表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で悪霊となった俺、チート能力欲しさに神様のミッションを開始する  作者: 珉珉×打破
第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜
181/182

フォウリンの戦い

 マルステラ帝国第三軍団第七分隊隊長ユーハン・リューは、城壁の内部からその激突を目撃していた。


 部下のひとりが「あの辺から来るんじゃないですかね」と朱と青の混じる紫の空を指さした瞬間であった。星がまたたいたと思ったその直後、みるみるうちにそれは拡大し、白い大きな光となって彼の視界を覆い尽くした。まるで太陽が落ちてきたかと錯覚するほどのその輝きは、燃えるような橙色に変化した後、雷鳴となって世界に爆ぜた。


 巨大な音に反射的に身体は竦み、どうしようもなく思考は凍る。恐る恐る我に返ると、遠ざかる烏の群れの鳴き声が、不気味に静まる首都に響き、それと同時に気の抜けたようなガラスの割れる音が、キーンという耳鳴りと共にあちらこちらから聞こえてきた。


 「宇宙船が墜落した」と彼が認識するのは、本部から通信が入った後のことであった。状況周知のアナウンスだけが一方的に入ると、通信はすぐに切れてしまった。本部も混乱しているのだろう。そう認識した彼は無線で部下たちに指示を送る。


「第七分隊に次ぐ。総員、宇宙船の墜落現場に急行せよ。場所はSE-30、工場地帯だ。おそらく我々が一番近い位置にいる。偵察(スカウト)に行くぞ」


 そう指示した数分後、彼のもとに同様の指令が本部から届く。彼は「了解」とだけ本部に伝え、宇宙船墜落現場に急いだ。



「これは酷い……」


 道中も酷かったが、工場地帯はさらに酷い有様だった。化学薬品に引火したのか建物の中から勢いよく火の手が上がり、煙が黒々と空を染めていく。窓ガラスは全て砕け散り、歩くたびにパキパキと音を立てた。素足だったら数歩も歩かないうちに血塗れだ。宇宙船の突入角度に沿うように損壊した工場地帯は、直撃していない部分でもパイプがねじ曲がっていたり、観測小屋が吹き飛んだりしている。直撃したと思われる空間は、薄紫色の空が覗いていた。


 白い尾のたなびく空のもと、ユーハンは行軍を一旦停止する。宇宙船が工場地帯に穿った穴を彼は見ていた。ここからでは見えないが、一際大きな建物の向こうにどうやら宇宙船は墜落したらしい。


「隊を二分する。副長。半数を率いて工場の怪我人の救助・避難にあたれ。後から消火班も来る。残りは俺と一緒に墜落現場に向かう」


 ユーハンはそう指示を出すと、部隊の半数を率いて現場に向かった。「もっと救助に割いたほうがいいんじゃないですかね」と部下のひとりが声を上げた。「ガイアスの生存者は存在しない」という前提の意見である。ユーハンも一瞬そう思ったが、自分に言い聞かせるように「確認が先だ」と彼は再度部下に指示した。


 宇宙船は轢き潰れた工場の破片にその身を預けるように停まっていた。散らばる炎に讃えられるように、中心に宇宙船は鎮座している。辛うじて原型の分かる程に大破したその隙間からは、緑色のドロリとした液体がはみ出ていた。よく見ると、その液体は現場の周囲にも撒き散らされており、墜落の際に生じた焼け付くような熱で、ジュウジュウ、ボコボコと音を立てている。


「……なんですか、あれ……?」

「あれが……ガイアス……?」


 恐怖と好奇の入り混じった表情で部下は緑の液体を見ていた。ユーハンは彼らに「臭いを嗅ぐな」と指示を出す。緑の液体からは臭気が立ち上っており、有毒かもしれないと判断したからだ。


「……これでは近づけないな。消火部隊をこちらにも寄越すよう伝えてくれ」


 ユーハンが部下にそう指示した直後、それは何の前触れもなく起こった。


 大破した宇宙船の中から音が聞こえてきたのだ。自然に生じた音ではない。ガンガンと、何かが宇宙船の壁を叩く音だ。その音は次第に大きくなりながらこちらへと近づき、それと同期してユーハンの中に得体の知れない恐怖が蓄積していく。

 

 やがて宇宙船の扉と思しき場所から音がした瞬間、衝撃音とともに扉は変形して宙を舞った。


「そ、総員、警戒――」

「あー、くっせぇ! くっせぇ! くっせぇなあ!! まったくよー!!」

 

 扉のあった場所にできた穴から、そう文句を垂れながら、大男が転がるように降りてきた。大男は顔の前で仰ぐように手をぶんぶん振ると、膝を立て、身体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。大男の身体からは、うっすらと蒸気が立ち上っていた。


「た、隊長――せ、生存者です」

「……見れば、分かる」

「た、隊長――おそらく、ガイアの人類(ガイアス)です」

「……見れば、分かる!」


 生存者など要るはずがない。そう思っていたユーハンとその部下たちは、五体満足で立ち上がる大男に混乱していた。目の前で起こる非日常の中で、大男の言動はなお異彩を放ち、その異常に彼らの理解は追いつくことができなかったのだ。


「お、なんだ、お前たち……」

「……」


 大男はユーハンたちの存在に気づいた。が、彼らは顔を見合わせるようにして黙っていた。なんと言えばいいのか分からなかったのである。


「あ、お前らが王サマの言ってた機械の一族(メンシュハイト)か! おーおー。本当にたくさん居たんだなぁ! おーい、俺の言葉分かるか? ちゃんと聞こえてるかー?」

「……」

「あれ? 反応がねえな……。おかしいなー。オスカーたちとは通じたんだけどなー」

「……オスカー?」


 大男の放った聞き覚えのある単語に、ユーハンはようやく我を取り戻した。


「お、お前は……オスカーを、オスカー殿を知っているのか?」

「おうよ。……何だ、通じてるじゃねえか」

「オスカー殿は、無事か? 生きているのか?」

「お、何だ? お前も……お前ら全員、やつのこと知ってんのか。……ハハッ。あいつが有名だってのはどうやら嘘じゃねえらしいな」


 目の前で突然笑い出した男に「な、何がおかしい!」と部下のひとりが反応する。


「……んー? あー、そういうことか。なるほど、なるほど。お前ら全員、あいつのことが心配なんだな。そうか、そうか。なら、いいことを教えてやろう」


 大男はこちらを睥睨すると、どこか込み上がる笑みを抑えるように口を開いた。


「あいつは俺が殺した」

「……は?」

「あれ、聞こえなかったのか? あいつは、俺が、殺したんだよ。いやー、あいつは強かった。俺も久しぶりに戦いが楽しめたぜ」


 大男はわざわざ単語を区切ってことさらに台詞を強調してきた。

 混乱する頭に、クックックと、大男の押し殺すような笑い声が響く。


「……で、お前らはどうなんだ? お前らも、オスカー(あいつ)並に強いのか?」

 

 ユーハンは当然、英雄オスカーのことを知っていた。幾年か年上の先輩である。ユーハンの入隊時に彼はすでに一部から英雄と呼ばれており、それが帝国全土に広がるまでにそう長い時間はかからなかった。英雄といえばオスカーであり、オスカーといえば英雄だ。誰しもがそう思い、ユーハンも敬意をもって彼に憧れを抱いた。


 ユーハンは先祖返りではない。英雄に憧れを抱いていても、自分は絶対に英雄にはなれないと、彼は自覚していた。それと同時に、自分にもできることがあるはずだと、微力ながらも英雄の手伝いができるはずだと、彼はそう信じて自分を鍛錬し、周囲を鼓舞し、いつしかかつての英雄と同じ隊長の地位に就いていた。そのときになってようやく彼は少しだけ自分に自信を持つとともに、かつての英雄と同じ地位についたことで、彼と自分の埋まることのない差を改めて実感していた。


 そんな遠い存在の英雄オスカーを、目の間の大男は殺したと宣言した。本当か嘘かなんて分からない。ただ、ユーハンの脳裏には、英雄オスカーの残したメッセージの恐怖に歪んだ顔が浮かんでいた。


 大男がこちらに迫ってくる。恐怖となって迫ってくる。それに背を押されるようにして、ユーハンは拳銃を抜くと大男に向けて警告を発した。


「う、動くな! 両手を頭につけて! 地面に這いつくばれ!!」


 出てきたのは訓練で繰り返し叫んできた警告だった。彼の言葉に部下たちも慌てて銃を構える。


「? 動くなと言ったり、両手を動かせと言ったり、何言ってんだお前?」


 それでも大男は止まらない。確実にこちらに近づいてくる。


「動くな! そこで止まれ! いったい何が目的だ!!」

「目的……? あ、そうだ。思い出した」


 大男は突然立ち止まった。そして、「〈イヴの欠片〉の場所を教えろ」と言った。


「……イヴ?」

「〈イヴの欠片〉だよ、〈イヴの欠片〉。 前の宇宙船でこっちに逃げてきただろ? あいつらは今、どこにいる?」


 ユーハンには大男の言葉の意味が分からなかった。それは部下も同様らしく、皆首を傾げている。それが伝わったのか「何だよ、誰も知らねえのか」と言うと、大男は落胆したようにため息をついた。。


「……これ、誰か知ってるやつにあたるまで訊きまくるしかねえのか? めんどうくせえなぁ……。あー、じゃあ、お前らはいいか(・・・)


 そう言うと、大男は再びこちらに向かって歩いてきた。ユーハンが再度静止を指示するが、大男はこちらの言うことを聞こうとしない。

 

 そんな彼を止めたのは、宇宙船から新たに降り立った人物であった。


「おーい、ハルガンの旦那。何ひとりでさっさと降りてんだよ。ずっりぃな」

「なんだ、シャラメか。あんな臭いところさっさと離れたいだろう」

「それは分かるけどよ。てゆっか、何、あれ、あの白い雲! すっげぇ、細なげー!! 空もカラフルで気持ちわりー!!」


 新たに降り立った人物を見て、ユーハンは目を瞠った。大男にシャラメと呼ばれた人物は、背の低い、どこからどうみても少年だったのである。


 「何だ、お前は――」と言おうとしたユーハンに部下が声をかけてきた。


「た、隊長――」

「あと他に三人(・・)居ます――」


 その言葉に、ユーハンは視線を宇宙船に移す。


「あー、身体がバキバキじゃて。どうやら長いこと拘束されておったようじゃのう」

「そうみたいですね、ダーガー。――にしても、思ったよりも軽くならないですね。テラ(ここ)は重力が低いと聞いたんですが」

「フィッターを吸収した分じゃろ。この星では回復が制限されるらしいからの。まったくもって、不便、不便」

「ああ、そういうことですか。それは残念」


 現れた人物たちのうち、老人と青年は訳の分からないことを言い合いながら宇宙船から降りてくる。そして宇宙船からこちらを睥睨する三人の最後のひとり――メガネをかけた女性――に、ハルガンと呼ばれた大男は問いかけた。


「おーい、王サマ! こいつら〈イヴの欠片〉は知らねえってよ! 殺して構わねえかー!」

「殺……!!?」


 物騒な言葉が大男の口から飛び出してきた。


 ハルガンの無意識が、かつてないほどに警鐘を鳴らす。盗賊制圧にモンスター討伐、諸月の夜と今まで幾度となく死線を超えてきた彼であったが、今、目の前の連中から感じる驚異は、それらと比べて尚有り余るほど大きすぎた。


「――構わん」


 王サマと呼ばれた女性が大男に許可を出したとほぼ同時に


「総員、撃て――!!!」


 ユーハンは部下に攻撃の許可を出していた。


「ハッ、遅いわ」


 しかし、彼の命令は誰の耳にも届いていなかった。

 気づけば、大男はユーハンの斜め後ろに立ち――。


「な……!?」


 振り向いたユーハンが見たのは、血飛沫に塗れて倒れゆく部下たちと、


「お前ら、弱いな」


 大男のひどく失望したような表情であった。


 そこでユーハンの意識は事切れる。

 大男の拳が彼の首から上を粉砕したのだが、最後までユーハンがそのことに気づくことはなく


「あーーーもうーーー!! 弱い脆い弱い脆い弱い脆い弱い脆い!! オスカーたちとは大違いだ!! 機械の一族(メンシュハイト)はこんな奴ばっかりか!? だとしたら泣くぞ、俺は!! せっかく、焚きつけるやったのによぉ!!」


 ユーハンたちを鏖殺した大男の叫びも、彼は認識することはできなかった。

 


 彼の代わりにその叫びを聞いていたのは、ミヤナギ一族頭首ウンリュウ・ミヤナギであった。

 宇宙船墜落現場から少し離れた建物の上に、彼は気配を殺して立っていた。


「ウンリュウ。女子供の避難は終わったぞ」

「こっちも大丈夫だ。軍の許可は得た。殺しても構わんとよ」

「分かった」


 身内の報告を聞いて準備が整ったことを知った彼は、目で大男たちを捉えたまま背後のミヤナギ一族の戦闘員、全員に語りかける。


ガイアの人類(ガイアス)は紛れもなく強い。おそらく全員が先祖返り以上の力を持っている。この中の幾人かはまず間違いなく命を落とすだろう」


 彼の言葉に一族の若者数人の肩がぴくりと震えた。


「だが、それは私達が退く理由にならない。敵を討たない理由にならない。今までの鍛錬は、今、この時のためと知れ。皆、一族の名に恥じぬ戦いを――。この()矢薙(やなぎ)に変えて敵を討て」


 瞳に静かに炎を灯し、一族の長はそう開戦を宣言した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ