死神さんと交渉
結局、ユリカが帰ってきたのは3日後だった。
「ただいまー。ふい〜、疲れたぜえぇー。はいこれお土産ー」
と、出張明けサラリーマンのような挨拶をするユリカ。彼女はすぐに自室に引きこもって寝てしまった。相当疲れていたようである。そんなに疲れているなら、シーアくん家で休んでから来れば良かったのに。
(それは?)
「お土産だって」
セミルは姿見の前でユリカにもらったワンピースをあてがっている。
(へー、ゆったりしてていいね。似合ってる似合ってる)
「ふふ、知ってる♪ 知ってるかい、悪霊くん。ユリカの作る服に間違いはないのだよ」
機嫌が良いのか、セミルは鼻歌交じりに服を畳む。まだ着ないのだろうか。
「一番最初はユリに見せたいからねー。今着たらキミに見られちゃうので」
(なるほどな。仲の良いことで)
「それほどでも」
にししと、歯を見せてセミルは笑う。本当にいいコンビだ。俺が入る隙間なんてないから、心配することないぞユリカ。
さて、ユリカが帰ったら部屋を見せてもらおうと思っていたんだが、さすがに今は行きづらいな。ユリカが回復するまで待とう。その間にやることは……、と。
(ちょっと外に出てくる)
「いてらー」
俺は外に出て、家から少し離れる。絶対に俺の声が家まで届かないくらいの距離まで離れ、辺りに誰も居ないことを確認し、俺は死神さんを呼んでみる。
(死神さーん)
返事なし。ふむ。もう少し大きな声で。
(死神さーん!)
……返事なし。うーん。タイミングよくコロシアムに現れたことだし、俺のことを見張ってると思ったんだが、そうでもないのか……。
(死神さーん! お肉大好き死神さーん! 人肉大好き死神さーん!)
……。……返事なし。
ダメか。どうやらこの辺りには居ないらしい。とっても可愛い美人で素敵な死神さんとお話したかったけど仕方ない。諦めて帰るか。
「……ぐ、ぐふふ。そこまで言われちゃ仕方ないですねー。呼ばれて飛び出てバババーン! 素敵な死神さんですよー」
野生の死神さんが飛び出してきた。
(! びっくりしたなぁー。居るならいるって言ってくださいよ。何度呼んだと思ってるんですか)
「いやぁ、すみません。ミッション参加者との接触は極力禁じられておりまして。っていうか、ひどいじゃないですか。私、人肉なんて食べたことありませんよ!」
(えっ! 食べたこと無いんですか!? 死神なのに!?)
「えっ、えっ。死神って、普通人肉食べるんですか?」
(いや、知りませんけど)
「知らないじゃないですか! うっかり、どうしよう……食べたほうがいいのかな……とか思っちゃったじゃないですか!」
なんで、そんなにサービス精神旺盛なのだろうか。そういえば、ドクロ面着けて鎌持ってコスプレするとか言ってたな。
「死神はイメージが大事なんです! でないと、死んでる人が私のこと死神だって思ってくれないんです……」
しゅんとなる死神さん。確かに、この可愛げな容姿で死神とか言われても信じられんな。エウリアンの手先と思われるのが落ちだ。いや、連中に比べると死神さんのほうが数倍可愛いから、そんなことはないか。
「へへへ、照れますねぇ」
表情がころころ変わるなこの人(?)。観てて飽きない。
「あ、そういえばどうして私を呼んだんですか? ミッションはまだ終わってないようですけど……」
あ、言うに事欠いてこのやろう。
(そんなもん、ミッションのクレームだこの野郎! 軽く試算しただけで、1万年かかるぞこれ。どんだけ気長なんじゃい! 次のミッションに行く頃には精神が植物の域に達してるわ!)
ハァハァと、連続して叫んだせいで、思わず必要もない息切れまでしてしまった。
「……」
死神さんは黙って俺を見ている。あ、とか、う、とか何か言いたそうにしているが、言葉がでないようだ。
俺と死神さんはしばらく黙っていた。
やがて沈黙を破るかのように、彼女の眼から一筋の涙がこぼれ落ちた。
(!?)
「うっ、うっぅ、ごめんなさい……、ごめんなさい、悪霊さん……」
(ええ! な、何も泣くことないだろ!? あ、ほら、ごめんね。うん、俺もちょっと言い過ぎたから謝る。ほら泣き止んで……)
突然の出来事に俺は狼狽えることしかできない。泣いてる女の子なんて小学校以来だし、どう接していいか分からん!
「うっぅ。まさか……、ヒック、たった、100人の友達を作るのに、ぐすん。1万年かかるほど、悪霊さんが、コミュ障だと思わなくてゴメンべぇーーーー!」
……うん? 今なんて言った?
死神さんはぐしぐしとハンカチで顔を拭い、ビーっと鼻をかむ。
「……大丈夫だよ。死神さん。私が、私がキミの友達になってあげる! 友達の作り方を教えてあげる! 少しずつ、知り合いを増やして行こ! ダイジョウブ! 友達100人なんてすぐだよ!」
(え、いや、その、そういう話ではなくてですね……)
「こうしちゃいられないわ! 私、■■■■さんに、もっと悪霊さんとお話していいか許可を取らなくっちゃ。ちょっと待ってて悪霊さん。事情を話して、すぐに戻ってくるから!」
その■■■■さんってあんたの上司だろ確か! やめろ事情を話すな! 誤解だ! 待て待て落ち着け。まだ対話の余地はあるって、あ、っちょ、行くな!! カムバーック!!!
結局、30分位費やしてなんとか事情を分かってもらった。
死神さんを引き止めるために、「キミと離れたくない」とか「キミが居ないとダメなんだ」とか歯の浮いたセリフを人生数回分言った気がしないでもないが、そうそうに忘れよう。
「えっと、つまり、そもそも意思疎通が可能なニンゲンが100人も居ないということですか……」
(そういうこと、そういうこと。少なくとも俺、人生100回繰り返すレベルのコミュ障じゃないから安心して)
「それなら、良かったです……」
ふう、なんとか信じて貰ったな。これからが本番だというのに、ここまで来るだけでドット疲れてしまった。
(というわけで、ミッションの難易度低下を要求します。具体的には友達100人を友達10人に減らしてほしい。それならば、あと1年くらいでできると思う)
「えっと、わかりました。確約はできませんが、■■■■さんに伝えて置きます。私にそこまでの権限はないので」
(お願いします)
よし。これでとりあえずは可能性が出てきたかな。それにしても、死神さんといいその上司といい、この世界の実態を知らなさすぎる。どういうことなんだ、これは。
「ああ、それはですね。えっと、私達はこの世界の神ではないからです」
(え? 違うの?)
「はい。えっと、ですね。詳しくは言えないんですけど、この辺の世界はまだ未管理状態でして。えっと、ようやく最近手がついてきたーていう状況なんですよ」
(……はい?)
「なので、その調査を悪霊さんにはお手伝いして頂いているというわけでして……」
説明が辿々しいが、死神さんはどうやら考えながら話しているようだ。詳しく言えないことを端折っているのだろう。
(そんなことって、よくあるの?)
「うーん、えっと、あまりないみたいですね。私も初めてですし……」
(ふーん)
うーん、なんか変な話だな。順番があべこべのような。普通、神様が世界を作るもんじゃないのだろうか。
でもまあ、死神さんの言葉を信じるとすると、この世界は最近管理対象になってようなので、把握しきれていない世界だったのか。それなら友達100人は死神さん側からすれば、低難易度と思っていたんだろうな。にも関わらず、俺が泣きついたからコミュ障認定されたのか。前提の確認って大事。バイダルさんのときも誤解を受けたしなー。
「じゃあ私はミッションのことを伝えに戻りますね。また、返事を伝えに戻って着ますので」
(あ、お願いします)
「それでは」
死神さんは地面の下にスイーっと消えて行った。これで状況が好転するといいな。




