけがノーコちゃんに違和感を持っている。
(……あー、ゴホン。セミル、彼女は?)
「ああ、マッドとノーコちゃん。マッドの方は元ヒトカイの実験屋さんで、ノーコちゃんはその助手兼被験者さん。洗脳とか人体の専門家」
洗脳と人体の専門家……かぁ。うーん。
(脳の専門家ってことで合ってる?)
「うん、合ってる。……やっぱり分かった?」
(分からいでか)
「だよねー」
ノーコちゃんは、マッドの被験者さん。彼女の見た目は、頭から下は普通の女の子。笑顔が素敵で、活発そうな女の子。身体は特に問題なさそう。ただし、頭の上。正確には額から上は問題だらけだ。
(そりゃあ、
外側から脳みそをクリアケース越しに覗けて、
なおかつ電極みたいなのがブスブス刺さってて、
おまけにクリアケースの周りの電極ライトが彼女の反応に合わせて七色に輝いてたら、
そりゃあ分かるよー)
はっはっは。と俺は笑う。なぜか、セミルとマッドも笑いだし、釣られてノーコちゃんも笑いだした。おお、色が黄色に変わったぞ。はっはっは。ここまで来ると色んな感情通り越して笑うしかねえや。
「はっはっは。マダムよ。ひとつ朗報があるぞ」
「なんだい、急に笑いだして。とうとう頭がおかしくなったのかい?」
「大丈夫だ、問題ない。そういうことではなくてな。今の所、悪霊氏と意思疎通ができるのはマダムとセミルの二人であったな?」
「うむ」
「私にも聞こえた」
(はい?)
「私にもきっかりと、悪霊死の声が聞こえるぞー!! わっはっは。これはすごい!」
マジかよ。
喜色をあげるマッドと、「すごいですね、博士!」と彼を褒め称えるノーコちゃん。仲は悪いどころかすっごい良さそう。だけど彼は洗脳の専門家。
ユリカの言葉を思い出す。本当に変人としか友達になれないのかな、俺。
次回、パンツ回。
悪霊「え、男はやだ」




